プレゼント

「用意は出来たかい? ハーレム」
「ああ……だけど、窮屈な席はごめんだぜ」
 ハーレムはネクタイを少し緩める。
「贅沢言うんじゃないよ。せっかく皆僕達の誕生日を祝福してくれるんだから」
「そうだな……誕生日おめでとう。サービス」
「君だって誕生日おめでとうだろ? 僕達は双子なんだから」
「そうだな――」
 ハーレムが言う。サービスが、ハーレムのネクタイを直そうとする。香水の香りがほのかに匂った。
(俺達、いくつになったんだろうな――)
 そう、ハーレムは頭の中で計算してみる。だが、いくつになっても、誕生日というものは嬉しいものだ。子供の頃はもっと嬉しかった気がするが。
 山積みのプレゼントと、家族からのお祝い。忙しい父もこの時ばかりは笑顔で会に出席していた。どんなプレゼントより、父がいてくれるのが嬉しかった。父の温かい笑みを見るのが最高だった。
 ――だが、今が誕生日を楽しみにしていないという訳ではなく。
 四人の甥が自分の誕生日を祝ってくれようとしているのだ。今日は何を準備してくれているのだろうか――。シンタローも何か準備してくれているに違いない。美味しいご馳走とか。――そうだ。
「おい、サービス」
 ハーレムが酒瓶を手渡した。
「クリュグだ。後で飲め。この酒の為に俺は一生懸命稼いだんだ」
 サービスが目を瞠る。そして言った。
「偶然だな。僕からのプレゼントも――クリュグなんだ」
「何だ。おかしいな。俺達同じ思考回路でも持ってんのかな」
 そう言いつつ、ハーレムは笑った。サービスも微笑んだ。どんなに年を重ねても若いサービス。妖艶な魅力のあるサービス。それだけではなく、男気もあるサービス。ジャンが惚れるのも無理ないであろう。
「ジャンは何を持ってきたかな」
「どうせ大したもんじゃあるまい。あいつ、貧乏だからな」
「そうだねぇ。期待しないでおくか」
 はっはっはっ、と、二人は笑った。ジャンが聞いたら、「何だよー、馬鹿にしてさ」と拗ね、「でも、本当のことだから仕様がねぇな」と明るく答えてくれるであろう。
 ノックが鳴った。
 ――入って来たのは、噂の主だ。
「やぁ、サービス。ハーレムもお誕生日おめでとう!」
「――何だ。俺はついでのようじゃねぇか」
「そうじゃないってば――いや、そうなのかな……」
「ふん。てめぇはそういうヤツだよ」
「あっ、ひっで。俺、ハーレムにもプレゼント持ってきたのに。はい。義理チョコ。サービスには本命チョコだよ。俺が作ったんだ」
「食中毒でも起こさないといいがな」
 ハーレムが悪態をつく。
「ひっで! あ、ひっで! ――サービス。ハーレムってばひでぇよな」
「済まん、ジャン……この件に関しては弁護出来ない」
「んもう――俺だってお菓子作りの技術は上達したんだぞ。マジック様に習ったんだ」
「名選手名監督にあらず」
 ――ハーレムが目を瞑ったまま言った。サービスがくすりと笑う。ジャンがジト目でハーレムを睨んだ。
「マジック様に言ってやろ」
「別段兄貴に怒られるのには慣れてるからな。勝手にしやがれってんだ」
「怒られるようなことばかりしてたんでないの?」
「そうなんだよ。ジャン。こいつはね……」
「子供の時のことだったら、お前も同罪だぞ。サービス」
「昔のことを蒸し返されてもなぁ……」
 サービスは少し呆れ顔だ。ジャンは楽しそうに双子の言い合いを聞いている。
「何だよ。ジャン。ニヤニヤして……」
 サービスが言う。それは自分も言いたかったと、ハーレムが胸の中で呟く。――ジャンはニヤニヤしながらこう言った。
「いや、ね。こういう言い合いの出来る関係っていいなぁ、と思ってさ。サービス、もうハーレムのことは怒ってないんだろ? ハーレムだって昔のことは水に流してるだろうしさ」
「当たり前だろ」
「ハーレムはブラコンだから、サービスのやることは全て許してしまうんだよ」
「おめーも人のこた言えねぇだろ……ジャン」
「まぁね。でも、親友だから許しちまうんだ……」
 おめーらは親友以上の関係だろ。ハーレムがそう言い募ろうとした時――。
「ほら、行くぞ。ハーレムにジャン。――ご馳走なくなるぞ!」
 ハーレムとジャンは顔を見かわせると、だだっと廊下にまろび出る。

「あ、サービス叔父さん。ハーレム叔父さん」
 甥のシンタローの顔がぱっと輝いた。ご馳走はシンタローも手伝ったのだろう。彼の料理の腕はパプワ島で磨かれたらしい。パプワという小姑がびしびし鍛えたみたいだったから。ハーレムが鼻を蠢かす。
「なんかいい匂いがするぜ」
「ハーレム叔父さん、サービス叔父さん、お誕生日おめでとう」
「おう、ありがとな! シンタロー!」
「ハーレム叔父様、サービス叔父様――あのね、僕とキンちゃん、発明品をプレゼントしようとしたんだけど、壊れちゃったの」
 グンマがやって来てそう言う。
「ほほう……そいつは早いうちにぶっ壊れて良かったな」
「もう、ハーレム叔父様ったら!」
「そうだぞ。叔父貴。掃除するのが大変だったんだからな。高松にも手伝ってもらった」
 キンタローもグンマの味方らしい。それにしても、高松に手伝ってもらったにしては、鼻血の跡がない。
「高松はどうした?」
「――あそこで寝てる」
 何で寝てるのかは訊かないことにしよう。どうせいつもの出血多量の貧血だ。やれやれ、仕方ないな――と、サービスは溜息を吐く。ハーレムも頷く。高松は幸せそうな顔で眠りについていた。高松の顔を覗き込みながらハーレムが言った。
「……こいつには悩みというもんがないのかねぇ……」
「あ、僕達が反抗期に入った時は、それなりに悩みもしたようだよ」
「――あっそ」
 グンマの言葉を聞いて、ハーレムは言い捨てる。
 コタローが、「叔父さん達、おめでとう。またひとつ年を取ったね」と、笑顔で言う。ぬかせ、と笑いながら、ハーレムはコタローの鼻をつまみ上げる。コタローもそれを喜んでいるらしい。ハーレムとコタローは結構仲が良いのだ。
「ほらほら。ハーレム叔父さん。俺の可愛い弟コタローにちょっかい出すんじゃねぇ」
 シンタローは密かに『俺の可愛い弟』というワードを付け足す。サービスが、皿を出している自分達の長兄マジックに言う。
「マジック兄さん、今年もありがとうございます」
「なんのなんの。ここにルーザーがいないのが残念だねぇ」
「――クリュグもあるんですけど」
「ほう。誰からだい?」
「ハーレムから。僕も同じの買って来ていて」
 クリュグとは『シャンパンの帝王』と呼ばれている、世界一のシャンパンである。
「皆でいただきましょう」
「――俺がサービスからもらった分は渡さないぜ」
 ハーレムは酒好きなのだ。マジックが溜息交じりに言った。
「ハーレム……お前は絶対アル中だろう。もう飲まないって私と約束しなさい」
「やだね」
「まぁ……今日は誕生日だから大目に見るが、また酒を飲むことがあれば、お兄ちゃんが取り上げますからね――まぁ、酒でも飲まないとやってられないのはわかるけど」
 ――マジックは最後の方は消え入るように呟いた。
 ハーレムの周りでは、彼のアル中を直すプロジェクトが進行されつつある。主導者は主にシンタローだ。サービスは、無駄なことを……と思っているらしいが。
「このなまはげに酒はだーめだめ。親父はハーレムを甘やかし過ぎるんだよ。クリュグの価値なんて、どうせこの男にはわかりゃしねぇよ」
「ハーレムって……シンタローもハーレム呼び捨てにすることあるよなぁ。なんだかんだ言ってハーレムと仲いいよな」
 もっもっ、とジャンが骨付きチキンを頬張りながら言う。シンタローが少し赤くなって叫んだ。
「呼び名なんぞどうだっていいだろ?!」
「シンちゃん、シンちゃんの言うことは正しいけど、せっかくの誕生日なんだし……」――マジックがおずおずと告げる。
「クリュグなら高いしねぇ。……ハーレム叔父さんの分は僕にちょうだいよ。僕だってもうとっくに大人だよ」
 コタローの台詞に、あー、可愛い……と鼻血と涙を流しながらシンタローは悦に入っている。高松の鼻血に文句ばかり言っているシンタローだが、人のことは笑えない。
「シンタロー兄さん……それに父さん……きっと子育て間違えたんだね。僕もぐれかけたことあるし。でもね、ハーレム叔父さん。父さんも兄さんも一応心配はしてるんだよ」
 ハーレムは珍しく神妙な顔で、「一杯だけで我慢する」と宣言した。サービスは小さく、ハーレムの耳元で、ごめんね、と囁いた。ハーレムはふっと笑う。プレゼントというのは物ばかりではないんだなぁ、と思った。

後書き
クリュグなんて随分豪勢ですねぇ。
この双子の誕生日はバレンタインデーだから、季節外れかも。
2019.09.11

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