俺の元にアスがやって来た

 ハーレム……俺の親父。
 がさつで部下の給料をピンハネして競馬につぎ込むのが好きで――それでいて、自分は上品な英国貴族の血を引いていると言っていた――とは、高松から聞いた話だ。
 親父の部下の一人で、今は赤の番人をやっているリキッドも同じような意見だった。
 親父って、本当はどんな男なんだろう。ああ、また親父に捕らわれている。俺は親父を超えるって、神様と約束したのに。
 ――そんな時、俺の元にアスがやって来た

「ん~……なんか、頭いてぇ……」
 最悪の夢見だな。そう思いながら俺は起きた。目の前にきしめんみたいな長い髪の男が立っていた。
「あれ? おじさん誰?」
「私はおじさんではない。――私は永遠に年を取ることはないのだ。ジャンと同じで」
 ふぅん。中二病の夢かな。でも、今、ジャンて……。
「ジャン。それ、俺の仲間で……」
「阿呆! あいつは私の下僕だ!」
 あ、やっぱりこいつ中二病だ。
「我が名はアス。青の秘石を守る者……て、前に自己紹介しただろうが」
「あー、やっぱり。無理矢理俺にキスしたヤツだ。ファーストキスなんだ。返せよ」
「――返せるものか」
「冗談だっての」
 それにしても、ますます性格の悪そうな顔しやがって。でも、こいつ、ちょっとシンタローに似てるんだよな……。だから、あまり逆らえないっつーか、なんつーか……。
 あの時はびっくりしたぜ。全く――。
「レックス。お前は自然分娩で生まれた存在だ。グンマやコタローと同じく」
 自然分娩って、何だ――?
「お前は、青の一族、ハーレムを父にして生まれた存在だ」
 あー、何か野郎にも結構モテてたみたいだな、親父。男気があるからかな。――いや、それは買い被り過ぎというものだな。親父ってば、いろいろいっぱい悪さしてきたみてぇだし、アル中でもあったみたいだし。
 でも、なんだかんだ言って、特戦のヤツらには好かれていた。
 アスって、親父にとって何なんだろう……。
「怖がらなくていい。――いや、少しは怖がってもらわんとつまらんな……」
「俺、アンタのこと、別に怖くない」
「そうか……シンタロー……いや、青の一族を滅ぼそうとする存在でも?」
「あー、そいつは黙ってられねぇなぁ……孤児だった俺を見つけてくれたヤツらばっかだし――まぁ、変なヤツばっかりだけど」
「……私は変態ではないぞ。レックス――私と一緒に来ないか?」
「やだね。あんなヤツらでも大切な親戚なんだ」
 俺はべぇと舌を出してやった。アスが怒りにふるふる震えている。
「いいから来い!」
「やだー! 助けてー! シンタロー! 親父ー!」
「親父……?」
 俺の腕を掴んでいたアスの手の力が緩んだ。
「ほほう……お前はハーレムのことをまだ頼りにしてるんだな」
「頼りにしてるんじゃない。俺は親父を超えるんだ」
「そうか……やってみるといい。それで、お前の親父を超えるいい男になったら、俺の新しい下僕にしてやってもいいぞ」
「やーだねっ!」
「むっ、こいつ……性格は父にそっくりだな」
「え? 俺、親父に似てるの?」
 それは、何となく嬉しかった。――シンタローから見せてもらった親父の隊服姿は男前だった。いつか俺も、ああなれたら――いや、あれ以上になれたら――。
 リキッドや高松が親父をどう言おうと関係ない。あいつら、俺の親父を嫌ってたようだからな。
 シンタローは、そんな俺に何かと優しくしてくれる。サービス叔父さんやコタローもだ。シンタローは、親父を命の恩人だと言ってたからなぁ……。
 まぁ、シンタローも二度くらい殺されたことはあるって言ってたけど、特殊な事情でよみがえったらしい。
 ――俺の親父もよみがえってくるといいのに……。
「レックス……」
「ちっ、あの男がやって来た……」
「あっ、アス――」
「レックス、話し合いは一旦お預けにする。じゃあな」
 ――……何だ、あいつ。
「――レックス」
 あ、あの男の人は……! 間違いない! 写真で何度も見た。ビデオで姿も撮られていた。
 あれは、俺の親父のハーレムだ!
「親父――!」
「レックス――!」
 親父からは、成熟した男の匂いがする。俺はそれをかぐわしいと思った。ほんの少し、薔薇の匂いも混じっている。やっぱり親父はあのサービス叔父さんの双子の兄だ。
 美貌を誇っているサービス叔父さんの兄貴だ。だけど、親父の方がかっこいい。親父の方が大人の匂いがする。匂いだけじゃなく、態度も――。
「レックス……アスにどんな話をされた」
「んーとね……俺と一緒に来ないかって」
「ああ、あいつは、シンタローの真の姿だとかほざいていたが、そのことは気にしなくてするな」
「え? あのいけ好かない野郎、シンタローの名前を騙ったの?」
「――その話はまだしてはいないようだな。せっかくお前に会えたんだ。ちょっと話でもしようか?」
「うん!」
「レックス……お前は俺の小さい頃に似てるな」
「ああ。サービス叔父さんもマジック伯父さんもそう言ってたし、シンタローも、写真を見て納得していたようだったよ」
「お前は俺以上にいい男になるだろうな」
「え、えへ……そうかな……」
「だから、アスなんぞという男に誑かされてはいけねぇぜ」
「うん……でも、アスって可哀想だな」
「どうして」
「あの性格だし、どうせ人を見下すようなことしか出来ないんだろ?」
 ――親父はふっと笑った。
「なるほど。人を見る目も確かなようだ。おう、レックス。俺はバイキングの親戚みてぇな男だが、お前のお袋は違ってた。上品なレディだったぞ」
「うん。写真見てもそんな感じだったよ」
「……お前は運がいい。あんな優れた女性を母親に持てたのだからな――お前は、青の一族と人間のハーフなんだぞ」
「ふぅん……」
「わかんねぇって面してやがるな。賢いようでいて、まだ子供か。――それはいい。俺はお前のことを天国から観ていたぞ」
「じゃあ、何でこの世に降りて来ないんだよ」
「まだ降りて行く気がないんでね。俺は、お前を待ってるぞ――」
「う、うん……」
 アスに連れて行かれそうになった時はあんなに嫌だったのに、親父に『待ってる』と言われると嬉しくなる自分がいる。親父はやっぱり人の心を惹きつける男だな。
「どうした? 黙り込んでしまって」
「うん……あのね、俺、アスより親父の方が好きだなぁって……」
「当たり前だ。俺はあんな男には負けん。お前の親父だからな」
「うん!」
「それから……あいつはジャンの相棒だが、俺はジャンにも負けん。というか、意地でも負けたくないな。あいつには。サービスのケツばかり追っているような男にはな」
「サービス叔父さんが魅力的だからでしょ? でも、俺は親父の方が好きだよ」
 親父の目元が潤んで来た。
「この野郎! いっちょ前に世辞なんか言いやがって!」
 そして、親父はヘッドロックをかます。――勿論、相当手加減して。
「……お世辞なんかじゃないよ」
「ほんとか? お前の親父はワルだったって、サービスもジャンの野郎も言ってただろ」
「うん。皆して言ってたよ」
「それなのに、お前は俺が好きだと言うのか」
「親父は強いもん。アスが来たって負けないよね。あ、でも、あの男は俺がやっつけるからね」
「おめーもつえぇぜ。しかも、母親の優しさも持ち合わせている。俺は最高の息子を持ったぜ」
 俺は、えへへ……と照れ笑いをした。アスは可哀想だ。きっとあいつは……ずっと一人だから。ジャンを下僕とか言ってたけど、人を下僕呼ばわりするようなヤツに、本当の友達は出来ない。

後書き
レックスとアスの話です。でも、ハーレムも出張ってます。
ハーレムはきっと息子のことが気にかかってたのね。
私、実はアスも好きです。
2019.10.08

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