グッドナイト・ウィーン5

 話のあらましを聞いたリサはしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「一言いってもいい? ――最低」
 Gは言葉もなかった。確かに自分はハーレムを犯して逃げたのだから。厳しいことを言ってくれる優しい存在が彼には必要だった。――それがリサだった。
「でも……私はギデオンのいいところも知ってるから……」
「…………」
「取り敢えずは――謝ったら? 謝って許されるもんでもないかもしれないけど」
「そうだな――」
 Gはのろのろと立ち上がった。
「帰るの?」
「ああ」
「もう二度とここには来ないでね」
「そうする」
 Gが外へ出て行くと、リサの呼ぶ声がした。Gは振り返った。
「ギデオーン! ハーレムと仲直りできるといいわねー!!」
(リサ……)
 目に涙が滲みそうだった。

 Gはガンマ団の特戦部隊のエリア内でハーレムに出会った。
「ハーレム……」
「G……話がある」
 解雇か――もう覚悟はできている。けれど……別離の前にこの言葉を伝えたかった。
「ハーレム……愛してる」
 ハーレムが目を瞠る。
「だが、愛してるとは言え、あんなことをしてしまい……すまなかった」
「いいんだ。もう、そんなことは」
 ハーレムの顔は心なしか青褪めていた。
「俺は――卑怯者だ」
「な……!」
 それは俺の台詞だ――Gはそう言おうとしてハーレムの次の言葉に絶句した。
「俺は……お前に抱かれたかったのかもしれない。――ずっと。それを伝えることをしなかった俺は、卑怯者だ。それと、サービスに言われたよ。Gをクビにしたら僕が許さない――とな」
「…………」
「仕事に戻れ。書類が溜まっている」
 ハーレムは足音高く歩き去って行った。Gは、彼の後ろ姿に頭を下げた。涙がGの鼻梁を伝って落ちた。

「何の用だい?」
 Gに外に呼び出されたサービスが言った。暖かい冬の日差しで雪が解けかかっている。
「サービス……ありがとう」
「いや、僕は礼を言われるようなことはしていない」
「けれどハーレム……隊長に執り成してくれたんだろう?」
「僕はそんなことはしない。確かに君を辞めさせたらあいつを許すつもりはなかったが」
 冬にしては暖かい、微かな春の気配を含んだ風が二人の間を吹き抜けた。
「ハーレムに話は聞いた。ハーレムが君を許したというなら、それはあいつ自身の正直な気持ちだよ」
「そうか……」
「ハーレムが羨ましいな。君みたいな立派な男に愛されて。僕はもう、多分ジャンとは――あれは一晩限りの夢だったんだ」
 ジャン――サービスの恋人だった男。Gにはサービスの言ったことでわからないところもあったが、ジャンはもう死んでしまった。だが、サービスは同情をしてもらいたいとは思わないだろう。
(ハーレムはジャンの写真をダーツの的に仕立てたこともあったな)
 ハーレムは、ジャンを『宿敵』と呼んでいた。
「僕はもう帰るよ。これでも長居した方なんだ」
 サービスが言った。
「その前に高松のところにでも寄って行こうかな」
 サービスは独り言のように呟いた。
「さよなら」
「――ああ」
 サービスがGの隣を通り過ぎる。Gはさよなら、と唇を動かし別れを告げた。

「……で、Gを使ってハーレムに復讐をしようとしたところが、かえって二人の絆を強くしてしまったと」
 高松の言葉に、サービスは頷いた。
「バカですねぇ、アンタ。お人良し過ぎますよ」
「…………」
「でも、貴方のそんなところも好きなんですよ。私は」
「それは褒めてるのか?」
「ひねくれないでください」
「ひねくれてるのはお前だろうが」
「まぁ、お茶のお代わりでもどうですか?」
「――いただく」
 高松がお茶を淹れる。
「ふー。紅茶もいいけど、煎茶も悪くないでしょう」
「何も入ってないだろうな」
「失礼ですね。変なのは何もありませんよ。疑わしいなら飲まないでください」
「冗談だ」
 サービスはお茶を一口飲み込む。
「――旨い」
「ありがとうございます」
 高松が礼を述べた。
「私も――ハーレムには簡単に幸せになられてしまっては困るんですよねぇ……」
「ルーザー兄さんのことでは、まだ許せてないんだな」
「貴方もでしょう」
「まぁな」
「でも、双子なのに憎しみ合うなんて――貴方もハーレムも不幸だとは思いますよ。私、兄弟いなくて良かったですよ」
「あんな兄、欲しくはなかった」
「そんなこと言ったって仕様がないでしょう。人間としては、ハーレムは嫌いな方ではありませんよ。私は」
 サービスは緑色のお茶の表面に目を落とした。
「やぁ、茶柱が立ってますね」
 高松が嬉しそうに声を上げた。茶柱が立つのは吉兆のしるしと言われている。
「僕は今日、帰るよ」
「シンタロー君が寂しがりますねぇ」
「シンタローの相手はもう充分果たした。それに――」
「見ていたくない、というのもありますか。でも、シンタロー君のことは好きなんでしょう?」
「時々――シンタローにとても会いたくなる時がある。でも、しばらくしたら離れたくなる。僕の――罪の証だから」
「私達の――でしょう?」
「高松……」
「貴方だけ罪を背負うなんて狡いですよ。少しは私にも心の荷物を負わせてください」
「――わかった」
 サービスは心が少し軽くなったような気がした。
(それにしても――誰だったんだろう。ハーレムの初めての相手は)
 もし、Gが嘘を吐いていなければ、ハーレムには他に男がいたらしい。――Gは嘘を吐くような男ではないが。まぁ、いい。そんなことは気にしなくても。
「高松、シンタローを宜しく。――グンマのことも」
「言われなくても。特に、グンマ様を傷つけるような存在は私が許しません」
 高松が本気の顔になった。
 窓から差し込む陽光が眩しい。サービスは目を細めた。

後書き
『グッドナイト・ウィーン』最終章です。
これ、冬の話なんですよね。今はちょっと季節はずれかも。
読んでくださった方々、ありがとうございます!
2014.7.15

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