ナガサキキリシタン事情
「マジック様……」
何故か憔悴しているようなティラミスが言った。
「どうした? ティラミス」
「ミツヤ様がいらっしゃいました」
「何?! ミツヤが?!」
面倒が起こらないといいが――マジックがそう思ったのがまずそれだった。
「いないと言ってくれ」
「もういるけど」
青の一族の一人――ミツヤがにこにこしながら立っていた。この笑顔が曲者なのである。虫も殺さぬような顔をして――。
ミツヤは実はキリシタンなのである。
けれど、マジックがミツヤを恐れるのは、勿論それが理由ではなかった。
「ミツヤ……今度は誰を殺しに来た」
「やだなぁ。何物騒なことを言ってるんだい。僕は真面目なキリシタンだよ。事情もなく人を殺すのはもう止めたよ」
「そ、そうか……」
マジックが一瞬ほっとした。ずずっと茶を啜る。
「まぁ、転び伴天連を十人程殉教させたけどね」
ぶっ! マジックが茶を噴き出した。
「お前みたいなのがいるからキリシタンは迫害されるのじゃないか?」
「やだなぁ、人聞きの悪いことを」
ミツヤがあはっと笑った。
――これだからこの男は油断がならない。
マジックはそう思ったが、口には出さないでいた。これでも、マジックの友達であることには変わりないのであるから。
「あまり滅多やたらに人は殺さないように」
マジックにはそう言うしかなかった。
「やだなぁ、転び伴天連を殉死させたのはただの見せしめだよ」
ミツヤは笑ったまま言った。
青の一族には、時々こう言う輩が生まれる。
「マジック。君も聖書は読んでみたかい?」
「ああ、読んだ読んだ」
マジックは適当に答えた。確かに聖書は読んだ。全部読んだ。
しかし、何故ミツヤがキリシタンになったのかは全然わからなかった。
ミツヤはキリシタンになっても相変わらずのようだが――。
「信仰のことは私にはよくわからないよ」
――脱力しながらマジックは呟いた。
ミツヤに至っては本当にキリスト教を信じているのかわからない程だし。
「じゃあ、僕がいろいろと教えてあげるよ」
「いらんわ」
マジックも島原の乱や天草四郎時貞の名は人並みに知っている。そして、密かに信仰に生きて散って行った彼らを密かに尊敬すらしている。
対してミツヤはどうか。
マジックには、ミツヤはキリストへの信仰の名の元に人殺しをしているように見える。ミツヤは笑顔だけは天使のように見えたのだが。
とんだ死の天使だな――。
ルーザーも彼と似たところがある。ルーザーとミツヤ。二人は馬が合っていた。
けれど、ミツヤが好きなのはマジックだ。
それが、マジックの悩みの種でもある。
マジックが一番愛しているのは、息子の高屋敷シンタローだ。次期藩主に据えようとも思っている。それだけのカリスマと魅力がシンタローにはある。
尤も、ミツヤはどう思っているかわからないが――。シンタローにもミツヤは優しい面を見せているからだ。
マジックはシンタローには密かに『ミツヤには気をつけろ』と言い渡してある。その時、シンタローは神妙な顔をして頷いた。シンタローも感じるところがあったのだろう。
「ミツヤ。お前は信仰の為に死ねるのか?」
「当たり前じゃないか。そんなことを訊いてどうするんだい?」
ミツヤはどうしてそんなに笑っていられるんだと思える程、楽し気な笑顔を見せている。確かに彼なら、殺されても笑っているかもしれない。マジックはぞっとした。
それとも、如何なミツヤでも、殺される時は苦悶の表情を表すのだろうか。それだったら見てみたいと思うマジックは、やはり青の一族の血を引いているのかもしれなかった。
青の一族は好戦的な一族である。
それは、マジックとても例外ではない。狼国壬生の心戦組などの者どもとの戦いが起きるかもしれないと考えると、ハーレムではないが正直わくわくする。
――ハーレムは特に好戦的な男である。子供の頃から暴れん坊だった。閑話休題。
けれど、ミツヤは好戦的とは少し違う気がする。
善悪の判断が出来ていないように見えるのだ。
その男が何故キリシタンになったのか。それはマジックでもわからない。
「マジック。黙っちゃって何考えてるの?」
「お前が何故キリシタンになったのか、だよ」
マジックはするっと言ってしまった。賛同できかねるところもあるが、ミツヤも大切な友人ではある。一応。
「あは、そんなの決まってるじゃん。――イエス様の教えを信じたからだよ」
それで転び伴天連を罰するのか――マジックは自分でも知らないうちに険しい顔になった。
「どう? 僕がキリシタンになったの、面白くないの?」
「そんなことは言っていない」
「君が気に入らないなら、僕はキリシタンを辞めるけど?」
「そんなに簡単に辞めていいのか?」
「うん!」
「それでは、お前が殺した転び伴天連は死に損と言うことにならないか?」
「あ、そうか――うーん、そうだねぇ……」
ミツヤも少しは考える風だった。
「けれど、僕にとって君はイエス様より大事な人だから」
――詭弁だ。
マジックはそう思った。
けれども、嬉しくない訳ではなかった。何を考えているのかわからないところもあるけれど。自分も人のことは言えないし。
――シンちゃん。
マジックは心の中でシンタローの名を呼んだ。
ミツヤのような男は決して珍しい存在ではない。青の一族の中では。
だから――お前が変えてくれ。シンちゃん。
まさか、ミツヤがキリシタンになるとは思いもよらなかったが。本当に信仰の為に働いているのか、疑問に思ってもいるが。
「ミツヤ、お前の意見には矛盾があるな」
「うん。僕はイエス様の為に死ねるけど、君の為にも死ねるよ」
ミツヤの青い目は驚く程澄んでいた。狂気を宿していると思うくらい。
「じゃあ、私とキリシタンの信仰とどちらが大事だい?」
「君」
ミツヤが即答した。マジックは頭が痛くなった。
これだからこの男は苦手なのだ。自分に心酔しているのはわかるが。因みに山南ケースケもマジックに心酔しているが、それを嫌だと思ったことはない。
けれど、ミツヤのマジックに対する信頼には――嫌悪感すら感じる。あまりにも狂っているからだろう。
イエス・キリストとか言ったな。ミツヤをどうか真人間にしておくれ。
そう頼みたい程でもある。
しかし、ミツヤがキリシタンになっても、ミツヤの根本的な狂気を変えるのは無駄だったようだ。
「後で殉教した人達の墓参り行こうよ。それから、僕、隠れキリシタンのところへ行くから」
「ああ――あまりそんなことはぺらぺら喋らない方がいい」
「僕は君を信じているよ」
「そりゃどうも」
マジックは投げやりに答えた。
四方山話に花を咲かせた後、マジックは、
「湯浴みをするから」
と言って、半ば強引にミツヤを追い返した。適当に相手はしたし、ミツヤはマジックを殺せない。それはマジックにもわかっている。
ミツヤを自分は裁けない。もし、イエス・キリストが最後の審判で人を裁くのだとしたら――。
あんな男でも、ミツヤは自分の血族なのだ。少しは手心を加えてくれ。自分はどうなってもいいから――と神に祈った。
後書き
今回はミツヤが出て来ました。嫌われ者の彼です。
ミツヤがキリシタン……似合っていると思うのはどうしてでしょう。
マジックもミツヤのことに関しては悩んでいるのでしょうね。ミツヤは一筋縄ではいかないから。
相変わらず永崎藩という架空の藩が舞台です。
2017.12.04
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