マジックと天国

 空から地面に降り立った時、マジックは呆然としていた。
「ここは――」
 心地いい陽だまりの匂い。こんな日に、縁側でうつらうつらしたら最高だろうなと思う。マジックは目を眇めた。――ここは、パプワ島に似ている。
「私は死んだはずだが……」
「兄さん」
 涼やかな声がした。この声は聞き覚えがある。マジックよりも早く亡くなった、末弟の声。
「サービス! ――ということは、ここは天国か」
「当たり。相変わらずいい勘してますね」
「……パプワ島に似ていると思ったのだが――」
「あの島の方が大気は濃いですよ。でも、パプワ島ね……懐かしいな……」
「やぁ、マジック」
 また、聞き覚えのある声がした。穏やかな声。サービスの声ではない。マジックが振り向く。相手の眼鏡の奥の目が笑っている。金髪のこの男は――
「ミツヤ!」
「しばらくぶりだね」
「お前は暗闇で私を待っているんじゃなかったのか?」
「神様が僕を引き上げてくれたのさ。――君が来ることを教えてくれた上で」
 そう言ってミツヤはふふっと笑った。
「大丈夫だよ。心配しなくても――僕には地獄がお似合いさ。また暗闇に戻るから。――でも、どうしても君には会っておきたくて。ねぇ、マジック。君はいい息子達を持ったね」
「あ、ああ……」
 ここが天国なら、シンタローも来ているはず。ミツヤが目の前にいるというのに、マジックはシンタローのことを考えていた。――そして、コタローのことも。
 女王様気質だったコタローも、大人になったらすっかり立派な男になっていた。マジックとの約束を果たせたと言えよう。シンタローはコタローのことを随分可愛がっていた。周りからブラコンと呼ばれるぐらいに。
「ミツヤ。君は改心したんだ。神様にお願いして、ここに置かせてもらってもいいんじゃないか」
「僕もそれは考えた。だけど、僕にはここは美し過ぎる」
 じゃあね――そう言って、ミツヤは消えた。声を残して。
(コタローくんのおかげで、僕は自分の罪に気づいたよ……)
「ミツヤ……」
 マジックはぐしゅっと鼻を啜った。サービスが優しい目でその様を眺めていた。
「兄さん……きっとミツヤの罪は赦されたよ。心を入れ替えると、神様は罪を赦してくださるんだ。――イザベラ先生が口を酸っぱくして言ってたね」
 イザベラはマジック四兄弟の家庭教師で、クリスチャンだった。
「――ここでイザベラの姿を見たかい?」
「ううん。会ってないけど。もう生まれ変わったりでもしたのかな」
「生まれ変わることも可能なのかい?」
「望めばね。でも――」
 サービスが続けようとした時だった。
「マジック伯父さん!」
 まだ声変わりの前のレックスの高い声が響いた。そして――赤い総帥服のマジックを抱き締める。――フローラルな匂いがした。
「マジック伯父さん! こんにちは! よく来たね! 親父も歓迎してくれると思うよ。さぁ、さぁ」
 マジックはレックスに手を引かれた。
「おやおや、まぁまぁ……」
 マジックは困惑気味だが、満更でもないらしい。若返ったマジックの隣をうろちょろしているレックス。そして、それを嬉しそうに眺めているサービス。三者三様である。
「レックスくん、早ーい」
「待ってくれよ。レックス」
 はぁはぁと息を切らしながら走ってきたのは、レックスの友達、リズとバリーである。
「やぁ、リズくん、バリーくん」
「あ、こんにちは。マジック様。――ついにここに来たんですね」
「ああ。皆に看取られてね」
「ハーレムさんだったらレックスの家にいますよ」
「ありがとう。あれも愚弟だと思っていたけれど、シンちゃんを助けてくれたしね――人と言うのは、大人になっても思いもかけない成長を遂げるものだ」

 ハーレムはテラスで本を読みながら眠っていた。題名は――『Xの悲劇』
「おーい、親父ー」
 レックスがハーレムを呼ばわる。ハーレムが涎を拭く。
「愛しの我が息子じゃねぇか。どうした」
「マジック伯父さんが来たよ」
「そうか。とうとう――」
 ハーレムは机の上に本を置いて、マジックの元に駆け寄った。
「何だ。総帥服なんか着ちゃって。相変わらず若作りしてんじゃねぇか。マジック兄貴」
「若作りは余計だ」
 マジックはムッとした。
「冗談冗談。ここでは一番幸せだった時期の姿かたちでいられるらしいからなぁ……」
「それで――私はこの姿なのか」
「レイチェルにも会ったぜ。兄貴、アンタを待っていたそうだ」
「そうか。じゃあ早く行ってあげなきゃなぁ……」
「レイチェルの家はすぐ近くなんだ。電話して招待してやろう。マジック兄貴が天国に来たお祝いだ」
「お袋はマフィンを作ったんだぜ」
 レックスは自分の手柄のように胸を張る。
「尤も、俺はクッキーの方が好きなんだけどね」
「贅沢言うなぁ、レックス。お菓子作りの上手なお袋を持って、そんで幸せと思わなけりゃなぁ」
 ハーレムはレックスの髪をぐしゃぐしゃにかき回す。何すんだよ、もう――レックスは不満たらたらだ。子ども扱いされたくないのだろう。自分は子供の姿のくせに――マジックは微かに笑った。
「兄貴、いいことでもあったか?」
 ハーレムの質問へ、
「いや、お前が幸せそうで嬉しくてな」
 と、マジックは返答した。
「そうだな。――幸せ過ぎて、ちょっと飽きて来たぜ」
「それこそ贅沢というものだな」
「マジック伯父さんの言う通り」
 レックスが賢しげに頷くので、マジック達は笑った。
「ハーレム……私もお茶会に参加していいかい?」
 サービスが訊く。
「別に構わねぇけど?」
 ハーレムがきょとんとしている。開け放った窓から、焼いたマフィンの匂いがもれてくる。ハーレムもレックスも鼻をひくひくと蠢かす。その様がそっくりで、マジックは、「流石親子だな」と思わずにはいられなかった。
「リズとバリーも来い」
「いいんですかぁ。悪いなぁ」
 と、バリーが言う。
「――とか言って、いつ声をかけられるかうずうずしてたくせに」
 レックスがニヤニヤしている。
「何だよ。僕達の心を見透かして――」
「私達はそれだけわかりやすいってことよ」
 リズとバリーが笑い合う。
「そうだぜ。お前らみたいなわかりやすいヤツら、俺は他に見たことねぇ――まぁ、俺がお前らの友達だからということもあるかもしれねぇけどさ――リズ。今日はお前の好きな苺マフィンもあるぜ」
「本当? やったぁ」
 リズは美少女だ。大人になったリズは本当に綺麗だった。マジックは大人の姿のリズを見たことがある。綺麗な長い髪は丹念に梳かしていたのだろう。サービスにも劣らぬ美貌だった。
 ――レックスだけでなく、リズもバリーも子供時代の姿に戻っている。あの頃が一番楽しかったのだろうな。リズも、バリーも、レックスも――マジックは感慨深げにそう思った。
 ハーレムとサービスは――大人になってから、本当の幸せを知ったのだろう。
「イレイナさんに会ってみたいな」
 イレイナとはレックスの母親のことである。いろいろあって、マジックは生前はイレイナに会うことが出来なかったのだ。だから、一度会っておきたかった。ハーレムも世話になったらしいし。
(なんせ、レックスといういい子を産んだ母親なのだからな)
 マジックは心が柔らかくなっていくのがわかった。きっと、今の己は穏やかな表情をしていることだろう。
「イレイナ。一人追加だ。――サービスが来るのはわかってたんだろ? 実は――マジック兄貴が来た。あ、レイチェルの分も頼むぜ」
 あら、そう――と、優しい声が聴こえる。マジック達の母の声に似ている。なんだ。ハーレムも結構マザコンだったんだな――マジックは苦笑した。

後書き
マジックさんも天国に来ました。きっと楽しい日々が待っていることでしょう。
ミツヤは、ちょっと出演させてみたかったのです。そういや、ラッコンはどうしたんだろう。書いている時には忘れていた私(笑)。
天国では、みんな幸せになれるのでしょうね。私も書いていて幸せでした。例え、ミツヤには合わなくとも――。
2019.05.17

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