彼の来世は星光

「レックス――!」
 同僚達の声も遠くなって来た。俺も怪我を負った。これは、死ぬのかな。俺は、死ぬのかな。死ぬのは怖くなかった。宇宙に抱き取られて死ねるなんて、アストロノーツとして本望じゃねーか。
 血が噴き出している胸が痛さで悲鳴を上げている……この体はもう持ちそうにねぇ……。
「あ……皆は……」
「全員無事だ。お前のおかげでな……」
「手を……離してくれ。せめて、宇宙(そら)で死にたい……」
 同僚の一人、ボビーが、俺の手を己の涙で洗ってくれた。
「手を……離すぞ。来世でも会えるといいな」
「ああ、来世で――」
 そして、俺は、来世でも宇宙(そら)に行きたい。宇宙へ――。

「――ん?」
「あ、おはようございます。光さん」
「おはよう。えーと確か……剛!」
「覚えていてくださったんですか?」
「ばぁか。剛がノアに来てどんくらいになると思ってんだ。覚えてねぇ方が不思議だぞ」
 そう言って紅があかんべぇをした。
「そう言うお前は馬鹿紅」
「あー? んにゃろー、俺のこと馬鹿にしたな? 俺様はブルーを護る防人。炎の戦士紅様だぜ」
「……覚えきれないんで馬鹿紅でいーや」
「何だとぉ」
「ちょっと光。入るわよ。――なかなか起きないんで心配したわよ」
 ふぅん、こいつら、俺のこと心配してくれたのか。この馬鹿紅――紅まで。ちょっと何だか……照れるぜ。嗅ぎ慣れたノアの匂いを吸い込んで俺は立ちあがった。
「オカマ。俺、何日ぐらい寝てた?」
「麗しきエドガー博士ってお呼びなさい。――そうねぇ。ひのふの……三日くらいかしら」
「そんなに寝てたの?!」
「ああ……突然倒れたように寝込んじまってな……なかなか起きないんで、新型のウィルスか細菌に感染したのかと気にはしてたんだぜ。ま、マスターJの計算に狂いがないことは信じてたけどな。ノアには悪性の菌やウィルスを退治する性能もあるからな」
「あんなこと言ってますが、実は光さんのことでは一番憔悴してたんですよ。紅兄さんは」
 剛がそっと囁く。炎雷剛刃紅の衆。その中の剛は末っ子で、紅は三男だ。他はよく知らない。俺達は今、惑星グリーンを目指して宇宙戦ノアで航行中だ。
 これから会う雷って、どんなヤツかな。
 けれど、それより先に、礼を言った方が良さそうだ。
「ありがとう。剛にエドガー。……紅」
「何なの。いやにしおらしいわね。――光。なんか変よ。今までのアンタじゃないみたい」
「うん……」
 俺はさぞかし泣き笑いのような表情をしてたことだろう。
「人が……死んだ夢を見たんだ……」
「あらそう。戦争やってんだから、どこででも人は死ぬわよ」
 オカマ――エドガーは案外ドライだな。
「……でも、俺の身近なヤツっぽかった……」
「光……私も伊達長官の死ぬ夢はよく見るわよ」
 エドガーは、同類を見つけた人のような目をしていた。それは同情と言うより、共感に近かった。あのオカマが、伊達長官が死んだ時はすごく泣いたもんな……。
 俺はエドガーの目に、優しい光を見つけた。俺は、エドガーがまた泣くんじゃないかと思った。
 でも……ここからは紅にも、エドガーにも言うことは出来ない。
 死んだのは、身近な人っつーか、俺自身っぽい?
 そして、宇宙を一生懸命愛していた。この惑星間戦争のこと知ったら、悲しむだろうな、あの人……。
 レックス――そう呼ばれていたな。なんでか覚えている。いつもは内容めちゃくちゃな夢なのに、あの夢だけ、妙に現実感があった。
「レックス……」
 俺が呟くと、エドガーがぎくっとしたようだった。気のせいかな。
「何だよ。オカマ。……レックスについてなんか知ってんのかよ」
「――知らないわよ。アンタの夢に出て来たオレンジ色の髪の男なんて……」
「レックスを、知っているのか?」
「――知らないに決まってるでしょ! お化粧直してくるわねっ!」
 エドガーは部屋を出て行った。俺はぽかんとしていた。
「あいつ……なんか知ってんな……?」
 紅が呟いた。剛が浮かない顔でこっちを見ている。
「とりあえず、オカマは後だ。――紅はレックスを知ってるのか?」
 オレが訊いた。
「……レックスとは、ラテン語で『王』のことだ」
「そういうことを訊いてんじゃねぇよ。というか、ラテン語って何だよ」
「昔、ブルーにそういう言語があったんだ」
「へぇ……」
「なんだ? 俺様を崇める気になったか?」
「だーれがそんなくらいで。ただ、紅って妙なこと知ってるなぁと思って……」
「まぁな。伊達に四百年も生きてねーよ」
「紅兄さん……今の光さん、多分兄さんのこと褒めてません……僕にもレックスさんと言う人の存在はわからないんだ。ごめんね」
 謝ることじゃねぇんだけどな……苦労人だな。剛は。暴れん坊の三男ともまた違って。
 暴れん坊の三男? 何かを思い出しそうになったけど、忘れてしまった。とても、大切な人のこと――。本当は忘れちゃならない人のこと。
 でも、俺はもう、レックスとか言う人のことは忘れてしまった。
 今の俺は、多分炎雷剛刃紅の衆のマスターになるとかいう役目を負わされた――星光だ。チャンネル5とかいう計画を紅やエドガーや剛と進めている、星光。そして、博士だったじっちゃんと伊達長官の遺志を受け継ぐ、星光だ。
 ――もう、断じて、レックスという名の男ではない。
「こっちこそごめんな……剛。……後でオカマにも謝るか。追い詰めてしまってごめん――って」
 エドガーだって大人だ。人に言いたくない事情のひとつやふたつ、あるだろう。まして、あいつはブルーの科学者なんだからな。
「優しいですね。光さんは」
 と、剛。
「おう、俺らが主(マスター)と認めた男だからな」
 お前もたまにはいいこと言うじゃんか。紅!
 俺なんかがチャンネル5を実行出来るかなんて不安は既に吹っ飛んでいた。
 だって、俺は、宇宙にいるのだから。
 宇宙へ行って、炎雷剛刃紅の衆の主になって、薬を取って行って、そんで――。そんで、どうするんだ? グレイの時のように、宇宙の先々で問題を解決するんだろうか。それなら、それでいい。
 レックスってヤツが夢に出て来たのは、あれはきっと、過去のことだ。もしそんなのがあるならばだけど――俺の前世の話だ。
「……腹減った」
「そういや三日間、何も食べてませんでしたよね。光さん。重湯なんかどうです?」
 剛が言ってくれた。
「それでいい」
「僕、持って来ます」
「サンキューな。剛!」
 ――紅と二人きりになってしまった。こほんと咳払いした後、紅が言った。
「一度しか言わねぇから、よっく聞けよ、クソガキ……俺は、アンタを俺のマスターにして良かったと思ってる」
 紅……。
「だから、過去に捕らわれんな」
「うん。わかった。――ありがとな。紅」
 これは本気の礼だぞ。
「で、矛盾しているようだが、俺はレックスの名前を聞いたことがある」
「え? どこで?」
 過去に捕らわれまいと思ってるのに、好奇心が先に勝った。
「――忘れた」
 そんなこったろうと思ったわい。紅がにやりと笑った。
「過去、断ち切れただろ? それに、本当に思い出さなきゃならんことは、向こうからやってくるぜ」
 はいはい。わかったわかった。紅が俺を納得させようと一生懸命悪い頭で考えたのは充分わかったからさ。もう少しだけ、ここにいさせてくれよ。――宇宙に。
 剛が重湯を運んで来てくれた。わざわざ作ってくれたのだと言う。まずいカプセルフードなんかではなく、俺が食べ慣れた愛情いっぱいの懐かしい食物の味がした。

後書き
また勝手な設定付け加えてしまいましたね。すみません。
レックスはハーレムの息子なので、星光クンもハーレムの血を引いてると言う訳です。
2019.08.21

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