南の島の戦い

 南国の島に血の雨が降る――。
 赤の一族と青の一族が矛を交えている。
 もう、どれぐらいになるだろうか。ジャンは一生懸命止めようとしたが――無駄だった。
「やめろ! やめろ無益な争いは! 俺達、パプワ島の仲間だろ?!」
 大声張り上げて説得しようとしても、誰も聞いてくれなくて――。ジャンは心が折れそうだった。
 せめてもと、ジャンは赤青関係なく、傷ついた人達を看病していた。
(これでいいのか。赤の番人として、これでいいのか……)
 ジャンは自問自答する。
 争いは続く。血煙が上がる。人々は叫びながら敵と戦っていた。
 ふと崖の方を見ると、その上に人影があった。
 長い銀色の長髪――アス!
 ついにアスが動いたか。
(助かった!)
 ジャンは崖を上ってアスのところに行く。
「アス! 止めてくれ! 赤と青の戦いを!」
「無駄だ」
 アスは静かに言った。
「どうして……」
「奴らは殺しを楽しんでいる。敵を倒すのに歓びを感じている。そして――」
 アスは薄い唇にアルカイックスマイルを浮かべた。それは、ジャンも見たことがない酷薄な表情だった。アスは続けた。
「これが、この島の人間の本性なんですよ」
 ジャンはしばらく硬直して、何も言えないでいたが、やがて、どもりながら言葉を発した。
「嘘だ……」
「まぁ、あなたはそう言うと思いましたよ」
 アスが一転、優しげな顔に。
「ま、私はここで高みの見物をさせてもらいますよ」
「――止めないのか?」
「どうして。そんな理由ないでしょう」
 アスの笑みは綺麗だった。ジャンの背筋に悪寒が走るくらい。
「だって、おまえは青の番人じゃないか。島の平和を守るのがおまえの仕事だろ?!」
「島の平和ね」
 ふん、とアスはせせら笑った。
「どうして……」
 ジャンは拳を握った。アスの考えがわからない。アスの返答次第では殴ることも考えていた。
 この争いを始めたのは青の一族だと聞く。でも、ここまで戦が拡大してしまうと、誰に責任があるのかもうわからない。
 確かに争いを好むのは、人間の性かもしれぬ。だけれど、ジャンはそこで納得したくはなかった。人間はもっと気高く、崇高なもの。そう信じていたかった。
 それに――ジャンはこの島を愛していた。照りつける太陽、緑の眩しい森、海辺に生えた椰子の木。
 あの平和な頃には、もう戻れないのだろうか。
『ジャン。考えている場合ではありません。アスを――その男を殺しなさい』
 赤の秘石のテレパシーが脳内に響く。ジャンは項垂れた。
「アス……赤の秘石から命令が下った。俺はおまえを殺さなくてはならない」
「――そうですか。それなら私はここから消えるのみですね。むざむざあなたに殺されたくはないからね」
 そう言って、アスは本当に姿を消した。
 日が落ちて、戦いが一旦幕を閉じた。
 ジャンはせめて亡くなった人間に墓を作って弔ってやろうとした。ざっ、ざっ、と死体を埋める穴を掘る。
 また明日、ここで大勢の人が死ぬだろう。
(ライ……)
 ジャンは心の中で思い人の名前を紡ぐ。
(おまえは無事か、ライ――)
 ライは、ジャンの想い人であった。しかし、彼は青の一族だった。
 ジャンはふるふると首を振ると、また、墓堀りに戻った。
 たくさんだ。たくさんだ。もう争いなど、たくさんだ。逃げ出したい。ここから。ライを連れて。青の一族も赤の一族も関係ないところへ……。

 朝が来て、戦が始まる。
 太陽は、今日は特に燦々と輝いていた。もうどれぐらいの人間が死に絶えただろう。その中には、ジャンの仲間も大勢いた。
 ――マジック。
 首謀者は彼だと聞いていた。そして、彼の弟のストームも。
 ストームは元々好戦的な性格であったが、その傾向はますます顕著になっていた。
 乱暴者だけど、いいヤツだったのに。ライの次に彼が好きだったのに。
 ――どうして変わってしまった、みんな……!
「ジャン!」
 ライが駆けてきた。無事だったんだ。
「ライ。会いたかっ……」
 槍がライの心臓を貫いた。ライは血を吐いて死んでしまった。
「う……う……」
 ――ライを殺したのは、赤の同胞だった。
「うわああああああああああ!」
 ジャンは慟哭し――目が覚めた。
 盗汗を掻いていた。――最悪の目覚めだった。
(ライ……いや、サービス……)
 ジャンは、サービスがライの生まれ変わりであることを疑ったことはなかった。勿論、ライとサービスはすっかり同一人物なわけではない。すっかり変わってしまったところもあれば、相変わらずなところもある。
 ジャンは森を出た。さくさくという白い砂を踏みしめる感触が足に心地よかった。
 波の音を聞きに海に来た。波の音は全てを包み込んで、悠久の間、寄せては返し、寄せては返しを繰り返している。
「ジャン……」
「誰だ!」
「俺だよ」
 番人の番人、メタセコイヤのソネが立っていた。ソネは下半身が樹の根っこでできている。
「……何しに来た」
「姿を見かけたものだから、ついね」
 ソネが笑いかけて、ジャンの隣に来た。
「いいなぁ。夜の海は。いつ来てもいい」
「ああ。心が現れるようだ。波の歌を聞いていると――」
 人間は変わる。だが、波の音だけはいつまでも変わらない。
「ソネ、俺は、卑怯者だろうか」
 天空の島が崩壊する時、ジャンも赤い秘石を持って逃げ出した。
「いや。そんなことはないんじゃねぇの? おまえさんが何考えてんだかしんねぇけど」
 ソネが言った。ソネは、優しい。半分しか人間でなくとも、優しい。
「――ライが殺される夢を見た」
 ジャンが口を開いた。ソネにはわかってもらえると思って。
「俺、その時は生まれてないからよくわかんねぇけど……本当に好きだったんだな。その人のことを」
 ジャンはコクリと頷いた。
 ザーン、ザーン……。
 南の島の戦い。人はどうして争うのか。人でないジャンにはわからない。アスにはわかるのだろうか。
(これが、この島の人間の本性なんですよ)
 アスは頭のいい男だった。自分なんかより、よっぽど周りのことをよく見ていた。アスも、昔は優しかった。今、どうしているのだろう。もし、生きているのであれば――
(殺さなきゃいけないのかもな。あいつを)
「ジャン……辛そうだな」
「まぁね」
 ジャンは無理して笑おうとした。だが、それはひき歪んでいたに違いない。
 水平線に目を遣りながら、再び過去の思い出に浸るジャンはだが、それも詮無いことだというのを知っていた。――ソネは、そんな彼をそっとしておいてくれた。

後書き
南の島の歌シリーズのひとつです。
ずっと書きたかった話です。アスの口調がPAPUWAの時とちょっと違うでしょうか。南国少年の時と同じかな。
この話をパプワファンのはるかさんに捧げます。
2015.1.6

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