蜘蛛の糸 ルーザーは窓から外を見ていた。 空は藍色の雲に覆われている。 (そろそろ……来るな) 始めはぽつりぽつりと滴が落ちる。それから雨の勢いが増してきた。 それと共に、ルーザーの内部の衝動も高まって来る。 稲光が閃いた。 これはいい。最高のロケーションだ。 きっとハーレムも気に入ってくれるだろう。 後は……天候が回復しないといい。 ルーザーは、自分の中の情欲が体を浸していくのを、遠くにある何かを見つめながら味わっていた。 だんだん近付いてくるそれに、 「ハーレム」 と問い掛けた。 彼は贄の羊だ。自分がいい弟で、そして兄でいる為の。 サービスには決して見せない顔。ハーレムはそれを知っている。ルーザーが抱いたのだから。 ハーレムとサービス。ルーザーの双子の弟。ルーザーはハーレムを犯したのだ。 サービスはそれを知らない。ハーレムが、 「どんなことでもする、だから、あいつにだけは真相を話さないでくれ!」 と頼んだのだ。 憎んでいるはずの自分にだ。ルーザーの舌の上に、嗜虐の味が上ってくる。 彼に口づけしたい。 思うさま彼を貪りたい、なぶりたい。 それが自分の悦楽だ。 ハーレムを抱いた次の日には、彼にも優しくできる。 しかし……それでハーレムにはますます嫌われるのだ。彼が、自分と交わっている間は最高の愉楽を体験していたとしても。 ……それでいい。好かれようとは思っていない。 『衝動』に気づいた時から。 「さあ行こう。可愛い弟が待っている」 ルーザーは独り言を呟くと、窓から離れてハーレムの部屋に向かった。悪魔の饗宴が始まろうとしていた。 それは、たとえ嵐であっても止めることはできない。いや、かえってルーザーの高揚は増すばかりだ。 (あーあ、やだな) ハーレムはごろんとベッドに寝転んだ。 (すんげぇ振りだな) ハーレムは溜め息をついた。 雨は嫌いだ。じとじとしているから。 それに、時々雷も鳴る。昔その轟音が怖かった。 (こんな時……) 昔はよくルーザーの部屋へ行っていたっけ。そして……。 ハーレムはぶるっと身震いをした。 よく、あの時は平気でいられたものだ。 ルーザーは子供には興味がなかったのかもしれない。 いや、違う。 あの目。 獲物をいつか取り押さえようとするあの目があった。 そして、天候が特に荒れていたあの晩。 「ハーレム」 優しい声がした。それは、記憶の中の声と重なった。 また、稲妻が走った。 雷と兄であるルーザー。昔は雷の方が怖かった。 「さあ、おいで」 「……嫌だよ」 「兄さんといれば何も怖いことはないよ。さあ」 「へっ、おまえの正体は知っているからな」 ハーレムが吐き捨てるように言った。 「ああ、そう。じゃあ」 ルーザーは出ていこうとする。彼はゆっくり歩いてドアノブに手をかけようとする。 「……待てよ」 ハーレムは立ち上がって呼び止めた。 「何だい?」 ルーザーは振り返る。 まだ夕暮れの時間は来ていない。灯りを点けていない部屋の中はいつものこの時間帯より暗いが、それでもルーザーが天使のような綺麗な笑顔を浮かべているのがわかる。 「このまま……行くのかよ」 「ああ、そうだよ。君も元気そうだしね」 間があいた後、ハーレムはぽつりと言った。 「か……雷は嫌いなんだよ」 その時大音響が辺りに響いた。 「じゃあ……いてあげるよ」 部屋の中が光った。 ルーザーはほくそ笑んでいる。まるで目標を見つけた猟師のように。 冴え冴えとした青い目に見つめられると、ハーレムは動けなくなった。 捕らえられた、捕らえられた、捕らえられた……。 ハーレムの中で、そんな言葉が鳴り響く。 こうなることはわかっていたのに。 (馬鹿な俺……今度こそ大丈夫だと……ルーザー兄貴を信じようとして……裏切られるんだ) 蜘蛛の糸にかかった憐れな蝶のように、ハーレムはルーザーという名の蜘蛛に捕食されるのだ。 「ねぇ……僕にどうして欲しい?」 「どうして欲しいって……目的があって来たんだろ」 「確かに。話が早くて助かるよ」 「……サービスには、言うなよ」 「君次第だね。……僕を、楽しませておくれ」 ルーザーはハーレムの顎に手をかけ、くい、と顔を上向かせて唇を合わせた。 後書き ずっと昔、私がまだ、うら若い高校生だった頃(笑)、お世話になったれいさんという方に送ったメール小説を元にして書きました。 見ないで書いたので、当時のとは若干……というかすごく違います(笑)。 れいさんに捧げます。元気してる? 2011.11.13 |