グッドナイト・ウィーン4

「G」
 サービスは手持無沙汰でぶらぶらしているGに声をかけた。
「サービス……」
「G、昨日は僕が悪かったよ」
 サービスはGに抱き着きキスをした。
 ――それを陰から見ている男がいた。ハーレムであった。

「答えろ! G!」
 ハーレムの拳が飛んで、Gの口の端が切れた。
「お前はサービスを――俺の弟を慰み物にしていたな」
「…………」
 Gは答えない。
「何とか言え! 畜生!」
「…………」
「俺とお前とは長い付き合いだ! 白状するなら許してやる! 言え! お前はサービスを好きなのか?」
「――好きだと言ったら?」
「……不愉快だが認めるまでだ。だが、慰み物にしていたと言うなら――覚悟はいいか」
「私が好きなのは――貴方一人だけです」
「は?」
 ハーレムは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「ハーレム!」
『隊長』という敬称をつけず、Gはハーレムの手首を握った。ハーレムが焦る。
 それは、昔のGの顔だった。頼りにはなるがどこか恐ろしさを秘めた男の顔だった。
「は……放せ」
 ハーレムの声には力がない。Gは彼を抱き寄せてキスをした。
「お慕いしております! 初めて会った時から!」
「――――!」
 Gがハーレムに手を出そうとしている――自分にそんな不埒な想いが向けられていると知ったハーレムはGの腕の中でもがいた。
「な……何をする!」
 ハーレムはGに部屋のソファに押し倒される。隊服のスカーフが緩められ、中に手を差し入れられた。
「…………!」
 右の乳首を弄られたハーレムは、最早抵抗する気をなくしたようだった。眼魔砲を撃つことすらなかった。
 ほの赤い珠飾りを弄られ、ハーレムは甘い吐息を漏らした。
「あ……あ……!」
「ハーレム! ハーレム!」
 性急に求めるGに体を暴かれ、ハーレムの体は快楽に散った。

 Gは呆然自失となったハーレムを部屋に残したまま去って行った。
 Gの頭にあるのはある疑念。
(あの反応は――ハーレムは初めてではなかった)
 ハーレムは、誰かに体を許したことがある。
 誰なのだ、そいつは――!
 長い付き合いだが、Gはちっともハーレムの謎を知らなかったことに気付く。そして、あの男もまた――。
「G?」
 廊下ですれ違ったサービスに、Gは言った。
「サービス。ハーレムは男を知っていたか?」
「は?」
 サービスは目を見開いた。そして笑った。
「ハーレムを抱く――そんな物好きがいたらお目にかかりたいよ」
「ここにいる」
「君以外にさ――ああ、可笑しい」
 サービスは目に涙の球を浮かべる程笑った。
 サービスもまた知らないのだった。ハーレムのことは。ハーレムの初めての相手。もしかしたらあっと驚く相手かもしれない。
 それよりも――Gには行きたいところがあった。
「しばらく留守にする。ハーレムに伝えておいてくれ」
「僕もそろそろ帰りたいんだけど……まぁいいや。君に犯されたハーレムに精々恩を売っておくよ」
「――宜しく頼む」
「否定しないんだな」
「事実だからな」
「今の君からはハーレムの香水の匂いがする」
 移り香か――何となく苦い気持ちでGは微笑んだ。
「どこに行くか聞いてもいいかい?」
「――喋らんぞ」
「水臭い奴だな。まぁ、お前にもプライバシーがあるからな」
 Gはサービスに背を見せて片手を上げた。別れの挨拶のつもりだった。

 鈍行列車に乗ったGは、ハーレムの痴態を思い返していた。
(ハーレム……)
 誰も知らない。ハーレムを抱いた相手。
 もしかしたら、俺は思い違いをしているのかもしれない。ハーレムは初めてでも感じやすい男で――。
 いや……俺にはわかる。彼を腕にした相手が俺以外にもいるのだ。あの絶頂の恍惚とした美しい顔を見ている男がいるのだ。
 Gは嫉妬で血が沸騰しそうだった。
 窓の景色が変わった。埃っぽそうな荒野の田舎道だ。
 彼女はこんなところに住んでいるのか――。
 Gは列車を降りると持ってきていた弁当を食べ、ある場所に足を向けた。そこは、大きな立派な家だった。この田舎町には不釣り合いなくらいに。
 Gはチャイムを押す。
「どなたー?」
 柔らかいソプラノの声を聞いて、彼女が今、幸せな結婚生活を営んでいることが想像できた。
「あら!」
 彼女――リサ・ウォーレスが玄関で立ったまま硬直した。
 いや、彼女の姓はもうウォーレスではない。
「失礼。夫君はいるかね?」
「ヴィンセントならいないわよ。もうちょっとしたら帰って来るって言ってたけど」
「幸せそうだな」
「おかげ様で。彼と結婚して良かったわ」
「…………」
「何か食べてく?」
「いや、弁当を食べてきた」
「じゃ、お茶淹れてあげる。入って」
 リサに招じ入れられるまま、Gは彼女達の家に入った。
「でも――ギデオンが訪ねてきてくれるなんて、嬉しいわ」
 ギデオンとは、Gの本当の名前である。ギデオン・シュワルツワルト。
「本題に入っていいか?」
「どうぞ」
 リサは紅茶をGの前に置いて、自分も飲む。
「ブランデー入りよ。美味しいわよ」
「ありがとう」
「――本題に入るんじゃなかったの?」
「ああ――リサ。俺は、ハーレムを犯した」
 ――リサは硬直した。そして、「ハーレムを犯したの?」と、鸚鵡返しをした。Gは首肯した。リサは言った。
「まぁ、あなたがハーレムを好きだったのは知ってたけどね……」

後書き
『グッドナイト・ウィーン』シリーズ第四弾です。
次話でこのシリーズは終わりです。
2014.7.13

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