「おお、アルジャーノン。おまえもあの子の存在に気付いたか」
「ナーオゥ」
「それじゃ……迎えに行くとしようか。――我が孫を」

ノエルお祖父さんとマジック

「ノエルお祖父さん!」
 マジックは嬉しそうに声を弾ませた。
 ブッシュ・ド・ノエル――マジックの母方の祖父であり、ジュリアの父である。年齢は七十前後。
 マジックは『ノエルお祖父さん』と呼んでいる。
「元気じゃったか?」
「うん! 元気元気! お母さんがよろしくって」
「そうか――ジュリアも元気じゃろうな」
「もちろん! お母さんは365日、いつだって元気だよ!」
「良かった良かった」
 ノエルが微笑んだ。そうすると、好々爺然としてくる。
「何か手伝えることない?」
「そうじゃな……あそこにある木の枝を運んでくれるかな」
「わかった!」
 ノエルにとって、マジックは愛すべき孫である。マジックもノエルのことが好きだ。
「ねぇ、お祖父さん」
「何だね?」
「またお話してよ」
「こんな年寄りの話は退屈じゃないかね?」
「ううん。ちっとも。とっても面白いよ」
「じゃあ、これが終わったら、ちょこっとな」
「わあい――あ、アルジャーノン」
 アルジャーノンはノエルが飼ってる黒猫である。マジックの足にすりんと体をすりつけた。
「あはは。こら、よせよ。アルジャーノン」
 笑いながらマジックが言った。
 雪がまだたくさん積もっている。K国は今、冬なのだ。
 そして、こじんまりとした、煉瓦で出来た家。それが、ノエルとアルジャーノンの住む家なのだ。
 マジックはその家を気に入っている。お祖父さんと猫には、ぴったりの家だと思うからだ。
 いつも、冬になると、ノエルお祖父さんに会いたくなる――この家に来たくなる。
 ノエルお祖父さんはいろんな話をしてくれる。
 おとぎ話やら、冒険の話やら――何度聞いても飽きることはない。
 こうして、マジックはこの冬もここでしばらく過ごす。
 ノエルも、マジックがいると元気が出て来るらしい。体の痛みなどが、嘘のように治まってしまうそうだ。
「ねぇ、お祖父さん。ユニコーンの話して」
「ユニコーンか……あれは、乙女しか手を触れられないんじゃよ」
「どうして? ねぇ、どうして?」
「わからん。多分、乙女は清らかなものの象徴だからじゃろう」
「象徴?」
「まぁ、いずれ意味もわかるようになるじゃろう」
 ノエルは機嫌よく目を細める。
 マジックも目をきらきらと輝かせている。子供特有の無邪気さで。
「お母さんね、お祖父さんのこと、大好きだって」
「それは良かった。わしも、ジュリアのことを忘れたことは片時もなかったよ」
「お母さんは、ユニコーンにさわれる?」
「うーん、それはどうじゃろうかな」
「さわれるよね? ね?」
「まぁ、そうじゃといいんじゃが……」
 ここで、ノエルは言いにくそうになる。マジックがその訳を知ったのは、もっと後のことだ。
 マジックは話題を変えた。
「お母さんもね、寝る前に話をしてくれるよ」
「ほう。どんな」
「いろいろ。お祖父さんから聞いた話もあるよ」
「ジュリアは空想譚が好きじゃったからな――マジックも似たのかな」
「空想なんかじゃないよ。全部、ほんとのことだよね」
「ほんとのことだと思ったら、ほんとのことになるのさ」
 そうして、ノエルは遠い目をしながらパイプを燻らす。
 火のパチパチはぜる暖炉。揺り椅子に座った祖父。その膝に乗っている黒猫のアルジャーノン。
 まるで何か現実離れした、たゆたう時間の中に放り込まれたような気がマジックはした。
 この空間だけ、別世界であるような――。
「コーヒーは飲むかね?」
「うん!」
「でも、おまえは子供だから、薄くだな」
「アメリカンだね」
「ほう、よく知っているな」
 ノエルの髭の中では、笑みがこぼれているだろう。
 砂糖をいっぱい入れたノエルのコーヒーが、マジックは大好きだった。
 暖炉の火が、彼らをオレンジ色に染める。
 お母さんも来れば良かったのに――とマジックは思った。しかし、マジックの母ジュリアは、何かと忙しいのだ。青の一族の長の妻として。
「ノエルお祖父さん。ラッコン叔父様もお祖父さんによろしくって言ってたよ」
「ラッコンか……」
 ノエルは、苦笑いをした。それはどこか切なげでもあった。
 ラッコンは、当時からもう野心の虜になっていた。マジックは知らなかったが、ノエルは勘づいていたのだろう。
 ノエルはラッコンが嫌いらしい。しかし、何故なのかはマジックにはまだわからなかった。
 ラッコンは、当時は『いい叔父』で通っていたからである。マジック達のことも本当に可愛がっていた。
 ノエルの揺り椅子に座って、マジックはうとうととしていた。
「コーヒーじゃよ」
 ノエルの声で目が覚めた。
「ありがとう、お祖父さん」
「いやいや、なんのなんの。起こすこともなかったんじゃがの」
「いただきます」
 マジックは、湯気の立つコーヒーをふぅふぅいいながら飲み始めた。
「美味しい……」
「飲み終わったら、眠ってていいぞ。でも、もしコーヒーのせいで眠れなかったら、わしが傍にいてやる」
「うん……」
 コーヒーを飲んだはずなのに、何故かまた眠くなってきた。マジックは、深い眠りに落ち込んで行った。
 ――夢は見なかった、と思う。現実が夢の世界のようだからだ。
 マジックは、こんな素晴らしいところに住んでいるノエルとアルジャーノンを羨ましく思う。
 アルジャーノンがいるから、ノエルは寂しくないであろう。
 マジックはいつかこの一軒家で、ノエルのように花を育てたり、美味しい食事を手間暇かけて作ったりしながら、セラフィム――自分が飼っている犬――と共に過ごしたかった。
 そんなことは夢物語だ。わかってはいる。わかってはいるけれども。
 マジックはいつか、ガンマ団を継がなければならない。父からもきつく言われていた。
 それに、両眼とも秘石眼なのは自分だけだ。ノエルも、秘石眼は片方だけだ。
 ラッコンは、『世捨て人のような生活』と言っていたが、こんなに穏やかなら、世捨て人も悪くはないんじゃないか。
 子供であるマジックには、いろいろなことが謎に満ちている。

 幼い頃の自分は、確かに陽だまりの幸福の中にいた――と、マジックは時折回想するのである。
 母ジュリアや父クラウン、祖父ノエルに護られて。マジックは幸せな子供時代を過ごすことができたのだ。
 まるで宝物のような想い出だ。だから――いつか自分に子供が生まれたら、せいいっぱい可愛がってあげよう、愛してあげようとマジックは心に誓った。

後書き
ブッシュというのは、前大統領だった人の名前ではありません(笑)。
このお祖父さんの話、書けて良かったです。
季節外れですが(笑)。
2011.8.18

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