紅先生!

 ――うん? 何か皆バタバタしてんなぁ……。どこだ、ここは?
 あ、そうか……昔テレビで観たことがある、学校の教室ってヤツだな。けれど、何で俺、こんなところにいるんだろう……今までノアに乗っていたと思ってたのに。
 紅は? オカマは? 剛は? まぁ、いいや。とにかく眠い。……寝よ。
「こら、てめぇ。俺様の授業で寝てんじゃねぇ!」
 ――どつかれた。いってぇ! 誰だてめぇはよぉ!
「起きねぇか! 寝るのは俺様の授業の後にしろ!」
 この長髪と学ランと鎖は見覚えがある。
「――バカ紅か? 何やってんだよ。こんなところで」
「おい、誰がバカ紅だ。紅先生と呼べ」
「紅……先生? お前、先生ってヤツやってんのか。何教えてんだよ」
 隣に座っている女の子が俺の肘をつついた。あー、あんまり紅に逆らうなってことだな。
「今日は研究授業やるんだってよ。ほれ、あそこにマスターJもいる」
 振り向くと、裾が肩まで届く黒髪のちょっと抜けた顔している白衣の男が俺に手を振っている。あれかな? ――紅が尊敬しているマスターってヤツは。
「光くん。ちゃんといい子にしてなきゃダメじゃないの」
 さっきの女の子が言う。茶色の髪を二つに結っていて、なかなかしっかりしてそうだ。
「アンタ……誰だっけ」
「もう……まだ寝惚けてるの。エリザベスよ。皆リズって呼んでるけど。――ね、星光くん」
「ふーん。リズねぇ……」
 ――心当たりがなかった。何でこいつは俺の名前を知ってんだ?
「転校して来たばかりでも、学級委員の名前はちゃんと覚えててくれなきゃ……ま、まぁ……私のことはちゃんと正式にエリザベスって呼んでもいいんだけど」
 俺にはそんなつもりもないし、義理もない。
「なぁ、リズ。これ、何の授業だ?」
「音楽よ」
「へぇー」
 音楽ってあれか。歌ったり踊ったりしてるヤツか。俺の記憶にも音楽というヤツはある。……でも、音痴の紅が音楽なんて教えられんのか? 演奏は割と普通に出来ている。意外な特技だ。
「じゃ、今から歌うからな」
 ――紅が歌い出すと、皆、耳を塞いでしまった。

「あっはっはっは!」
「バリーくん。笑いごとじゃないでしょ?」
「しかし、紅先生はほんとに音痴だったなぁ……」
 眼鏡というヤツをかけたバリーという少年がまたくすくすと笑い出す。確かに笑いごとじゃねぇ。耳が腐るかと思った。
「紅って、本当に音楽の先生なのか?」
「紅先生でしょ? 光くん。紅先生は今日転任して来たの。ジャン先生の紹介で」
「ジャン先生?」
「ジャンと言うのはマスターJの本名よ。皆ジャン先生と呼んでるわ」
 リズが教えてくれた。
「バカ紅はマスターJと呼んでいたけどな」
「そのジャン先生が急に、紅先生を学校の先生にしたい、とマジック理事長に言ったらしいわ」
「ジャン先生は何してる人なんだよ」
「……科学が得意で、この学校の教頭先生してるんですって」
「ふぅん……。紅はマスターJ……いや、ジャン先生に作られたと言ってたけどな。やっぱり科学が得意なのか」
「らしいわ。よくわからないけど」
「ジャン先生の授業はとても面白いんだよ」
 バリーが割って入る。
「紅先生もねぇ……人造人間なんだって? すごいよなぁ。ああいう発明、してみたいよなぁ……」
 せっかく造られても、バカじゃしょーがねぇだろ……。でも、バリーは遠い目をして、本当に憧れているようだった。
 ああ、秋の空気の匂いが美味しい。今まで機械臭しかしてなかったもんな。
「お弁当食べよ。光くん」
 そこで、俺は重大なことに気づいた。
「俺、弁当なんて持って来てない」
 そこで、腹が盛大にぐ~っと鳴った。リズとバリーは笑い出した。リズめ……さっきは笑いごとじゃねぇってバリーをたしなめたくせに……。
「僕の弁当を分けてあげるよ」
「あ、私も」
「サンキュー。あ、昔通りの弁当だ」
 あのくそまずいカプセルフードじゃねぇんだ。――助かった。ノアの宇宙食も旨かったけどな。
「君達。こんなところで弁卓囲んでいるのかい?」
 涼やかな声がした。マスターJだ。――紅もいる。
「ジャン先生もお弁当食べます?」
 リズが食卓に誘う。マスターJは紅と一緒に座った。
「そうだな。もらおうか」
「紅先生はどう?」
 リズが紅にも笑いかける。俺は何となく面白くなかった。
「そこの紅は、物を食わなくても生きていけるんだとよ」
「へぇ! ほんとかい!」
 俺の台詞にバリーが目を輝かせる。すげぇな。バリー。――科学オタクだ。何か一芸に秀でたヤツのことをオタクって昔は言ってたんだって。
「ぜ、是非、紅先生の仕組みを知りたいんですが……」
「俺は実験生物じゃねぇぜ。阿呆」
「まぁまぁ、紅――ここでは楽しく食事をしようじゃないか」
 マスターJがどうどうと紅を落ち着かせる。
 何だろう。この感覚。どうも、懐かしいような――初めて来た場所なのに。どこか、思い出の中にあるような、場所、におい。でも、ここはすげぇ昔の施設みたいだし、リズやバリーの言ってることだって、古めかしい。
 もしかして、これは――夢か?
 うん。そう思えば、何もかも納得出来る。俺が学校とやらにいたことも。
 そうならば、楽しまない手はねぇよな。
 因みに俺の夢には必ず匂いがあるんだ。そう言ったら、剛は驚いてたらしいけど。
(匂いのある夢を見る人って珍しいって聞いたことあるよ)
 ――剛はそう教えてくれた。そういえば、剛はどうしてるんだろう。やっぱり先生とかってヤツ、やってるのかな。剛は紅より背が低くて童顔だけど、何かを教えるのはバカ紅よりは向いてるんじゃねぇかなぁ……。
「ジャン先生。剛はどうしてる? やっぱりここの先生なのか?」
 サンドイッチをつまんでいたマスターJはぎくっとしたようだった。
「剛はね……まだ勉強の最中だから……いろいろとね……」
「僕、剛さんという方にも会いたいです!」
 バリーが張り切って言った。
「まぁ、そのうちにな……俺も今日は弁当なんだ。マジック先生の食事には敵わないけど、たまには自分で作らないと勘が鈍りそうだから」
「マスターJより旨い飯を作るヤツなんざいねぇよ」
 紅が眩しそうにマスターJを見やる。すごい愛しそうな目で。ああ、紅は本当にこの男を尊敬しているんだ……。この男がいたら、暴走なんてしなかったって言ってたしな。
 剛の匂いのある夢云々の話も、マスターJから聞いたのかなぁ……。
 俺は、マスターJってヤツが周りを暖かくする雰囲気を持つ男であることに気が付いた。こりゃ、バカ紅もまいるはずだよなぁ……。
「ジャン先生の料理は本当に美味しいですからね。マジック先生の料理と同じくらい」
 バリーは紅に話を合わせる。
「いやぁ……まぁ、伊達に長生きはしてない、とだけ言っておこうかな」
 何当たり前のこと言ってんだか。マスターJは。若く見えるけれど、どう見たって十五は越してるよなぁ……。俺はこう見えてもう十歳だけど。
 そうだ! マスターJなら、ブルーの人間の寿命も伸ばすこと出来るかもしれない! ――伊達長官を亡くした時のオカマ――エドガーは本当に気の毒だったもんなぁ。伊達長官のおっさんは自害だったけど。
「なぁ、マスター……じゃなくて、ジャン先生」
「ん? ――君はね、今は何も知らなくていいんだよ」
 何だ? 何言ってんだ。マスターJのヤツ……。俺の目の前にしゃがんだマスターJにつん、と額を軽く押された。視界がぼやけて来る……。

「光! おい、光……寝てんのかよ……」
 ああ、紅の声だ。そして、ここはお馴染みの戦艦ノアの中。そっか。やっぱり学校での出来事は、俺の夢の中だったんだ……。
 ジャン先生……マスターJの言うこともわかる気がする。
 俺は何もかも知りたいけれど、知らない方が幸せってこともあるんだよな。――俺が今まで見てたのは、誰かが見せたのかもしれない夢だったんだ。

後書き
紅は音痴そう……(笑)。
ああいうキャラは音痴だと相場が決まってます(笑)。
光くんは学校にいたらこういう生徒だったかもな~、と思いながら書きました。
2020.05.09

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