壬生珍道中
「壬生に来んのも久しぶりだなー」
「活気に溢れてますなぁ」
長崎の特戦部隊隊長ハーレムと心戦組局長近藤イサミとは、世間話をしながら壬生の街を歩いている。
「おっ、凧揚げやってる!」
「正月ですからなぁ」
「一度でいいからあの凧に乗ってみたいもんだぜ」
「儂もそう思ってましたよ。子供なら誰でも憧れるもんですなぁ」
「少年の心を忘れていないと言えよ」
わはははは。敵同士だったハーレムと近藤が肩を組んで笑っている。
「おっ、ここ評判の蕎麦屋なんですよ。入ってみませんか?」
「蕎麦なら永崎の『ときそば屋』が一番だぜ。それに、それどころじゃねぇだろ、俺ら」
「そうでしたな」
わっはっはっはと笑い声が響く。この光景を見ている人々は思いも寄らないだろう。兄である永崎藩主の密書を持ったハーレム。永崎に負けた責任を取って切腹でも申し渡されかねない近藤。彼らは微妙な立場にいるのだということを。
しかし、二人は能天気なのでそんなことは意にも介さない。明日の命もわからない彼らなのだ。楽しむべき時は今。
「壬生はいいところだぜ。近藤、よく見ておけ。いつ帰れるかわかりゃしないんだからな」
「勿論ですとも。――ハーレム殿は何がお好きですか?」
「そうさな……あんみつが好物だな。俺は」
「儂もですよ。せっかく来たんです。蕎麦は永崎に敵いませんが、あんみつぐらいだったら別腹でしょう」
「じゃあ……行くか!」
「行きましょう! 突撃ー!」
「はー、食った食った」
「お腹がはち切れる程食べましたね。満足です。どうせ私の命は長くないですから」
「近藤……」
「壬生の殿様にこのことが知れたら、儂は切腹ですからね」
「――俺もだよ」
ハーレムが遠い目をして続けた。
「密書が渡ったら、俺は壬生側に捕まるかも知れん。そしたら――また戦争が始まるんだ」
「ハーレム殿……」
「おっと、戦争がなくなりゃいいなんて思っちゃいないぜ。俺らは戦争屋なんだからな。しかし――」
積もった雪にかまくら。雪だるまに子供達の雪合戦。何連にも連なった凧。
「ちょっとだけ平和っていいなって思っただけだよ」
ハーレムは鼻の下を擦った。
「儂も平和には賛成ですな。我々の犠牲の上に平和が成り立つなら、喜んで犠牲になりましょう」
「アンタ……ただの馬鹿じゃなかったんだな」
「いや。私は馬鹿ですよ。あの子が――親に見捨てられたソージが笑ってくれるならどんなことでもしようと決心したんですからね。――あの時」
近藤はただただソージの我儘に付き合っているだけだった。近藤はふざけている道化に見えて、実は本物の侍の魂を持った漢だった。
「近藤、おめぇ……」
「あ、ソージには内緒ですよ。こういうことは秘密にするから楽しいんですからね」
近藤は歯を見せて、「しぃーっ」と言うジェスチャーをした。
「お前も侍だな。近藤」
「どういたしまして。自分の命で部下達の命を贖えるならこれほど嬉しいことはありません」
「お前、どうしても死ぬ気か? いいんだぞ。逃げても。――兄貴には俺から適当に言っとく」
「ハーレム殿を見殺しにしたら、ソージに本気で殺されますよ。特戦屋の方々にもね」
「はっ、俺はそんな人望ある人間じゃねぇよ」
「じゃあ、短い命を精一杯楽しみましょうか」
近藤の目元にうっすらと涙が浮かんでいるのをハーレムは見たような気がした。自分も同じだったからだ。
――最期に生死を共にする親友が出来て嬉しかった。
「ふふふ……」
壬生の将軍が常駐する室。そこには伊東カシタロー、いや、青の番人アスが座っていた。床には今まで壬生の将軍だった者の首が転がっている。
「さぁ、早く罠にかかれ――裏切り者ども」
アスがアルカイックスマイルを浮かべた。その顔には最早純粋な悪しか残っていなかった。防犯カメラにはハーレムと近藤、二人の姿が映っている。
カッ!
突然雷が落ちた。稲光が残忍なアスの顔を照らし出す。
「永崎特戦部隊隊長ハーレム並びに心戦組局長近藤イサミのお成りです」
「通せ」
「はっ」
アスの部下の青年は将軍の首を見ても顔色を変えない。そのくらい神経が太くないとアスという男とは付き合っていられない。ほんの少しでも眉を顰めた者がどうなったかは少し考えればわかるであろう。
「将軍……あっ、君はカシタロー君! カシタロー君じゃないか!」
近藤が相好を崩す。ハーレムが、
「誰だっけ?」
と、首を傾げる。
「誰だ。カシタローというのは。私はアスという者だ」
「いや。あのきしめんみたいな髪。どう見たってカシタロー君だよ!」
「そうかな……あの変な髪型の野郎は確かにアスというヤツだったな」
「青の一族を根絶しようとしたヤツでしょう? カシタロー君は違いますよ。カシタロー君はね……」
近藤が続けようとしたその時。
雷光が将軍の首を照らした。
「……将軍?」
「相変わらず血の巡りが悪いな、近藤。今から俺が壬生の将軍だ」
「え、でも……」
「下がってろ近藤。こいつは言っても聞かねぇ」
「ハーレム殿……」
ハーレムが抜刀しようとする。
「取り押さえろ!」
数人の武士達に囲まれたハーレム達。近藤もどうやらアスの正体に気付いたようだ。
「カシタロー君、いや、カシタロー! 我々をどうするつもりだ!」
「近藤イサミ。お前は将軍を殺した謀反人だ」
「な……!」
近藤が絶句する。
「さてと、ハーレム。君はどうするかね。青の一族でありながら青の秘石を裏切った。その罪は重い」
「何でぇ! ただの石ころじゃねぇか! 青の秘石なんて!」
「――牢屋に連れていけ」
「はっ!」
「ふん」
ハーレムは鼻で嗤った。密書も無駄になっちまったな。
アスが目指しているのは皆殺し。多分それだろう。
(兄貴と連絡取れねぇかな)
――まぁ、ハーレムには奥の手があるのだが。
ハーレムと近藤は石牢に閉じ込められた。この牢屋の存在を知っているのは、城の中でも一部の者達だけらしい。
「やれやれ――ついてませんな。ハーレム殿」
近藤は笑顔を浮かべようと思ったが、顔の筋肉がどうしても引き攣るようだ。
「窓がある――ちょうどいい」
ハーレムは懐から鳩を取り出した。普通の鳩より小さな鳩である。
「高松が技術の粋とやらを集めて造った小型伝書鳩だ――あいつも役に立たん発明ばかりしていると思ったが、こういう時はあいつの才能も重宝するな」
「それは……!」
「俺の奥の手だ。SOSの紙を足に結び付けてある」
そして――ハーレムは伝書鳩を牢の灯り取りの窓から飛ばした。にわか雨の去った夕陽の沈む空を伝書鳩は翼を広げて飛んで行った。
後書き
永崎藩という架空の藩が舞台のなんちゃって時代劇シリーズです。
ハーレムと近藤が仲良くなったのが意外でした。二人ともおじさんなのにねぇ。
高松の発明もたまには役に立つ……?
2018.04.04
BACK/HOME