親父、お袋、そして俺

「よく眠っている……」
 くすくす笑っているのが聞こえる。春の匂いを運ぶ風。
「ん……」
「あ、起きたわ。起きたわよ。パパ」
「どれどれ? ――よぉ、いい顔してるじゃねぇか。俺はお前のパパだぞ」
「――ん?」
 何か、長い夢でも見ていたような気がする。俺の乗っていた宇宙船は壊れ、俺は宇宙空間に投げ出されたはずなのに――。
 確かに宇宙独特の、ラムみたいな甘い匂いはするけれど。
 それにしても――ああ、青い空。これは、夢だ、夢だ。けれど、何て、甘美な夢だろう。幼い頃に死んだ、顔も覚えていない母がいるなんて。それに、親父。ある程度育つ前は存在すら知らなかった。――俺には父親はいないもんだと思い込んでいた。
「よっ、元気だったか? レックス。――目覚めたばっかで、まだここがどこかわかんねぇだろ。知ったら驚くぞ」
 親父が陽気に言う。――あれ、親父確か死んだはず……。幻覚でも見てんのかな。
「何だよ。他人を見るような目つきしやがって」
「レックスにとってあなたは他人みたいなもんでしょう」
「――まぁな。生前は会えなかったしな。でも、この顔、俺にそっくりだろ?」
「まぁ、何です? 親馬鹿な……」
 親父の名前はハーレム。シンタローを庇って死んだんだって。そんな親父を誇りに思っていたんだけど……本当は少し寂しくもあった。授業参観には親父もお袋も来なかったし。というか、来れなかったし。
「お前程じゃねぇぞ。イレイナ」
 お袋は飛行機事故で死んだ。だから、この二人が並んで座っているのは夢なのだ。
 でも、何て幸せな夢なのだろう……。
「見てたぜ。お前の様子は。バッチリとな。――お前、男を上げたじゃねぇか」
 そうか――。
 俺は親父を見て納得した。俺はやっぱり死んだんだ。人命救助の最中に。
「お前は俺を超えたぜ。レックス。俺はシンタロー一人しか救えなかったが、お前は大勢を救ったんだ」
 数の問題じゃないと思うんだけどな……。でも、親父に褒められてやっぱり嬉しい。
「いつでもそばにいたかった。本当だぜ。でも、これからはここでゆっくり骨休めしとけ」
「母さんも一緒にいますからね」
「うん――」
 俺は、ここが自分の魂の故郷だとわかった。――ただいま、親父。お袋。

「ここは天国なんだよな、親父」
「ああ。尤も、俺は天国に一番近い島にいたんだ」
「パプワ島だね。シンタローやリキッドが話していた」
「ああ……」
 親父は悠然とコーヒーを啜る。
「パプワとリキッドには世話になったなぁ……どうしてっかな。あいつら」
 親父遠い目をする。パプワ島に想いを馳せているのだろう。
「リキッド達はここには来ないの?」
「来ねぇさ。――というより、来れねぇさ。パプワはともかく、リキッドは永遠の二十歳だからな」
「永遠の二十歳ね。――羨ましいんだかそうでないんだかわかんないな」
 昔は単純に羨ましかった。今はそうでもない。若いままなら若いままなりに、いろんな苦労があるのだ。
 ――と、俺は傍でジャンを見ていてそう思った。
 いつの間にか笑わなくなってしまったジャン。サービス叔父さんと一緒にいても、どこかしら寂しげなジャン。あの男は本気でサービス叔父さんと永遠を生きることを考えていた。
「サービス叔父さんもいつかここへ来るのかな」
「さぁな。まだわかんねぇだろ。ジャンが一生懸命阻止しようとしているし――下らねぇ。人間いつかは死ぬもんだ。ジャンには肝心なことがわかっていない」
 親父がコーヒーをずずっと音を立てて啜る。俺も昔そうやって飲んでいたが、サービス叔父さんに、
「下品だからやめなさい」
 と、言われた。叔父さんは礼儀作法にうるさく、俺はいつも怒られていた。
 けれど、俺は不思議とサービス叔父さんが好きだった。親父に似ていたからかもしれない。一見あまり似ていないような二人であるのだが。――サービス叔父さんは親父の双子の兄弟なのだ。サービス叔父さんは兄達に甘やかされたと聞く。
「末っ子ということでちやほやされていたからね。僕は。だから、少しわがままに育ったかもしれない」
 その台詞に高松は「少しじゃなくてすごくですよ」とツッコんでいたが。でも、自分のわがままさ加減を心得ているサービス叔父さんも偉いと思う。
 まぁ、偉さでは親父に敵わないとしても――。俺も大概ファザコンだな。
 でも、親父がいなければ俺は宇宙飛行士にならなかったかもしれないんだぜ。自分の行きたい道を真っ直ぐ行くのは親父譲りだと思う。お袋もそうかもしれないが、お袋の話はあまり聞かなかったし、そもそも付き合いがないのでよくわからない。
 ただ、美人だとは思う。――サービス叔父さん似の。俺がファザコンなら、親父はブラコンかな。
 紅茶を飲みながらお袋は嬉しそうに微笑む。その様がとても優雅だと思う。
 ――お袋に会えて本当に良かった。
 親父とお袋はお似合いだな。お袋は、神秘的で、優しそうで――。
 俺が見ていると、お袋は笑みを深くした。
 ここは、本当に天国なんだな――。
 そして、俺はこの二人によく似た夫婦を思い出していた。パプワとくり子さんだ。二人とも素晴らしい夫婦だ。子供もいる。
 パプワ島にはリキッドや生物達もいる。幼い頃はよく遊んでもらった。リズとバリーもよく遊びに来てくれた。リズとバリーは俺の学校でのクラスメートだった。
「友達は出来たか? レックス。――お前の様子は映像で観てたが、お前の口から聞きたい」
 ――俺はリズとバリーの話をした。無理かもしれないけど、俺はあの二人に親父とお袋を会わせたかった。そして、自慢したかった。
(この二人が俺の両親だぞ)
 ――って。
 だって、リズにもバリーにも両親がいて、それがすごく羨ましかったんだもん。
 俺は、両親を誇りに思いながらも、親がいる子供を羨む気持ちを抑えきれなかった。
 でも、俺にはこんなに素敵な両親がいる。コーヒーや紅茶を淹れてくれる母や、話を聞いてくれる親父が。
「親父。やっぱりここはあの世なんだね」
「ああ」
「あの地球に生まれ変わるってことはないの?」
「あるがね……俺とイレイナにも誘いが来てる。『もう一度地球で人生過ごすことを望みませんか』って。――俺に異存はないが、ただ、お前の来るのは待っていたかった。ほんの少しでもいい。お前と過ごしたかった」
「親父……!」
 俺は泣きながら親父に抱き着いた。
「もう行かないよね。どこにも行かないよね」
「さぁな――俺は、地球も好きだから。けれど、この世界の時間の何年間かは一緒に過ごすことが出来ると思うから」
 俺は、親父とお袋にずっと伝えたかったことを話した。
「二人とも大好きだよ。――ありがとう」

 この世界はいつでも快適な気候だ。常夏の島、パプワ島に似ている。
 俺はきっと、これから先、ずっと幸せに暮らせるだろう。――親父もお袋も、地球に生まれ変わりたいと言っているが、俺は地球以外の星々も見てみたかった。多分俺は好奇心が人より強いのだろう。
 両親がこの世界――天国から地球に転生するまで、共にいてあげたいと思う。親父とお袋も似たような気持ちらしい。
 今日は蝉取りだ。――俺の体は子供に還っていた。
「みんなー、ごはんよー」
 お袋が親父と俺を呼ぶ。
「ねぇねぇ、母さん。蝉いっぱい取ったよ」
「まぁ、良かったわね。でも、飼う時は大事に育てなさい」
「わかってるって」
「俺も昔、蝉飼ってたから教えてやるよ。――にしても、親子ってやることが似るんだな」
「ありがとう、親父!」
 お袋の飯はどんな高級レストランのものよりも――あの料理が得意なマジック伯父さんの作った飯より旨かった。
「ねぇ、お袋。こんなに飯が旨いんじゃ、親父よりいい男と結婚出来たんじゃない?」
「アホぬかせ」
 親父が冗談っぽく軽く小突く。
「俺よりいい男がいてたまるかよ」
「そうね。パパは私にとって世界一の男ね」
 そう言ってお袋は親父とバードキスをした。
 あー、もう! リズ早く来い! お前は俺の初恋の相手なんだ! バリーは……まぁ来ても来なくてもどっちでもいいけど。
 俺はちょっと寂しかったけど、もう本当に子供だった時のように泣くことはしない。両親の仲だって充分過ぎるくらい祝福してやる。
 だって、俺にはリズがいるから。リズがそのうちここに来るって、わかっているから。
 不老不死のジャンが――そして、不老不死に憑りつかれた科学者達が可哀想になってきた。死ぬのって、ただ肉体を脱いで別の場所へ行くだけだもんね。死んだら、魂の故郷に還ることも出来るんだから――。

後書き
まだちょっと矛盾しているところがあるかもなぁ、と自分では思う。
レックスシリーズは書いていて楽しいのではありますが。
自分でも読んでて楽しいと思います。自画自賛ですが。
2018.09.09

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