グッドナイト・ウィーン

 ヒィィィィン――ゴォォォォォ――……
 飛行機の騒音が耳を劈く。今、サービスはガンマ団所有の空港にいた。
(今日はあいつも来るんだろうな……)
 なんせ、今日はサービスとあの男の誕生日だ。招かれない訳がない。気ぶっせいだ。楽しみといえば、久しぶりに甥のシンタローに会えることぐらいか……サービスは嘆息した。
 シンタロー……義理の姉に似た、マジックの息子。マジックはそれはそれは目に入れても痛くない程の可愛がりぶりだ。黒髪に黒い瞳。金髪碧眼の兄とは全然似ても似つかない。そこが気に入っている由縁かもしれない。
 マジックは愛妻家だからな――。サービスは思った。
 サービスも義理の姉は嫌いではない。というより、かなり好きだった。恋していた、といってもいいかもしれない。まぁ、お互いいい年だ。思い出話ぐらいしたって、兄マジックは許してくれるだろう。義姉さんに抱いた恋心も昔のことだ。
 ――サービスは窓を見遣っている。
 飛行機がこんなに近い。あの男が見たらさぞかし喜ぶだろう。あの男は昔から乗り物が好きだった。
 その時である。
「サービス様!」
 弾む声に訊き慣れた声音を感じてサービスは振り向いた。
「ラズベリー!」
「わぁ、やっぱり来てたんですね!」
 ラズベリーとサービスは互いに再会を喜び合った。
「兄さんはどうしてる?」
「総帥はお元気ですよ」
「――ハーレムは?」
「未だに来ておりません……もう少し待っていればいらっしゃるとは思いますが」
 ラズベリーは一寸しょげた。が、また立ち直って、
「相変わらずお綺麗ですね、サービス様」
 と溜息を吐いた。こういった反応は昔から慣れていたので、サービスは少しも心動かされなかった。が、一応礼を述べておく。
「ありがとう。――君もいつも可愛いよ。顔も性格もね」
「嫌ですねぇ、サービス様」
 マジックは美少年の側近などを侍らせておくのが好きだった。
 よく義姉さんが反対しないものだとサービスは思うが、マジックの妻もなかなか強いので、そんなところがマジックの気を惹いたのだと思う。彼女は、家庭内の秘書兼側近みたいなものであるのだろう。
(全く……相変わらず面食いなんだな、兄さんは)
 しかし、サービスも人のことは言えない。
 自分が美しいことを自覚しているし、顔の良くない者に対してはある一定の距離を置いている。たとえあからさまに嫌がりはしないまでもだ。
 サービスは美しい。これは万人が認めるところだ。
 さらさらの腰までの長い金髪。すらりと伸びた背。黒いコートの似合うスタイルのいい体型。彼は今日で三十歳の誕生日を迎える。あの男と一緒に。
(ハーレム)
 ハーレム――サービスの双子の兄。サービスが一番愛してやまない、そして、一番憎んでいる男。あの男が――ルーザーを狂わせた。
「どうか、なさったのですか? サービス様」
 ラズベリーが尋ねる。
「いや、何でも……」
 いいんだ。あんな男。気にしなければ。サービスはかっと高いヒールを鳴らした。

「誕生日おめでとう! ハーレム! サービス!」
 マジックがおどけながらクラッカーを鳴らした。特戦部隊の連中がお義理で手を鳴らす。ハーレムかマジックに強制的に連れて来られたのだろう。気の毒に。
 ハーレムが寂しがりなのは有名で、各国の能力の高い美青年を周りに置くところまでマジックと同じだ。
 サービスはGと目が合った。
(やはりGも来てたのか――)
 Gはハーレムの一番の忠臣だ。一番古株の部下。
「サービス叔父さん、お誕生日おめでとう!」
「ありがとう、シンタロー」
 サービスは、日に日に義姉――というより何故か亡くなった友人のジャンにもそっくりになってきたシンタローに笑いかけた。シンタローは俯いた。
「それでさ……これ、良かったらだけど――」
 シンタローはサービスに丸めた画用紙を渡した。それはサービスの似顔絵だった。
「ほう……良く描けているじゃないか、シンタロー」
「あ……えへへ……」
 シンタローは、はにかみながら頭を掻く。
「ふーん。へったな絵だなぁ、シンタロー」
「なっ……! 獅子舞! 文句あんのか!」
「それに見事に金がかかってねぇなぁ」
「るせぇ!」
 ハーレムはシンタローと言い合いをしながらにやにや笑っている。彼は甥達をからかうのが趣味なのだ。
「だってシンちゃん。この間飛行機の模型買ってお金ないって言ったもん、ねぇ」
 明るい金髪のグンマが笑顔でシンタローの内情をバラした。その傍には高松が控えている。 
「まぁ、俺ももらっといてやる」
 ハーレムが言うと、
「ハーレム叔父さんの絵なんてないよ」
 と、シンタローが素っ気なく言う。
「なにぃ?! 俺だって誕生日なんだぞ! 祝えよ!」
「やーだよ、誰がてめーみてぇな獅子舞なんか……」
 グンマがそーっとシンタローの背後に回って一枚の紙を取り出す。
「あっ、グンマ!」
「あはは、ハーレム叔父さんそっくりだよ! これ!」
「何だ、ちゃんとあんじゃねぇか」
 ハーレムも相好を崩す。
「ふん……サービス叔父さんを描いたついでのだからな」
「でも、これかなり力入ってるよ―」
「うるせぇな、グンマ」
「ありがとよ、シンタロー……結構上手くなったじゃねぇか」
 さっきは『下手な絵』って酷評したばかりなのに――調子いいんだから、ハーレムの奴。サービスはくすっと吹き出した。
「そうだよー。シンちゃんは芸術家だからねぇ」
 マジックはシンタローの絵を褒められてやに下がる。
「でも、俺はやっぱり現ナマの方が良かったなぁ」
「ふん。その分すぐ遣うくせに」
「ハーレム、お兄ちゃんの払う給料では足りないのかい?」
「誰がお兄ちゃんだ。俺達もう今年でいくつだと思ってるんだ」
 ハーレムがマジックに反発する。もうとっくにお馴染みになった光景だ。グンマと高松も笑っている。
「そうそ。それに、俺達の給料からもピンハネしてるくせにねぇ」
 そう言うロッドも特戦部隊を辞めるつもりはないらしい。なんだかんだいっても、ハーレムの周りにも人は集まる。……一筋縄ではいかない者達ばかりだが。
「それより兄貴。酒はねぇのか?」
「今は子供達がいるんだよ。後でになさい」
「ちぇっ」
 ハーレムは舌打ちした。大人になったら俺も酒を飲みたい、というシンタローに、そうだね、パパと汲みかわそうねぇ、なんて言って、サービス叔父さんと飲みたいんだと駄々をこねられるマジック。そんな家族が愛しい。
 もしルーザーさえこの場にいてくれれば、それは幸せな光景となり、サービスも心地良くこの場の雰囲気に酔うことができたであろう。
 そして――シンタローがマジックの息子として育てられることもなかったであろう。
 旧友高松を見るサービスの目がきらりと光った。高松はそれを無視した。仕方ないのでサービスは視線を余所へ移した。
 Gがじっと見つめている。自分ではない。ハーレムをだ。
 まだあんな男を好きなのか――と、サービスは呆れるような、いっそ感心するような気持ちを覚えた。
 ハーレムはロッドやマーカーと機嫌良く昔話をしている。サービスは手持無沙汰だ。
 シンタローがちらちらとこちらに目を遣りしきりに話しかけたそうにするが、恥ずかしいのかなかなか声をかけてこない。
 サービスはソファーに背を預けた。
 年上の人間、しかもかなりの美貌の人間には男性であっても女性であっても、シンタローにとっては何かきっかけがないと話しかけづらいことをサービスはうっすらとだが勘付いている(獅子舞――いや、ハーレムは例外なのだろうが)。
 少々早熟なところもある黒髪の甥はまた、もうそういう年頃になってきたのだろう。でも、さっき絵をくれた時のように勇気を出して欲しいとも思う。
 義姉が特大のスポンジケーキを持って来た。まだいいって言ったのに――と慌てながらマジックも手を貸した。
 仲の良い夫婦である。義姉はマジックと結婚して良かったのだと、サービスは心の中で言い聞かせた。

後書き
バレンタインデーまでに仕上がってよかったです。
これには続きもある予定なのですが、書くかどうかは気分次第。
ハーレム、サービス、お誕生日おめでとう!
2013.2.14


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