音也の学校生活

「音也、音也……」
 ん~、なぁにぃ……? 誰だろう。俺を呼ぶ男は……。その男の名は……。意識がごちゃごちゃして来た……。まだ、まだここにいたいよぉ……。助けてよ、刃……。
 ……光……。
「何寝ぼけとるんだ、音也」
「はいっ!」
 いっけない。寝坊した。周りのクラスメート達がくすくす笑っている。あれ? なんか変わった夢見てたと思ったんだけど……何だっけ。刃と……後誰か一緒だったよな、僕と……。
「音也~。俺の授業で寝るとはいい度胸だな~。転校初日から~」
「あれ? おじさん誰だっけ」
「フルミだ。担任の名前ぐらい覚えとけ」
「は~い」
「わかったんなら廊下に立っとれ。転校生でも容赦はしないぞ。私は」
「あ、フルミ~。俺、早弁しちゃったんだけど」
「またレックスか……」
「へへへ……」
 フルミとか言うヤツのこめかみに青筋が現れる。そして、フルミは拳を握りながらブルブルと震えていた。
「お前ら二人とも廊下に立っとれー!」

「転校初日から居眠りなんて、やるじゃん」
 レックスはげらげら笑っている。ちょっと……なんか光に似ている。光とは性格も全然違うけど。――星光に。
 グリーンに似た木々のにおいが窓から流れて来る。こんな陽気だもん。ちょっとぐらい昼寝したっていいじゃん。ねぇ。
 それにしても、光……キミは今、どこにいるんだよ……。
 僕はずずっと鼻をすすった。
「はい」
 レックスが僕にポケットティッシュを差し出す。僕はちーんと鼻をかむ。
「――ありがと」
「どーいたしまして」
 レックスがにっと笑う。光は僕にはこんな顔を見せたことはないけど、笑うとこんな感じになるのかなぁ……。
「レックス……僕のこと、何も訊かないんだ」
「聞いたら教えてくれんのかよ」
「う……」
 確かに、僕はちょっと訳ありなんだ。だから、レックスの気づかいが、僕には嬉しい。ほんと、光はどこ行っちゃったんだろうなぁ……。こっちの方が夢なのかな。これもまた、変わった夢だな……。
「いーよ。俺も話したくないことはある。だから、何かあるってヤツのことは……わかるんだよ……」
 ふーん。レックスも苦労してんだ。この年で。大変だよなぁ。あ、そういえば。
「でもさ、年ぐらいはこっちが教えて欲しいな。レックスっていくつ?」
 レックスが一瞬妙な顔をした。でも、答えてくれた。
「十歳だよ。もう誕生日迎えたからな」
「そう。僕も十歳。――僕達いい友達になれそうだね」
「そうだな」
 レックスがけたけた笑った。僕も笑った。風がさらさら鳴った。
 ――レックスか。聞いたことあるような気もするけど、ないような気もする。言葉の意味だったらわかる。王様って意味だよね。僕も伊達に勉強してきた訳じゃないもん。
 でも、隣のレックスは、王様なんて感じじゃなくって、すぐに友達になれそうな――。
「音也ってのもいい名前だよな」
「うん。僕も気に入ってる」
「自分の名前が好きってことはいいことだぜ。俺もこの名前は気に入ってる。親父にちなんでつけられた名前なんだって。親父は王様なんてのからは縁遠い名前なんだけどさ。いっつもえらそーにしてたからって」
 レックスはまた笑う。レックスは光に似てるけど……やっぱり光とちょっと違う。
 星光。
 僕の意識が捕まえた名前。夢に出て来た名前。しかも何度も出て来ている。
 なんでだろう。――僕はこう見えてちょっとは不思議な力を持ってるけど……星光に会った時も、なんか初めて見た気がしなかったんだ。デジャヴってヤツかな。
 へへっ。僕ってすごい。この年でデジャヴって何だか知ってるもんね。闇丸もユキムラとばかり遊んでないで、少しは勉強すればいいのに。……あいつらと一緒に勉強するのは嫌だけど。
 ん? 闇丸? どこから出て来た名前だろう。
 ああ、そうだ。伯父様が好んで面倒見ている少年だ。伯父様の息子で……僕の夢にもよく現れて来る。何でかな。運命? でも、あいつちょっと怖いしな。僕はちょっと惚けていたらしかった。
 僕には光やレックスの方がいい。僕はレックスの方をじっと見る。人をじっと見るのは僕のクセなんだ。
「な……何だよ」
「キミさぁ……早弁したこと言わなければ廊下に立つこともなかったのにね」
「まぁな……でも、一人じゃかわいそうだと思ったからさ」
「それって僕のこと?」
 レックスが深呼吸した後言った。
「そーだよっ!」
 ……刃。僕、新しい友達が出来たよ。

「音也くーん。レックスくーん。一緒に遊ぼう!」
 何だろ。この子。可愛い。それに、いいにおいがする。何か、ドキドキするなぁ……。女の子ってヤツかなぁ。実物は見たことなかったけど。僕は男だらけのむさくるしいところに住んでたから。
 僕の星では、女の子がいなくても、高松に頼めば何でも作ってくれた。でも、あの博士に『女の子作って』とは言いづらかった。何でかわからないけど、簡単には頼めなかった。
「よぉ、リズ」
「え? レックスの知り合い?」
「もう、レックスくんたら……エリザベスって呼んでよ」
「いいじゃん、リズで。な、音也」
 あ、話がこっちに飛んできた。
「うん。リズって名前の響き、可愛いよね。ま、もっとも、僕も可愛いけどね」
 僕がそう言うと、リズはレックスの耳元で囁いた。
「ねぇ、レックスくん……音也くんてもしかして少し変わってない?」
「はは……それは言ってやるなよ……」
 ふーんだ。もう聞こえちゃってるもんね。僕は何と言われても平気だけど。でなかったら伯父様や闇丸なんかと付き合ってられないもん。
 闇丸とは友達になれないから、僕はいつも刃に世話してもらったんだ。そういや、僕はブラックへ帰れるんだろうか。――そもそも、ここは本当にブルーなんだろうか。
 光が育ったブルーに行きたいなぁ、と思ってたら、ここに来ちゃった。そうだ。僕は暗黒惑星ブラックの人間だ。記憶がずるずると数珠つなぎになっている。
 でも、これは内緒内緒。こんなこと言うと、さっきのようにまた変わってるって思われるもんね。言われたってかまわないけど。
 そういや、リズは何でさっき僕のことを「変わってる」って言ったんだろう。僕は自分のこと、ちっとも変ってるなんて思ってないのに。
 ――やっぱりオーラのせいかな。僕って高貴な顔立ちしてるもんね。
 他人と違う人間ていうのは、やっぱるわかってしまうものなんだな。
「レックスくん、音也くん。授業のノート取ったから見せてあげるよ」
「おー、さんきゅー、バリー」
「バリー」
「あ、紹介するね、音也くん。僕はバリー・ロンドン。こっちはエリザベス・ホワイト。んで、そこにいるのが――」
「俺、レックスって訳」
 レックスがバリーの台詞を遮って続けた。
「でも、レックスくん。君は優しいよな。転校生を一人にしたくなくて、わざわざ早弁したなんて嘘を吐いたんだから」
「あ、いやぁ、へへ……でも、早弁したのはほんとだから」
 そっか。レックスってば、僕の為に……優しいところは似てるかもしれない。星光に。
 光は優しい色の魂をしていた。レックスと同じ――青い光。
 ――見てて気持ちが落ち着く青い光。
「ねぇ、レックス。ここは惑星ブルーだよね」
「あん? 何当たり前のこと言ってんだ? もしかしてお前、異星からの来客か? ――なーんてな。冗談冗談」
 ……僕は黙ってしまった。だってさー、僕がブルーの人間じゃないとわかったら、どんなことされるかわからないじゃん。人体実験とかさ。人質になったら困るじゃん。
 伯父様はそんなに困らないだろうけど。伯父様は闇丸を溺愛してるんだ。
 ……僕がブルーの人質になったら、光は泣いてくれるかな。
「何ぼーっとしてんだよ。昼休みまであと一時間あんだぜ」
 レックスの顔が光と重なった。レックスってもしかして――光のお父さんか何か?
 だけど、レックスがバタバタと教室に戻って行ったので、聞きそびれちゃった。――後で、この夢の話を光にしよう。僕、不思議な夢を見たんだよって。
 それにしても、どうしてレックスは光とこんなに面影がかぶるんだろう。闇丸とはかぶんなかったけど。
 ――音也早く! レックスにそう呼ばれて、僕も教室に戻った。今度は寝ないもんね。学校には昼休みって休み時間があるようだから、その時、僕は光に会って、こんなことがあったよって、報告しよう。

後書き
文字通り、音也クンの学校生活です。
文章の修正にちょっと時間かかりました。
音也クンは本当はいい子のようなので好きです。
2020.04.19

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