ナガサキの新番人、ソージ

「お帰りなさい。カシタロー君」
 山南ケースケが伊東カシタローを出迎えた。
「何か永崎についてわかったことはあったかね?」
「――『ときそば屋』という店の蕎麦が旨かった」
「……えーと、カシタロー君。君は何しに永崎に行ったのかね?」
「永崎に関しては大丈夫だ。既にスパイを侵入させてある」
「だったらわざわざカシタロー君が出向かなくても……」
「――永崎には一度行ってみたかった。俺の故郷だったからな」
「……そんな話は初めて聞いたよ」
「俺も初めて言った。――そこを退け。山南」
 カシタローは懐手で廊下を渡った。
「カシタロー君。今日のメニューは鮭と鯖の押し寿司だよ」
「いらん。食料ならときそば屋でふんだんに取り込んで来た」
「そんなに美味しいところなら私も行ってみようかね。――マジック様関連のイベントがあった時に」
 山南は永崎藩主のマジックのファンなのだ。ファンクラブにも足繁く通っている。
「勝手にしろ」
「いい情報をありがとう」
「ふん」
 カシタロー、いや、アスは鼻を鳴らした。
「そう言えば、ソージ君はどこへ行ったのかねぇ……」
 山南の独り言にカシタローは得意げなアルカイックスマイルを浮かべた。勿論、山南には見えていない。

「何ですか? アスさん」
 通信機でアスは沖田ソージと連絡を密にしている。このことは心戦組の誰も知らない。
 まぁ、あいつらは愚民だからな。アスは心戦組の仲間を密かに馬鹿にしている。山南も例外ではない。
 ただ、ソージと山崎ススムは別だ。ススムはどことなく腹が読めない。腹が読めないのはソージも同じだが、ススムについては異質な物を感じる。
「そちらはどうだ?」
「うん。うちの馬鹿局長が女王様っ子に土下座させられてるよ」
「あの男――まだ永崎にいるのか」
「うん。敵わないと思ったのか和平を結ぼうとしたところ、パプワくん達に捕まってしまってね。僕は舌先三寸で逃げて来たけど」
「ほほう。賢い部下を持って俺は幸せだ」
「近藤さんはコタローくん家にいるよ。アスさんも来ない?」
「いや――永崎へは行ったばかりだ」
「んもう、勝手に来ないでくださいよ。正体がバレたらどうするんです」
「心戦組も馬鹿だが、永崎の奴らはもっと馬鹿だ。安心していい」
「そりゃどうも」
「ソージ……無事でいろよ」
「ええ……今からでも局長いじめを遠くから眺めて楽しんで来ます」
「あんな奴でもお前の上司だぞ」
「あの局長はマゾですから、僕にいじめられたがってるんです」
「まぁ、その――俺には理解できんが……正体は隠しとけよ」
「大丈夫です。僕を疑っている人なんていませんよ。アスさん」
「――何だ?」
「僕を永崎の新しい番人に選んでくださってありがとうございます」
「礼には及ばん。お前ならあの馬鹿どもとは違う選択肢を選ぶだろうと見込んだから新しい番人につけてやったまでのこと」
「――番人の座から降りたアスさんは一体何をしているんです?」
「いろいろとな――。ああ、そうそう。『ときそば屋』という店の蕎麦は旨いぞ」
「わかりました。今度行ってみます」
 ソージが答える。――アスが通信を切った。

「ちょっとー、君達心戦組のおかげで永崎は大変な目に遭ったんだからね!」
「済みませんです、坊ちゃまー」
 近藤イサミは高屋敷コタローに対して土下座をしていた。
「済みませんじゃ済まないよ。ほんと」
「そうだぞー」
「わう」
 コタローにパプワとチャッピーが唱和する。
「ところで、いつマジック殿に会わせて頂けますか~」
「僕らが気が済むまで近藤さんが謝ってくれたらね」
「わーう」
「はぁ~、しびれる~」
「おい、コタロー、パプワ、そのぐらいにしとけ」
 コタローの叔父のハーレムが言った。
「ハーレム叔父さん、この人の味方をする気?」
「そう言う訳じゃねぇんだが……こいつが永崎侵略だなんて大それたこと考えてるとはどうしても思えなくてよ――この話には裏がありそうだぜ」
「いえいえ。永崎を占領しようとしたのは儂が言い出したことで……」
「それ本当?」
「本当です」
「じゃ、チャッピーくん、この男にがぶっと噛み付いて!」
「わう、わう!」
「親父臭いのが移るから嫌だとさ」
 コタローが笑い出した。
「君、チャッピーにまで見捨てられたね」
「こ、これは……愚弄されているのに何故か快感が止まらない~」
「本当の変態かよ、こいつ……」
 ハーレムが呆れている。
「おい。そろそろこいつをマジック兄貴に引き合わせねぇか?」
「え~、もうちょっと遊んでたいのに~」
「遊んでたのかよ……」
「そうじゃよ。ハーレム殿。これは酸いも甘いも噛み分けた大人の遊びじゃよ。なぁ、コタローくん」
「ねぇー」
「まぁいい。おい、近藤、こっちだ。兄貴には既に話を通している」
 ハーレムは襖を開く。
「ぶー、ケチー」
「ケチー」
 コタローとパプワは残念そうだ。
「大人の遊びは後にしろ。こっちは大人の話だ」
「はーい」
 コタローはうず高く積まれた座布団から降りた。
「あっち行こ。パプワくん」
「うむ」
「わう」
 コタロー、パプワ、チャッピーは去って行った。
「しかしねぇ……永崎の武力があれ程とは思いませんでしたよ」
「そんな話なら兄貴としな。俺は関係ねぇ」
「いやいや。あなた方には脱帽です」
「…………」
 ハーレムはモクを手にしたまま黙っていた。――が、やがて口を開いた。
「おい、近藤。兄貴は自分の部屋にいるぞ。俺もついて行ってやろうか」
「いえいえ。ハーレム殿。お気持ちは有り難いですが一人で行けますので。儂は美少年なら大好きですが、おじさんには興味はありません。あまりおじさん濃度が高くなるのも嫌ですから」

後書き
永崎藩という架空の藩が舞台のなんちゃって時代劇シリーズです。
ソージの正体が明らかになる……?
そして、近藤さんは遊んでいるというか、遊ばれているというか……(笑)。
2018.03.13

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