やっぱりお子様 「よーやく寝たか。ちみっ子め」 シンタローがエプロンを外す。食器洗いが終わったのだ。 パプワはチャッピーと一緒に寝ていた。 「寝てりゃ、こいつでも可愛いよなぁ」 シンタローは隣に寝っ転がって、パプワの頬を突いた。 「ん……」 という声が聞こえる。シンタローがははっ、と笑った。 「だめよ、シンタローさん。いくら飢えてるからって幼子に手を出しちゃ」 「犯罪よ、犯罪よ~」 眼魔砲! 「何しに来た~。ナマモノ~」 シンタローがボキボキと手を鳴らす。眼魔砲を食らったのは、ナマモノコンビのイトウとタンノである。 「やぁね、ちょっとしたジョークじゃない」 「さっさと帰れ!」 「冷たーい。シンタローさん、私達こんなにシンタローさんのことを愛してるのに~」 「迷惑だっつってんの」 「しっ! パプワくんが起きてしまうわ」 タンノが注意する。 パプワがごろんと寝がえりを打った。 「ああ。こいつなら大丈夫だろ? 一度眠ったら朝まで目が覚めないんだから」 「そう言えばそうだったわね」 「パプワくん健康的な生活をしているものね」 つまり、お日様と共に起きて、食事して遊んで、日が沈んだら寝てしまうのである。 どっかのハメハメハ大王みたいだな、と思いながら、シンタローは微笑む。 「あら。シンタローさんて、島に来た頃より、目が優しくなったんじゃない?」 イトウの言葉に、 「――そうかもな」 と答える。 ガンマ団の刺客とは戦わなければいけないが、それ以外は平穏な毎日。それに、刺客と言ってもお間抜けな奴らばかりである。アラシヤマには苦戦したが。 パプワにはコキ使われているが、だんだんそれにも慣れてきた。 それに、パプワにも普通のお子様みたいなところが見られて結構可愛い。 (――コタローもいたらな) 日本に幽閉されている己が弟のことを考える。 パプワと、チャッピーと、コタローと自分。四人でこの島で暮らしたい。 あんなに日本に帰りたかったのに……今ではその考えが薄らいできている。 (パプワ島――アンタの魔法なのか?) 絶海の南の島、パプワ島。 遊んで騒いですっきりして――いつの間にか、ここが第二の故郷のように思い始めてきていた。 (コタローの暮らしとは正反対なのだろうな) ガンマ団に――父親マジックに閉じ込められている弟のことを考える。 シンタローはブラコンで、コタローのことを考えてはよく鼻血を出すのだが、今はシリアスモードなのでそれがない。 「でも、パプワくん、ほんとに元気になったわよね~」 「そうそう」 ナマモノコンビが語り合う。 「何言ってんだ、おまえら。パプワはいつも元気じゃねぇか」 シンタローが疑問を口にする。 「そうなんだけど、更に元気になったのよ」 「シンタローさんのおかげかしら」 「俺の?」 「パプワくん、カムイさんに死なれちゃってねぇ……寂しい時もあったみたい。アタシ達には何にも言わないけど」 「カムイ? ああ、パプワの育ての親のことか」 そう言えば、あのカムイという梟も言ってたな。こんなにはしゃいでいるパプワを見るのは初めてだって。 俺が、最初の人間の友達だって言ってたっけ。 「なぁ、イトウ、タンノ」 「なぁに? シンタローさん」 「今は無理だけど――マジックとのことで決着がついたら……コタローをこの島に連れてきていいか?」 「あらん。もちろん大歓迎よ」 「パプワ島は来る者拒まずですもの」 イトウとタンノが嬉しそうに笑う。 「パプワくん、今楽しくて楽しくて仕方がないのよ」 「シンタローさんのおかげで、いろんな人間が来るようになったもんねぇ」 「間抜けな奴らばっかだけどな」 それでもいいと言うんなら――俺達はいつまでだってここにいたいよ。 いつか別れの時が来ても――。 それでも俺はこの島に帰って来る。 島が呼んでいるような気がするからだ。ここに漂着したのも何かあるのだろう。それは、運命としか呼べないようなものか。 だとしたら、俺はそれに感謝したい。 ここに来たことを。パプワ達に会えたことを。 まぁ、シンタローを疎ましく思っている者も一部はいるが。例えばヨッパライダーとか。 (俺がこの島で暮らしたいと言ったら――あのヨッパライダーはどう思うだろうな) けれど、一度はガンマ団に帰らなければならないだろう。コタローを取り戻す為に。 「ん……シンタロー……」 「んまぁ、寝言でまでシンタローさんのこと呼んでるわ」 「すっかり好きになっちゃったのね、シンタローさんのこと」 こいつが寝言なんて珍しい。でも、嬉しい。 なんだかんだ言っても、どんなパワフルな力があっても、こいつはまだお子様なのだ。 カムイに死なれたんだから、保護者代わりの存在が必要だろう。 イトウやタンノがいくらパプワに親切だと言っても、人外の存在である。チャッピーはつまるところ、犬だし。どんなにパプワと仲が良いとしてもだ。 でも、チャッピーはずっとパプワの面倒をみていたのだ。パプワを助けたこともある親友なのだ。 「ありがとな――チャッピー」 シンタローはパプワの茶毛の相棒の頭を撫でた。 もう秘石のことも思わない。時期が来たら返してくれるだろう。 それが信頼と言うものであるとは、しかし、今まで戦うばかりで本当の友情を知らなかったシンタローにはわからなかった。 ただ、こいつらと一緒にいたい。 彼の心に、優しさが目覚めつつあった。 (――でも、俺は……この島に受け入れられるだろうか) 自分の手は血塗られている。今まで人殺しをしても何とも思わなかった。 弱ければ死ぬ。それがこの世界の掟だとばかり思っていた。 それがぐらついたのは、パプワ達に出会ってからのことである。 パプワ島では皆が仲が良い。イトウとタンノだって、大胆過ぎるアプローチに引くことはあるが、決して悪い奴らじゃない。 俺は……間違っていたのだろうか。 マジックに感化されまいと思っていても、影響は強く残っている。所詮この世は弱肉強食だと、彼は言っていた。 母さん……母さんならどう言うかな。 シンタローはとうに他界した母のことを想った。 優しかった母。覇王への道を急いで進み行こうと強引なまでに己を叱咤激励しつつ歩いているマジックのことを、母はいつも諌めようとしていた。もちろん、マジックは聞く耳持たなかったが。 (シンタロー……いつか、あなたが成長したら、自分の世界に平和を取り戻して欲しいの。……ううん。特別なことはしなくていい。ただ、あなたに幸せになって欲しい。たとえマジックに何を言われようと……あなたにはあなたの人生があるのだから) 母さん、俺、今幸せだよ。 母さんにもこの島、見せたかったな。パプワにも会わせてやりたかったな。 パプワはすうすうと寝入っている。かかっていた毛布を蹴飛ばす。 やれやれ、寝ぞう悪いんだから。 今では、シンタローにはっきり心を開いているのがわかる南国少年。 パワフルだけど、その実、今まで寂しかったのではないか。自分と同じ存在に出会うことがなくて。 たとえどんなに力が強くても―― 「おまえはやっぱりお子様だよ。悩むことは……大人に任せな。めいっぱい遊べ。めいっぱい楽しめ――人生を」 シンタローはパプワに話しかけた。パプワが、 「うん」 と言ったような気がした。 後書き 『南国少年パプワくん』時代のシンタローとパプワです。 この時代のパプワくん達が、今でも好きです。 2012.2.11 |