かっこよさの秘密

『ねぇ、お母さん。お母さんはどうしてそんなに筋肉もりもりなの?』
『それはな……』

 礼儀正しいノックをして、原田サナ子が入ってきた。
「こんにちはー。リキッドさん」
 だが、リキッドはいなかった。代わりに、サナ子の父親アラシヤマがシンタローと一緒にお茶を飲んでいた。
「やぁ、サナ子ちゃん。リキッドはパプワ達と一緒に木の実取りだから、こっちで一緒にお菓子食べないか?」
「シンタローさん、お誘いは嬉しいんですけど、サナ子リキッドさんに会いに来たので」
「……あのヤンキー、後でシメとくか」
 シンタローの顔が鬼のように物騒になる。
「シンタローはん。サナ子と仲ええどすな」
「ん? ああ、サナ子ちゃん可愛いもんな」
「シンタローはん。サナ子はあんさんにあげますから、わての心友になっておくれやす」
「人身御供かよ。とんでもねぇ親だな。それに、サナ子ちゃんは欲しいが、おまえはいらん」
「どはーん! 殺生な!」
「お父さんとシンタローさんは仲悪いの?」
 サナ子は無垢な瞳で訊く。
「とんでもない。時々首しめたろか、と思うほどの友達さ」
「シンタローはん……やっぱり友達と思ってはるんやな」
「ああ。そうだとも。だから1メートル以上近付くな」
「んー、何かよくわからないけど、ま、いっか」
 サナ子はそれなりに納得したようだった。
「サナ子、リキッドさんのところへ行くね」
「……残念だな」
 シンタローがしょんぼりとする。
「シンタローさんのことも大好きだからね。リキッドさんの次にだけど」
 サナ子が笑顔で言ってのける。
「リキッドって奴はイヤにモテるな……ウマ子も最初はリキッド狙いだったようだしな」
 サナ子の母親ウマ子がリキッドに懸想していたのは、もう二十数年も昔のことである。
 人を惹きつける力があるのだ。リキッドという青年には。シンタローもそこは認めている。
 尤も、シンタローも、叔父サービスに、
「おまえは人を惹きつけるものを持っている」
 と評されたことがあるのだが。
 リキッドもシンタローもどこか似ているのかもしれない。だから、喧嘩しても一緒にいられるのかもしれない。
「サナ子、行ってくるね」
「……行ってらっしゃい」
 寂しそうにシンタローが手を振る。
「拗ねとるんでっか? シンタローはん」
「……別に」
「わてはあのヤンキー小僧より、シンタローはん、あんさんにサナ子を渡したいんどすがな」
「サナ子ちゃんが『うん』と言ってくれなきゃ仕方ねぇじゃねぇか」
「でも、あんさんにはまたええ相手が見つかりますぇ。このわてと同じように」
「――アラシヤマ。おまえ、変わったな」
「そうどすな。守りたいものができたから」
「何だ? 守りたいものって」
「――家族、どす」
「家族、か」
 シンタローは一言呟いた。確かにアラシヤマは変わった。男っぽくなった。ウマ子との生活も楽しいらしい。
「ああ。わては幸せ者どす。最愛の妻に可愛い子供達がいて。そして心友も――」
 アラシヤマの台詞の最後の部分はシンタローの眼魔砲にかき消されてしまった。哀れ、京都弁の男は黒炭にされた。
「こういうところは変わってねぇな」
 シンタローは舌打ちをした。
 だが、次の瞬間、ふっと心が穏やかになった。己の顔も柔らかくなっただろう――と思った。
 アラシヤマが聞いていないのを確認して、シンタローはひとりごちた。
「おまえらはとっくに俺の友達なんだよ、馬ー鹿」

 サナ子は、いつも行く森でリキッドとパプワ達を見かけた。
「よぉ、サナ子ちゃん」
 サナ子の姿を認めたリキッドが声をかけてくれた。
「こんにちはー。リキッドさん」
「おお。サナ子ちゃん」
 パプワはシンタローにそっくりに育っていた。赤の一族だからであろうか。
 ハーレムが、
「ジャンにシンタローにパプワ――同じ遺伝子を共有しているとはいえ、ここまでそっくりだと気味わりぃぜ」
 と冗談交じりにからかったことがある。口の悪い男だ。
「おまえらだって似たようなもんじゃないか」
 とパプワに反撃されてしまったが。
「サナ子。この木の実おいしいぞ」
 パプワ・ジュニアに勧められ、サナ子がいい匂いのするそれをかじってみる。
 酸味があるのに、どこか甘さも感じられる、小さな紫色の木の実。
「わぁ、おいしい」
「たくさん取って帰ろうな」
 リキッドもパプワも嬉しそうに笑っている。幸せとはこういうことを言うのであろうか。
「シンタローさんもお父さんと一緒だったよ」
「そっか。良かったな。サナ子ちゃん、お父さんとお母さんは仲いいかい?」
「うん。とーっても」
「昔ウマ子に言い寄られた時はどうしようかと思ったけど、アラシヤマに押し付けることができて良かった――いやいや、とにかく、めでたしめでたしだ」
 サナ子はすっと無表情になった。自分でもそれがわかる。今までの高揚した気分が色褪せて行くようだった。
「リキッドさん、やっぱりお母さんに告白されたことあったんだね?」
「ああ――てか、昔のことだからな。過去だ、過去」
「どうしてお母さんフったの?」
「君のお母さんがアラシヤマの方がいいと言ったんだ。それに、あのウマ子は化け物のように筋肉もりもりだったから――……」
「リキッド!」
 パプワが黙らせようとした。が、遅かった。
「筋肉もりもりだったら、リキッドさんはサナ子と結婚できないの?」
「いや、あの、その――まぁ、苦手だけどな。あんまり逞しいウーマンは」
 リキッドは慌てて続けようとするが、サナ子は何も言わず、だっと駆け出した。

「えー。サナ子ちゃんかわいそう!」
 パプワハウスでリキッドから話を聞いたコタローはサナ子に同情した。リキッドの心に矢が刺さったようである。
 アラシヤマは自分の家に帰っていて今はいない。この家の主、パプワは妻のくり子とチャッピーと一緒に夜の散歩に出かけている。
「だって、しようがねぇじゃねぇか……」
「リキッド、大人げなかったぞー」
 パプワ・ジュニアにまで責められるリキッド。
「あ~ん。サナ子ちゃん泣かしただぁ? 十年早いっつうの。まだまだ躾が足りないようだな」
 シンタローがリキッドを足蹴にする。
「勘弁してください。もう充分です。お姑さん」
「あ、あれ、サナ子ちゃんじゃない?」
 コタローが窓の外を指さす。
 綺麗な月が小さな体を照らし出す。
「僕、話に行ってくるよ」
「あ、コタロー。お兄ちゃんも行くか?」
「いいよ。こういうことは少しでも年の近い僕の方が役に立つって。デザート作って待ってて」
 サナ子はパプワハウスの前に佇んでいた。コタローが駆け寄る。
「サナ子ちゃん。兄さんとリキッドが美味しい料理を作ったから、遊びに来ない?」
「いい。いらない」
「どうして? ほっぺた落ちるくらいに美味しいよ」
「――サナ子、お母さんみたいになりたくない」
「何で」
「お母さんみたいに筋肉もりもりは嫌なの」
 コタローの表情が冷たくなった。
「サナ子ちゃん。歯を食いしばってて」
「え?」
 コタローは、サナ子に力一杯拳を食らわせた。
「どすえのおじさんだったら、きっとこうするよ。手加減はするだろうけどね」
「痛いよ……コタローさ……」
「ウマ子ちゃんはいいお母さんだよ!」
 コタローは涙を流した。
「君なんか、お父さんやお母さん、それにウズマサくんに守られてぬくぬく育ってるだけじゃないか! 君がウマ子ちゃんみたくかっこよくなれるわけないよ! そんなこと思ったことをよっく反省することだね。僕らにはそんなお母さんがいないんだから……」
「コタローさん……」
「お母さんは、君達の為に毎日がんばっているんだよ……それなのに……」
 コタローは背を向けた。
「君はアラシヤマにそっくりだから、ウマ子ちゃんみたく体格良くはならないよ……」
 サナ子は、コタローをぎゅっと抱き締めた。
「コタローさん、ごめん。サナ子、お母さん嫌いじゃないの。ムキムキでもいいの」
「――サナ子ちゃんは、お母さんと喧嘩したわけじゃないんだよね?」
「うん。だってまだ家に帰ってないもん。お母さんと顔、合わせづらくて――」
「そっか。でもそろそろ家に戻った方がいいよ。そして、お母さんに『大好き』って伝えてごらん」
「わかった」
「でも、僕がお仕置きした原因は内緒だよ」
「うん、秘密ね」
 子供は秘密を持って、大人になって行くものなのであろう。
 サナ子はこちらに向かって歩いて来るウマ子を発見した。
「お母さーん!」
「サナ子!」
 サナ子が走って行って母に抱きついた。胸の弾力があったかくて心地いい。
「やはりパプワハウスじゃったか。おや。そのあざは……」
「あ、これ。何でもないの」
「乙女の顔にあざ作る男は何人たりとも許せないけぇ。誰がやったんじゃ!」
「僕です」
 コタローが手を挙げた。
「僕が、サナ子ちゃんを殴りました」
「コタロー……」
「お母さん。コタローさんは悪くないの。悪いのはサナ子なの」
「そうかぁ……」
 ウマ子はずんずんとコタローに近付いていく。サナ子は止めようとした。コタローは動かない。サナ子が庇うようにコタローの前に出た。
「コタローさんは悪くないの! コタローさんを殴るならサナ子を殴って!」
 ウマ子が手を突き出す。サナ子がぎゅっと目をつぶった。
 が――次の瞬間。
 瞼を開いたサナ子が見たのは、コタローの頭を撫でているウマ子だった。
「ウマ子ちゃん……怒らないの?」
 コタローがおそるおそる訊く。
「だって……コタローの方が辛そうな顔しとるけぇのぉ」
 髭面のウマ子が微笑んでいた。ウマ子は女子高生の頃から髭を生やしていた。
「何かあったにせよ、そんな顔でおなごを殴るのはよっぽどのことじゃ。――サナ子の為なんじゃろう?」
「ウマ子ちゃん……」
「コタローは優しい子じゃけぇ、理由もなく人を殴ることはせんじゃろ?」
「ううん。僕も昔は――……」
「過去のことは関係ないんじゃ。わしの知っとるコタローはとてもいい子じゃ」
 コタローは涙を手で拭いた。
「わしは帰るけぇ。サナ子はどうする?」
 ウマ子は娘の方に向き直った。 
「パプワハウスに連れて行くよ。リキッド達がお菓子作って待ってるんだ」
「じゃあ、宜しく頼むとするかのう。サナ子はそれでいいか?」
「うん。お母さん」
 コタローとサナ子は手を繋いだ。サナ子は母に向かって手を振った。

『ねぇ、お母さん。お母さんはどうしてそんなに筋肉もりもりなの?』
『それはな……愛する者を守る為に戦うからじゃ』
『サナ子のことも愛してる?』
『もちろんじゃ』
『やったぁ。サナ子のお母さんは、世界一のお母さんだね』

END

後書き
一部、『赤ずきんチャチャ』原作のエピソードからパクりました。まるまるではないですけれど(汗)。
2011.1.28

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