グッドナイト・ウィーン3

「アーハッハッハッ! アーハッハッハッ!」
 サービスは珍しくハイテンションで踊っていた。星空のステージの下で。
 他にも、宴を催している一団がいた。
「おっ、やってるな」
 サービスはその彼らに近づく。
「失礼。参加させてもらってもいいかな」
「これはどうぞ。美しい方」
 ピエロが上機嫌で歓迎した。サービスも自分が美しいのには自覚がある。
 昔からそうだった。美形にありがちないいことや嫌なこともめいっぱい体験している。
(ハーレムは――どうだったのかな)
 自分に似た顔をしているハーレム。尤も、タイプは違うけれど――。
 だが、今は祭りだ。この世で最も憎んでいると言ってもいい男のことなんて忘れてしまえ。
 さっきのピエロがぽんとシャンペンの蓋を飛ばした。
 サービスの杯に酒が注がれる。
 くそくらえだ。マジックも、ハーレムも――Gも。
(僕は、あの男も、嫌いなんだろうか――)
 ハーレムを深く深く愛している男。サービスよりもハーレムを選んだ男。
(まぁ、関係ないさ。僕には――)
 例え肉体は繋がれたとしても、心はバラバラだ。
 サービスは強かに酔った。花火が上がる。
 もしかして、サービスの(ということはハーレムの)誕生日を祝福しているのだろうか。でも、マジックからこんな話は聞いていない。
(まぁ、いいさ――どうせこの世には、ろくなものが何ひとつ、ない)
 いつも陽気なハーレムがサービスには不思議だった。サービスはいつもどこか一歩引いたところで覚めていた。
「もう一杯」
「あいよ。どうぞ」
「かんぱーい」
「貴方は明るい方ですね」
 ――今日だけさ。
「忘れていたいことがたくさんあるだけさ。まぁ、半ば自棄だな」
「そうですか」
 相手が去ると、ある男がサービスの前に進み出た。
「――ジャン!」
 ジャンと呼ばれた男はにこっと笑った。
 こんなところにジャンがいるわけない。ジャンはサービスが殺したのだ。
 でも似てる。雰囲気も、その笑顔も。
 サービスはふらふらと近寄った。
 風船の飛んでいる中、サービスはジャンにキスをした。
(ああ、ジャン――)
 そして、甘い陶酔がサービスを包んだ。

「ん……」
 気が付くと、サービスは昨日の服のままベンチに寝転がっていた。
(あれは、夢だったのだろうか――)
 夢にしてはリアルな感覚。本当にジャンに抱かれていたのだろうか。
(ジャン――)
 生々しい夢にサービスの体が熱くなった。
 早く帰らないと。シンタローとの約束もある。
(内緒でいなくなっちゃやだよ)
 シンタローの言葉が頭に甦る。
 幼いシンタロー。ジャンやレイチェルのような髪の黒いシンタロー。――マジックに全然似てないシンタロー。
 そのせいか、ハーレムにはよくいじめられている。それには叔父としての親愛の情も含まれていたが。
 サービスは帰ろうと思った。
 一晩に二人の男を相手にするなんて――まるでろくでなしだ。ハーレムのことは笑えない。ハーレムだってそんな破廉恥な真似はしないだろう。
(ハーレム以下か――私は)
 けれど、あれは確かにジャンだった。ジャンはかつての恋人だ。恋人同士の営みをしたってちっとも不自然ではない。――そう自分に言い聞かす。
「あいたた……」
 二日酔いなのか頭が痛い。さっさと帰らないと。シンタローも待っている。
 最悪の誕生日だ――心の中でひとりごちた。
「サービス、どこ行ってたんだね」
 マジックが迎えに出てきた。
「シンタローなら、まだ寝てるよ」
「よかった。間に合った。助かった」
「だから、どこ行ってたんだね?」
「別に」
 サービスは適当にあしらおうとした。
「酒臭いぞ、サービス。ハーレムの真似か?」
「誰があんな男の――」
「やれやれ、シンちゃんの教育に悪い叔父さんばかりだねぇ。少しは大人の自覚を持たないとダメだよ」
「わかってます」
「――何があった」
 マジックが厳しい顔をした。本気の目だ。
 ジャンに会った。そんなことを言ったら正気を疑われてしまう。ジャンに抱かれた。そんなことを言ったら精神病院に放り込まれても文句は言えない。
 何とか誤魔化さなくては。
「友達と――酒を酌み交わしていた」
「そうか! サービスにも新しい友達ができたんだね」
 マジックは嬉しそうに笑う。サービスは何故か罪悪感を覚えた。
「まぁ、どうしたの? サービス」
 レイチェルも玄関に来る。
「ああ。マイハニー。サービスにも友達ができたようだよ」
「へぇ……サービスにねぇ……」
 ビリー・ピルグリムと名乗って一時期サービスと友達付き合いをしていたレイチェルは、サービスの気性をよく飲み込んでいた。
「サービスみたいな気難し屋とねぇ……」
「レイチェル、僕に偏見があるみたいだねぇ……」
「あ、わかる?」
 レイチェルが舌を出した。レイチェルは相変わらずだ。彼女と結婚していたら、サービスの人生も変わっていただろう。
 最終的に彼女が選んだのはマジックだった。マジックとレイチェルの馴れ初め、そしてどうやって結ばれていったかは、また別の話である。
「シンタローももうすぐ起きるわよ。朝ご飯食べない?」
「それよりシャワーを……」
「そうね。今のサービス、酒臭いものね」
 シャワーを浴びながら、サービスは精液を掻き出していた。それはGのものかジャンのものか。
「ふぅ……」
 精液をそのままにしておくと腹を下すというが、サービスはそんな悲惨な目にあったことはなかった。
 バスルームから出てくると――。
「あ、おはよう。サービスおじさん」
 起きてきたシンタローが目をこすっていた。まだ眠いらしい。
「おはよう。シンタロー」
 いつもの調子を取り戻したサービスが答える。
「眠いのかい?」
「ん……でも、おじさんの顔見たら、眠気なんか吹っ飛んだよ」
 嬉しいことを言ってくれる。でも、シンタローの体はまだゆらゆらしている。そんな甥の様が何となく微笑ましかった。

後書き
『グッドナイト・ウィーン』シリーズ第三弾です。
一部、獸木野生先生の『月の猫』を参考にアレンジしました。
2014.4.9


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