乙女の味方ウマ子ちゃん

 ここは、狼国壬生のとある女子校――
「ウマ子様ー」
「ウマ子様ー」
 原田ウマ子の友達が、わっと周りを取り巻く。
 ウマ子は、女の園ではモテモテだった。
 どこがいいかと言うと――
「ああ、このムッキムキな二の腕!」
「素敵ですわぁ」
「そんじょそこらの男より男らしくて」
「ウマ子様さえいれば、男子なんかいりませんわッ!」
 かつての華奢ないじめられっ子は、逞しい女戦士に成長していた。それはもう、男と見紛うくらいの――。
 ウマ子は、現役女子中学生として、友達と楽しい生活を送っていた。
 けれど、不満がないわけではない。
 いや、それは、不満というより、夢、というのものであった。
 ひとつは生き別れの兄に会うこと。そして、もうひとつは――
(ウマ子も、恋がしてみたいのぉ)
 ウマ子も年頃の乙女。恋に憧れることもある。
 長い髪の毛をいじりながら、ほぉっと溜息を吐く。
「どうしたんですの? ウマ子様」
 可愛らしいなりの女の子、エリ子が訊く。
「いや……ウマ子も恋がしたいなぁ、と思ってのぉ」
「そうでしたの……ウマ子様なら、立派な殿方を射止めることができますわ。でも、今は、わたくし達だけのナイトでいてくださいませ」
「エリ子ちゃん……」
 その台詞で、ウマ子は、この可憐な女の子達の操を守る為、更にパワーアップした訓練を始めた――。

 そんなある日――。
「あ、あれ、エリ子じゃない?」
「あら、ほんと」
 エリ子が、制服を着た男子生徒と腕を組みながら歩いている。
「あの制服、隣の男子校のものではない?」
「エリ子ったら、あんなにウマ子様、ウマ子様って言ってたのに」
「女の友情なんてそんなもんよ」
「ウマ子様、私達は裏切りませんからね」
「…………」
 ウマ子は顎を撫でた。ぞりっと言う音がした。

「どうしましたの? ウマ子様」
 ウマ子は、エリ子を呼び出した。
「エリ子ちゃんに訊きたいことがあるんじゃけど……」
 ウマ子は顔を赤くした。もじもじし出し、何を言えばよいのかわからないみたいである。
「どうかなさいました?」
 エリ子が、重ねて尋ねる。
「――エリ子ちゃん。恋をするって、どんな気分じゃろうか」
「え?」
「ほら。彼氏と歩いちょったところを見たんじゃよ」
「あ、あら。はしたないところをお目にかけてすみませんでしたッ!」
「いいんじゃよ。それで、どうじゃった」
「どうって……」
 エリ子は一瞬まごついたようだったが、やがて、目をうっとりと閉じ、胸の前で両手を組んだ。
「とっても素敵ですわ。その人のことを考えただけで、胸がドキドキしてきますの。本当に、とっても幸せ。その人と過ごしていると、もっと幸せ」
 ああ、ええ恋をしとるんじゃなぁ――と、ウマ子は思った。
「ええなぁ。そんな恋愛、ウマ子もしてみたいもんじゃ……」
「ふふっ。ウマ子様にも現われますよ。そんな王子様みたいな方が……」
 ウマ子の王子様――ウマ子の胸はきゅん、と高鳴った。

 ウマ子が学校から帰ろうと道を急いでいた時だった。
「ムッ、あの男は――」
 この間、エリ子と一緒にいた男ではないか。
 今度は彼女らとはまた別の学校の女生徒をしがみつかせて歩いている。
「ねぇ……ほんとにほんとにあたしだけ?」
「疑うなよぉ。おまえ一筋。ほんと」
「どうだか。健一浮気っぽそうだもん」
 え? え? これはどういうこと?
「他の女なんてタイプじゃないヤツばっかだよぉ。ま、そん中でも特にあいつはすごかったな。隣の女子校の原田! タイプがどうこう言うより、既に人間じゃねぇ――」
 次の瞬間、健一は、ひっ、と凍りついた。
「おぬし、エリ子ちゃんの彼氏じゃなかったんか?!」
 ウマ子が二人の前に仁王立ちした。怒りも加わって、いつもより更に凄い迫力である。
「何? 健一、この化け物のような女は!」
「うう……原田……」
「わしのことはどう言っても構わん。だが、乙女の純情を弄んだ罪、許せんッ!」
「ち……違うんだ。この女は……」
「問答無用!」
 有無を言わさず踏み込んで、
「こんの乙女の敵がーーーーー!!!!」
 と叫んで、男を殴り飛ばした。
「健一、健一!」
 倒れた男に、女が取りすがろうとする。
 その頬を、ウマ子がぺち、と軽く叩く。
「おぬしも目を覚まさんかい。その男は、二股かけとったんじゃ」
「でも、でも……」
 ウマ子は戸惑っている女に背中を向けて、こう言った。
「――世の中には、もっといい男がたくさんいるけんのぉ」
 ピーポーピーポー。
 誰かが救急車を呼んだらしい。だが、ウマ子は我関せずの態度であった。

「おお、すごかった! すごかった!」
 パチパチと拍手する人物が一人。
「よぉ。近藤さん。俺らの組に女なんて、本当に必要なのか」
「心配するな、トシ。わしの第六感によれば、このおなご、心戦組に絶対必要な逸材と見た」
「む……まぁ、あの強さを見ればな」
「ウマ子殿ッ!」
 近藤が、ウマ子の前に出る。
「むっ! 何奴!」
「そう身構えなくてもよろしい。わしは心戦組の局長、近藤イサミだ。こっちは、わしの幼馴染の副長、土方トシゾー」
「俺の紹介はいいからよ」
「ウマ子殿の強さ、このまま野に眠らせては惜しい。どうじゃ。心戦組に入らないか?」
「心戦組……」
 もしかすると、生き別れの兄の情報が何か掴めるかもしれないし、未来の恋人に巡り合わないとも限らない。二つの理由で、ウマ子は心を決めた。
「わかった。よろしく頼むけん……」
 ウマ子はお辞儀をした。
「おお。それでは早速、心戦組に入ってくれ。そして、今の学校はやめて、我々の経営しているところに入学するように――」
 近藤は愛想よく笑いながら説明した。

「ウマ子様。この学校を去ってしまわれるのですか?」
 荷物をまとめているウマ子に、エリ子が訊いた。
「ああ。心戦組は忙しそうじゃけん。今のウマ子は、仕事に生きるオンナじゃ」
「――寂しくなりますわね。健一さんとも会えなくなってしまったし」
 エリ子は、あの一件をよく知らない。
 ゴリラみたいなヤツが男子生徒を襲った、というニュースをエリ子はウマ子と結びつけなかった。
「わたくし、お見舞いに伺ったのに、わけもおっしゃらずに、『もう会いたくない』と――」
「――エリ子ちゃんなら、男どもの方が放っておかないけん。また新たな恋に生きるんじゃな」
 エリ子は健一の正体を知らない。誰も伝えなかったのだ。
 ウマ子は普通の女なら持ち上げられそうもない大きな荷物を軽々と担いだ。
「元気でな」
 ウマ子は、とびっきりの笑顔を見せて、去った。
「やっぱり、ウマ子様は素敵ですわ……」
 女であるのが勿体ないくらい――エリ子は、ウマ子の後ろ姿にほうっと見惚れていた。

後書き
ありがちな話になってしまいましたが……ウマ子ちゃんは私も好きです。
2010.3.31


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