ナガサキの開戦前夜

「局長、用意が整いました」
 山南ケースケが言った。
「ご苦労」
 心戦組の局長、近藤イサミが頷いた。馬鹿ばかりしているが、こう言う時は流石に大物の貫禄を漂わせている。
「それから……マジック様はなるべく殺さないでいて欲しいです」
「そう言えば、君はマジックに心酔してたね。山南君」
「はっ。彼は百年に一度の逸材かと」
「儂はあの男は好かんが――まぁいい。今回は君に任せる」
「はっ」
「近藤さん」
 扉が開いて沖田ソージが入って来た。
「ソージーーーーーーっ!!!!」
 ――前言撤回。近藤イサミも成人男子に対して鼻血を流す変態である。ソージが刀を近藤の額に突き付ける。
「それ以上近付くと刺しますよ」
 ファニーフェイスでソージは怖いことを言う。
「ソージ~。もう、ツンデレなんじゃから~」
「……違うと思います」
 山南が冷静にツッコんだ。この山南も山崎ススムにはいつもツッコまれているから、彼もまた近藤と似ているのかもしれない。
「ああ、ソージ。もうすぐガンマ団と決闘じゃぞ」
「え~、めんどくさいな~。臨時ボーナスは出るんでしょうね」
「いつもお小遣いあげてんのに……」
「永崎との戦争なんて僕関係ないですから」
「だって、ソージだって心戦組なんじゃから……」
「ええ。かなり強引に勧誘されました」
 因みに近藤はソージにかなりの額を貢いでいる。
 しかし、こう見えても近藤とソージは他の人間には思いもつかぬ強い絆で結ばれていると言うのだ。少なくとも近藤は。――だが、ソージも満更でもないらしい。
「ま、皆無理しないでよね」
「ソージ~。わしのこと心配してるのか~」
「三段突きみね打ち!」
 ソージが近藤を三回も真剣で刺した。
「うぐっ、本当にツンデレなんじゃから……」
「ツンデレとかそう言う以前に、あなたよく生きてますよね……」
 またしても山南のツッコミ。山南は普段はボケ役だが、近藤が更に上を行くボケをかますので、ツッコまずにはいられないのである。
 蝋燭の炎が揺れる。ジジッ……と飛び込んだ虫が焼ける音がする。
「――明日は永崎に宣戦布告じゃ!」
 近藤が立ち上がって力強く宣言をした。
 こう言う時は、局長らしい部分も見せる近藤であった。

「にゃーん」
 永崎の城下町で猫が鳴いている。
「なぁ、親父」
 高屋敷シンタローが永崎藩主である父親のマジックに言う。ティラミスとチョコレートロマンスが後ろに控えている。
「何だい? シンちゃん」
「シンちゃんはやめろ……何か嫌な予感がするぜ」
「心戦組のことかい? だったら心配はいらないよ」
「でも……」
「何があっても、シンちゃんのことは私が守るからね」
「いや、俺だってもう大人だ。親父に守られなければならない年齢でもねぇけど……コタローのことは守りたい。パプワのことも」
「そうだね。リキッド君もいることだし。二人で力を合わせて頑張りなさい」
「リキッドねぇ……」
 シンタローは黒い長髪を掻き上げる。
「あいつはどうもねぇ……」
「何で? いい子じゃないか」
「悪い奴じゃないのはわかってるけど……コタローがあいつに懐いているんだもんなぁ」
 シンタローは弟のコタローに異常なまでの愛情を注いでいる。マジックがふっと笑った。
「シンちゃん。一杯やるか? ほら」
 マジックが酒を勧める。
「俺は今はそんな気は……」
「いいから付き合ってやれ」
「うぉあっ! ハーレム叔父さん、いつの間に……」
 いつの間にか叔父ハーレムが開いていた扉から入っていたようだ。
「男は戦場でいつ命を落とすか知れねぇんだ。酒ぐらい付き合ってやれ」
「ふん……」
「ハーレム、お前も飲むか?」
 マジックが彼の弟に声をかける。
「そうだな。もらうか」
「お前の分は自分で注げ」
「わぁってるよ」
「あんまり飲み過ぎるなよ」
「いつまで経ってもうるさいのは変わらないな。兄貴よぉ」
 当たり前のように交わされる日常の会話にシンタローは吹き出した。
「シンちゃん、いい顔になったじゃないか」
 マジックが嬉しそうだ。
「いい酒を飲むと気分が変わるってもんだろ?」
「シンちゃんはお前とは違う。それに、まだ飲んでないだろ――」
 マジックの台詞に、ハーレムは「ふふん」と言っただけだった。マジックが手を叩く。
「ティラミス、チョコレートロマンス。盃と膳を二つ持って来てくれ。酒のお代わりもな。――それにしても、シンちゃんやハーレムとも酒を酌み交わすことができるようになったんだねぇ。私は感無量だよ」
「どうも」
 ――ティラミス達がマジックの命令通りに持って来る。シンタローが盃を受け取ると、ティラミスが酌をしてくれた。俺はこれでいいからな――ハーレムが一人で徳利を傾ける。
「サービスとジャンは?」
「そろそろ来るはずだが……」
「やぁ、諸君」
「おお、サービス、ジャン、こっちに来ないか?」
 マジックが手招きをする。
「ちっ。酒がまた減るぜ」
 ハーレムが片頬笑みをしながら言った。サービスが笑いながら答える。
「お前は飲み過ぎない方がいい」
「ふん」
「グンちゃん達はどうなった?」
 マジックが手酌をしながらジャンに訊いた。
「ん。用意は整ってるってよ。でも……戦争には反対だったみたいだ」
「しかし、戦わなければならない時もあるんだよ。大切な物を守る為に」
 マジックが諭すように話した。ジャンが答えた。
「大丈夫。グンマだってわかってるさ」
「マジック兄貴だって狼国を狙っているくせに『大切な物を守れ』なんて説得力ねぇぜ。――キンタローはなんつってた?」と、ハーレム。
「あまり今回の戦いにはいい顔をしていないみたいだな」
「俺は腕がなるけどな……ここんとこ体がなまっちまって」
 ハーレムがバキバキと拳を鳴らした。サービスがほんの少し眉を顰める。ジャンが苦笑した。
「まぁ、サービスは俺が守ってやっかんな」
 ジャンが言うと、ハーレムが「頼んだぞ」とジャンの背中を力強く叩く。マジックがジャンとサービスの盃と酒の肴を用意するよう、再び手を叩きながらティラミス達に命じた。

後書き
永崎藩という架空の藩が舞台のなんちゃって時代劇シリーズです。
何だか緊迫感が高まっている……。
今度は永崎と壬生、戦争に突入でしょうか。
2018.02.11

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