江戸の敵をナガサキで討つ

 ハーレムは一人で歩いていた。
 一人――? いや、背後に人の気配がする。
「誰だ!」
 ハーレムは誰何した。誰も出てこない。ハーレムは溜息を吐いた。
「……ジャンだろ? いることはわかってんだ」
「へーい」
 ジャンが現れた。
「何で俺の跡を尾ける」
「いや、サービスがね、ハーレムだったら抜け荷のひとつやふたつやっててもおかしくはない、と――」
「自分の双子の兄を何だと思ってるんだ、あいつ」
「ま、それだけじゃないんだろうけどね」
「何だよ」
「聞いた話だけど、アンタさぁ、寺子屋の成績でサービスを負かしたことがあるんだって?」
「そんな昔のことを恨みに思ってんのかよ、あいつ」
 寺子屋時代、ハーレムは劣等生でサービスは優等生だった。しびれを切らした四兄弟の父がこんなことを言った。
『ハーレム、今度の試験でいい成績を取らなければ、お小遣いはやらんぞ』
 それを聞いたハーレム。猛勉強をした。そのおかげでサービスまで追い越して一番になったのだ。父からは、やれば出来るじゃないか、と褒められた。
 だが、それをサービスは未だに面白く思っていないらしい。
「ま、それもあくまで兄弟間の確執のひとつなんだろうけどさ。悪いけどアンタのことスパイさせて」
 ジャンが頼み込むとハーレムはちっ、と舌打ちをした。
「わかった。離れて歩け」
「了解。そうじゃないとスパイになんないもんね」
 既にお前はスパイではない――ハーレムはそう言おうとしたが、止めにした。

 数十分後――。
 ジャンはハーレムの肩に手を回して笑っていた。
「アンタいいヤツだね」
「別にいいヤツと言われたくねぇな。特にお前には」
「サービスにはアンタを殺して来いって言われたけど」
「あー、そりゃ鉄砲玉だな。お前なんか生きてても死んでてもどうってことないって思われてるんだろ」
「あ、そうだ。面白い話があったんだ」
「――聞いてねぇし」
「とある国でさ、現地の少女が悪いヤツに絡まれてたんだよ。それでどうしたと思う?」
「どうしたんだよ」
「出て行ってやっぱり現地の言葉で、『その子を離せ! 嫌がっているだろう!』と言ったんだ」
「へぇー……おめぇがか?」
「いや、サービスが」
 おめぇのことじゃなかったんかい!
 ハーレムは心の中でツッコミを入れながらも同時にサービスを見直していた。
「悪者が帰った後、少女はサービスに、『ありがとうございます。一目惚れなんですけど、付き合っていただけますか』と言ったんだ」
「ほー……異国の少女と言うのは大胆だな」
 それにサービスはえらくモテる。すごい美男子であるからかもしれない。ジャンは続けた。
「そこで俺が出て来て、『だーめだめ。この人、俺の恋人だから』って言ったんだ。その時の少女のうつろな目は忘れらんねぇなぁ……」
「俺も今、同じ目をしてると思うぞ」
 ハーレムのジャンに対する想いは複雑だ。
「ねぇ、お兄様」
「ダメだ」
「まだ何も言ってねぇじゃん」
「サービスを寄越せと言うんだろ? ダメだ」
「違います。『弟さんを俺にください』と言おうとしたんです」
「どこが違う。意味は同じだろうが」
「あっ、あっ、お兄様……あんまり怒ると血管切れますぜ」
「誰のせいだ誰の」
「そう言うところはサービスに似てんなぁ……」
 ハーレムは口の中でぶつぶつ文句を言いながら掴んでいたジャンの襟首を放した。
「でも、永崎の町は随分変わりましたねぇ」
「そうだな」
「ハーレム隊長」
 ――いつの間にか隣に控えていた狐目黒髪の男が言った。中国人である。
 ハーレムは船問屋を営んでいる。名前は『特戦屋』。船問屋にしては変わった名だが、愚連隊をやっていた頃の名前をもじったもので、ハーレムとしては愛着があるのだ。
 その『特戦部隊』と言う愚連隊は今はないことになってる。しかし――。
「何だ? マーカー」
 ハーレムは自分を『ハーレム隊長』と呼んだ狐目の男の方に目を遣った。
「ここで私の弟子が花魁をつとめておりまして――ちゃんと仕事をやっているか確認したいのですが」
「わかった行って来い。どうせ俺には関係ねぇ」
「では」
 マーカーは弟子のアラシヤマをしごいてきたが、実はアラシヤマのことが気になって気になって仕様がないのだ。息子か、弟のように思えているのだろう。
「マーカーさんもお元気そうで良かった良かった」
「ああ」
「綺麗な人ですよね。サービス程ではないけど」
「目付きは悪いがな。それよりそこのヤツ。さっきからずーっと俺達を尾行してるようだが、何用だ!」
「――あら、バレちゃいましたか」
「俺もとっくに気付いてたぜ」
「当たり前だ。ジャン。不審者の尾行に気付かないヤツに弟はやれん」
「と言うことは試験には合格?」
「阿呆。ただの第一関門突破ってだけだ」
「それでも嬉しいっす。坊や。何で俺をつけていたか言ってごらん」
 その人物は片目を隠した童顔の青年であった。いつもにこにこ笑っているように見える。
「――おい、お前、もしかして沖田ソージじゃねぇか」
「あ、お久しぶりです。ハーレムさん」
「何だ? 俺達のことを調べに来たのか?」
「まぁ、そうです」
「近藤に頼まれたのか?」
「これ以上は言うことは出来ません」
 ――そして、ソージの姿は永崎の繁華街に消えて行った。
「ちっ、相変わらず読めんヤツだ」
「誰です?」
「心戦組の沖田ソージだよ。剣の腕前は近藤さえ凌ぐと言われている」
「それでは、ついに戦争が?」
「――ああ」
 腕が鳴る。早く戦いが始まらないかと、ハーレムはボキボキと腕を鳴らした。
 それに――もうすぐ本来の役目を果たす日が来るんじゃないかと楽しみで仕方ないのだ。
 船問屋『特戦屋』。それは仮の姿で、本当は隠密部隊である。
 ミヤギやトットリにも既にマークされているはずである。
 まぁ、ミヤギやトットリはいい。だが、ジャンは要注意である。尾行がバレると早速近付いてあの手この手で情報を引き出そうとし始めた。
 サービスの友人なだけあって、一筋縄ではいかない。ついでに言うと高松もサービスの寺子屋時代からの友人であった。
 沖田ソージは早々に引き上げたが――。
 沖田もなかなか引き際を心得ている。心戦組など怖くはないが、なかなか面白い面々が揃っている。
 ――なるほど。
 興味深い。これから永崎がどうなっていくのか。ジャンが多少目を瞠ってこっちを見つめていた。

後書き
永崎藩という架空の藩が舞台のなんちゃって時代劇、ハーレムとジャン編です。
ジャンの読めなさが魅力のひとつだと私は思っているんですよね。ソージもね。
永崎には花魁というものもあります。吉原の真似でもしているのでしょうか。
2017.12.23

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