レックスとG

 レックスが特戦部隊の詰所に遊びに行くと、そこにはいかつい顔の黒髪の男しかいなかった。いい年してレザージャケットを着ている。
「あ、Gじゃないか」
 とてとてとレックスが近づく。――Gの顔がほんの少し緩んだ。
「……レックス様……」
 元来寡黙であるらしいこのドイツ人は、ゆっくりゆっくり、噛み締めるように挨拶した。ロッドとは正反対である。
「ちょうど良かった。コーヒー淹れて。Gのコーヒー旨いもん」
「……わかりました」
 Gが立ち上がる。そして、のっそりとキッチンのスペースへ歩く。その様が熊みたいだと、レックスは思った。
 Gは体が大きい。多分、2mは超えているだろう。男臭いところも、レックスには好ましく思った。あんな強そうな男まで従えていたなんて、親父も大したもんだ。しかも、Gはコーヒーを淹れるのまで上手い。
(うちの親父がGやロッドの上司だったんだよな。――どんな上司だったんだろうな……)
 ハーレムのことは話に聞いて知っている。けれど、どうもレックスが考えていたような人物ではなかった。
 Gはどう考えているのだろうな――。
 あんな寡黙なGから話を引き出すのは大変かな、と少しレックスは諦め気味である。
 Gがコーヒーを淹れている。焙煎した豆のいい香りがした。
 レックスは退屈で欠伸がして、その辺にあった本を読んだ。――固い内容ですぐ眠くなる。
 ――レックスは眠ってしまった。

「……クス様、レックス様……」
 低い声がレックスを起こす。レックスは自分が揺り起こされたことに気が付いた。
「んん~……」
 レックスが眠い目を擦る。
「ほら、コーヒー出来ましたよ。一緒に飲みましょう」
「ありがと」
 レックスはまだ湯気の立つコーヒーを冷ましながら飲む。
「旨い!」
「――ありがとうございます」
「ねぇ、G。なんで俺に対して敬語なの? 別にタメ口でいいじゃん。アンタ俺より年上なんだからさぁ」
 レックスが言う。彼本人が既にタメ口である。
「ああ……ハーレム隊長の、忘れ形見ですから……」
「俺が親父の息子だから敬語を使うの? あ、俺のことはレックスでいいよ」
「あなたが隊長の息子であるばかりでなく……あなたは偉いですから……」
「え? 俺のどこがえらいの?」
「置かれた環境に、文句を言わないところです」
 ――そう言って、Gは微笑んだ。Gも結構いい男だ。ロッドやマーカーも。何故結婚しないのだろうと、レックスは考えた。それにしても、環境に文句を言わないって――それってそんなに偉いことなのだろうか。
「俺は、ここに満足しているよ」
「けれども、お小さい頃に母親も亡くしているでしょう」
「ああ、お袋のこと。考えはするけど、求めたって仕方ないだろ? 死んだんだから。――きっとお袋も俺のこと天国で見守っているよ。……アグネスおばさんが言ってた」
「周りの方々にも恵まれて、良かったですね」
「あ、えへへ……うん」
 レックスは自分が褒められたように喜んだ。
「それに、こっちでも友達が出来たしね」
「学友が出来るのはいいことです」
「リズとバリーって言うんだ。今度紹介するよ」
 なんだ、Gって話もわかるじゃん――と、レックスはGを見直した。ロッドやマーカーがいる時には、Gは滅多に喋らないから……。
「んー、旨い」
 レックスは改めて、Gのコーヒーに舌鼓を打つ。
「俺の分もあげましょうか?」
「え? いいの? 悪いよ。――それに、俺はこれでたくさん。ありがとな、G」
 レックスはにっと笑顔を贈ってやった。Gも口の端が上がっている。
「レックスは……周りを幸せにする子ですね」
「え……そうかな……」
 Gにいっぱい褒められて、レックスはすっかりいい気分になった。Gは優しい目をしている。優しいテディベア。そんな言葉がレックスの頭の中に浮かんだ。
 体格も熊みたいだし――何だかとっても頼りになりそうな男である。
「――隊長に似ています」
「親父に?」
「はい」
 Gは嬉しそうなに頬を紅潮させる。
 不器用そうな男だと思ってたけど、いいヤツじゃん。
 それが、レックスがGに抱いた感想だった。一筋縄ではいかなさそうなロッドやマーカーと違って、Gは素直そうだ。
 それにしても、リキッドという男はハーレムから離反したらしいが、一体どうしてなのだろう。
 ――ハーレムの悪口を言う者は多い。けれど、それはレックスとは関係ない。レックスもきっと悪ガキだ――そう言っていたヤツもいたが、そいつは、他の者を叩かなくては気の済まないヤツなんだと、レックスは無視することにしている。
 だが、ハーレムの近くにいた者達の意見は気になる。Gから見たハーレムはどうだったのであろう。
「なぁ、G――親父ってどんな男だった?」
「はぁ……」
 Gは考え考え教えてくれた。
「そうですね――いろいろな意見があると思いますが、俺は、好きでした。あの広い背中を見ていると、何でも出来そうな気がしました。――世界征服すらも」
 お前の方が広い背中じゃねーか。レックスは心の中で思った。それに、世界征服はマジックの昔の野望ではなかったっけ?
「親父は、世界征服を狙ってたの?」
「一時期は――そうですね。キンタロー様やコタロー様と一緒に」
「ふぅん。あのお気遣いの紳士がねぇ……ねぇ、あのキンタローが昔やんちゃしていたってほんと?」
「……ほんとです」
 Gは、笑いを堪えているようだった。他の者には感情が動いていないように見えるのだろうが、何故かレックスにはわかった。
「リキッドも一緒だったの?」
 レックスはさりげなくリキッドの名を出した。今は赤の番人として働いているらしいリキッド。――その男について、ちゃんと知りたかった。Gは何と答えてくれるだろうか。
「リキッド……いい青年でしたよ」
 そう言ったGの声音には何の苦さもない。
「仲良かったの?」
「――比較的」
 レックスの疑問にGが答える。
「俺さぁ――リキッドのことも知っておきたいな、と思って。昨日島で会ったけど、人殺すような男には見えなかったよ」
「ああ……リキッドは隊長が気に入って無理矢理連れて来た青年だから……」
「何だよ、もしかして拉致?」
「――そうとも言いますね」
「何だよ。親父――それって犯罪じゃん」
「――まぁ、道徳の縛りに無頓着な方ではありましたからねぇ、隊長は」
 そう言って、Gは遠い目をした。
 特線部隊の一員として、暴れまわっていた昔のことを思い出しているのだろうか。そんなに楽しかったのだろうか。特戦部隊――ハーレムの率いていた組織は。確かにハーレムもそれなりにカリスマはあったらしいのだが。
(まぁ、ロッドやマーカーもいたんじゃ、退屈はしねぇよなぁ……)
 レックスは残りのコーヒーをごくんと飲み干した。――リキッドは言っていた。
(隊長は、いい悪いの言葉で括れる人ではなかったよなぁ……当時は嫌だ嫌だと思ってたけど、今では全てが懐かしいぜ――あのオッサンも死んじまったんだよなぁ……)
 リキッドのハーレムとの思い出は楽しいばかりの物ではなかったらしい。けれど、ハーレムが嫌いで特戦部隊を出て行った訳ではないのはロッドも言っていたし、何よりも、リキッドが流した涙がその証明になっている。
 どんな酷い男でもいい。レックスは自分の父に会いたかった。だから、話題がハーレムのことになると嬉しい。
「カップをこちらへ」
「あ、ありがと」
 Gはさっきから見ると、優しい表情になっていた。
「レックスはいい子だな」
「あ、言葉遣い――」
「俺もそんなに言葉の使い方に気をつける方ではありませんので――あまりそのことに関しては気にしないでください」
 そう言って、Gはキッチンスペースに向かった。
 日差しが心地良い。レックスはついまた眠気に誘われてしまった。気が付くと、布団が掛けられてあった。キンタローがお気遣いの紳士なら、Gはお気遣いの熊さんだな、と、レックスは思った。

後書き
レックスとGの物語。
Gは尊敬する人には敬語を使うのでしょうかねぇ。
私もレックスはお気に入りです。――自分で書いといて何だけど、健気だと思います。

2019.02.18

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