おやすみ、ハーレム

(失敗だ――)
 サービスはハーレムを見ながらそう思った。ハーレムは呆然と天井を見上げている。
 表面的には上手くいった。上手くいき過ぎたほどだ。Gはハーレムを犯し、ハーレムは虚ろな視線を一方向に投げている。
 復讐は遂げられた。だが、何だろう。この胸に穴の開いたような気持ちは。
「ハーレム、しっかり」
 ついそんな声をかけてしまう。
「さー……びす?」
「そうだよ。僕だよ」
 サービスは双子の兄の頭を撫でてやる。豪奢な髪が指に絡んで気持ちいい。
「……G、は?」
「――どこかに行った。大丈夫。また帰ってくるよ。それとも、帰って来ない方がいいかい?」
「ううん……」
 ハーレムは頭を振ろうとした。
「ほら、ハーレム」
 サービスは自分の膝にハーレムを乗せた。
「さ……びす……おれ……」
「大丈夫だよ。何もしないから。――少し寝たらどう?」
「ん――そうする」
 ハーレムは目を閉じた。その姿は宵闇に掻き消えそうだった。
(ごめん、ごめんよ、ハーレム――)
 サービスはハーレムの手を頬にすりつけた。意外と滑らかな肌触りだった。
(僕はただ、君を僕と同じような目に合わせてやりたかっただけなんだ――)
 男娼と後ろ指差される自分と同じ屈辱を、双子の兄に合わせてやりたかった。
 胸の空洞から涙が溢れる。じわり、と目元が濡れる。
(ハーレム、ハーレム――)
 そして気付いた。ハーレムを誰よりも愛していることに。ジャンと同じくらい、愛しているかもしれない。
 ジャンが亡くなった今、サービスにはハーレムしかいない。
 そうだよ、いつだって僕は君と一緒だったじゃないか。子供の頃は――。
 ルーザー兄さんが、仲が良くて妬けるね、君達、と言うぐらいに。
 ハーレム、僕は君が――嫌いで好きだった。
 月がサービス達を見守っていた。
 Gはこんなハーレムをほっぽってどこへ行ったのだろう。少し腹が立っていた。だが、自分も同じ穴の貉かと思うと、怒りは萎えた。
 それに――Gはハーレムをサービスに託したのだ。サービスは、ハーレムの目が覚めるまで一緒にいるだけ――。
 去り際にGは妙なことを言っていた。
(ハーレムは男を知っていたか?)
 サービスはふるふると首を横に振った。そんなわけないじゃないか。ハーレムは穢れを知らないんだ。
 そして、その考えにサービスは驚いた。
 この人殺しが、穢れを知らない、だと――?
 もしかしたらそう考えたかっただけかもしれない。サービスは自分の考えに笑って、気管に涙が入って噎せた。
 それに――そうだ。自分もハーレムと寝ているんだ。Gを介して。
 かっと身ぬちが燃えた。下半身に熱が集まる。
 けれど、手を出してはいけない。相手は半病人なのだ。
 ハーレム――。
 愛している。そう告げられたなら、どんなにいいだろう。
 愛していると言えないほど、愛している。
 呪詛の言葉は、サービスなりの愛情表現だった。
(今頃――気付くなんて)
 涙が頬を伝う。それがハーレムの顔に、一滴、二滴。
 マジック兄さんのことは笑えないな。
 サービスは目元の涙を拭った。それでも涙は溢れ出る。サービスはハーレムの血の気のない頬に手を伝わせた。指で涙を拭う。
「ハーレム……僕は君が……」
 大好きでもあり大嫌いでもある。
 次男ルーザーの敵。ハーレムもルーザーのことは嫌っていた。どうしてだろう。ルーザーはあんなに優しかったのに。ルーザーを嫌っていたハーレムにも、ルーザーは聖母のように慈しみを与えた。
 それが、いけなかったのだろうか。ハーレムはマジックにばかり懐いていた。反抗期に入ってからはどうだかしらないが、それでも、マジックには信頼を置いていた。
 サービスもマジックは好きだったが、何となく近寄りがたかった。だから、シンタローを溺愛してあまつさえ鼻血を流したりしているマジックを見ると、複雑な想いに駆られる。長兄の新しい面を垣間見たというには、サービスは容赦なさ過ぎる。
 あんな男が父でシンタローも大変だな――。
 他人事のように思うが、原因を作ったのは自分だ。弟達には公平に接していたマジックが人並み外れて子煩悩な顔を見せたのはシンタローが初めてで……そのシンタローは実はマジックの子ではない。ルーザーの息子なのだ。サービスと高松は次兄ルーザーの復讐の為にマジックとルーザーの息子を取り換え、時期が来るまでその秘密を十字架として背負っていくつもりだ。高松がいたから助かった。サービス一人では到底担いきれなかったであろう。
 マジックもその妻レイチェルもシンタローを愛している。嫌われて冷や飯食わされているよりはマシだし、自分の罪にも目をつぶっていられるから助かるが――。
 だが、たまにマジックはどう思っているのだろうと考えないこともない。シンタローは秘石眼を持っていない。だからこそ、サービスはシンタローに賭けていた。自分も、もう秘石眼は捨てたのだから。
 ハーレムは乱暴な可愛がり方だが、シンタローを可愛がっている。シンタローも反発しながらもハーレムにやり返している。ハーレムも子供好きなのだ。
 ルーザーの息子(ということになっている)グンマにも、ハーレムは比較的優しい。優しいというか、馬鹿にしているというか――。
 サービスはそこで考えるのを止めた。今は――今だけはハーレムは自分のものなのだ。こんなこと、今まで一回もない。
「ハーレム……」
 彼の散らかった服を掻き合わせて、掛布がわりにした。
 キスしたい。
 中の欲求に負けて、サービスはハーレムの顔の位置をずらして頬にキスをした。何もしないと言いながら……終わった後、サービスはくすっと笑った。
「ん……」
 ハーレムが声を出す。
 ハーレムはどんな夢を見ているのだろうか。少し気になった。いい夢であるといい。
 あんなに傷つけたかったのに――今はできるだけ甘やかしたい。Gの気持ちが少しだけわかった気がした。ハーレムの腹心であるG。ハーレムが士官学校に嫌々通っていた時代からの友人である。
 ルーザーもハーレムを甘やかした。だから録でもない大人に育ったが、ルーザーの気持ちもわかる。
 ハーレムは、或る人種には甘やかしたい欲求をもたらすのかもしれない。お節介で、優しくて、それでいて、彼に恋焦がれる人種には――。
 また、ハーレムも注目されるように動いていた。一人で生きてきましたみたいな顔をしながら、実は誰よりも甘えたがりで。
 でも、そこが可愛かった。サービスは子供の頃、自分は時々、ハーレムの兄みたいだなと思ったことがある。
 胎内からはサービスが後から出てきたが、昔は先に出てきた方が弟だった。理由は――大人の事情だ。
 父はハーレムを兄、サービスを弟として扱った。
 サービスは弟の身分に満足して存分に甘え散らしていたが、時々ハーレムが羨ましくなったりしたこともあった。
 ハーレムは誰よりも自由で――。
 だから、仲間達と共にガンマ団特戦部隊を立ち上げた。
 ロッド、マーカー、G――。
 他にも志望者はあったが、皆ハーレムの無茶ぶりに呆れ返ったり、特訓の厳しさに根を上げたりして、どうもこの三人以外居つきそうになかった。
 パチッ、と電気が点いた。
「サービス様」
 できたばかりの特戦部隊の隊員の一人、マーカーが言った。
「――すみません」
 すみません、と言いながらもマーカーは動こうとしなかった。
「ハーレム隊長は誰にやられたんです?」
 およそ、感情の起伏を感じさせない声。
「――僕だよ」
 そう言いながらサービスは、それが本当ならどんなにいいだろうと思った。
「いいですけどね……ロッドには内緒にしておいた方がいいですよ。あいつ、ハーレム隊長に恋してますから」
「おやおや。ライバルがいっぱいだねぇ」
「か……からかわないでください!」
 ムキになったマーカーを見て、サービスは彼がハーレムかロッドか、或いはその両方を好きであることに勘付いた。
「マーカー。ハーレムの服を着せてベッドに寝かせたら出て行くよ」
「お願いします」
 しかし、無駄に重いんだよな。この男。筋肉があるせいかな。――サービスはハーレムをベッドに運び、服を着替えさせながら思った。
 筋肉がある、と言っても、筋肉ダルマのように見苦しくはない。むしろ均整は取れている方だ。久しぶりにハーレムの男のシンボルを見て頬が火照った。
(いいか。失敗でも)
 サービスは基本深く考えることをしない。気が向いた時はとことんまで根を詰めて考えるが。そんな彼でも、Gは特別強力なライバルになりそうだと考えている。Gの情の深さを知っているだけに、ハーレムはどう思っているのかしらないが、これで終わりではないだろうとサービスは予感していた。

後書き
『グッドナイト・ウィーン』のスピンオフ作品です。前に書きためておいたものです。
久々にサビハレに沸き立ちました(サビ→ハレ?)
web拍手を押して、尚且つ「グッドナイトシリーズ」の感想コメントまでくださった方、ありがとうございます。
2014.7.29

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