ジョン・フォレスト

 来客を告げる鐘が鳴る。
「なんだ? こんな時間に」
 マジックは、読んでいた新聞から、目を上げる。
「見てきましょうか? 兄さん」
「いや、私が行く」
 マジックは新聞をソファの上に置いた。
 私、と云う一人称が板につくようになって、どれぐらいになるだろう。ガンマ団はマジックの手腕のおかげで動いていると言っても過言ではないほど、総帥マジックは能力を思う存分発揮していた。マジックは頭脳で、手足となって動くのは、部下や兵士達だったが。
 もちろん敵も多い――この間など、爆弾が送り込まれたこともあった。一瞬の判断ミスが、命取りになる。
 自分が行くと言ったのに、ルーザーもついてきた。――危険な予感はしないので、まぁいいだろう、とマジックは考える。
「どなたですか?」
 マジックがドアを開けると、そこには、浮浪者風の格好をした男が一人。
 長い髪の一方を、緑色の紐で独特な結び方をし、後は垂らしていた。
「俺ですか。俺は、ジョン……」
 そのとき、マジックとジョンの目が合った。
 ジョンの目は、最初黒かと思ったが、紫色の虹彩が光り輝き始めた。マジックは、思わず唾を飲み込んだ。
「ジョン・フォレスト。よろしく」
「あ、ああ」
 マジックはジョンの差し出した手を握る。
「いやぁ、なかなか君の家に着かないんで、道に迷ったんではないかと思ったところだったよ。あ、マジック君、マジックって呼んでいい? 俺の方がずーっと年上だからさ。それにしても腹減ったなぁ……夕飯、ここで食べていい? しかし、大きな家だなぁ。あ、そっちの人、弟だね」
 ジョンが長台詞を喋り始めたので、マジックは呆気に取られていた。
 しかも、敬語を使わない。
「何故、もっと丁寧に喋らん」
「あ、敬語のこと? 俺ねぇ、ついこの間まで、アンタを敵視していたのよ。ガンマ団に俺の恋人、フローラを殺されたからさぁ……フローラはいい女だったよ。そんな相手に、敬語喋れるわけないじゃない? 君だって、家族が殺されたりしたら、憎いだろ?」
「帰れ」
「やだ」
 ジョンとマジックは、またしても見つめ合った。
 不思議な、紫色の瞳。マジックはそれに、懐かしさを感じた。
「何の用で来た。私を死なせにでも来たのか?」
「ううん。その反対。ガンマ団のマジック総帥って、どんな奴か顔を拝みに来たかっただけ。なるほど。いい面構えしてるよね。さすが、若くして総帥になった男」
「皮肉か、それは」
「ううん。お世辞」
 ジョンはへらっと笑った。
「で、今腹減ってるんだけど、何かない?」
「それ食べたら、出て行くか?」
「いや、一晩の宿を用意してもらいたいんだけど。ガンマ団が俺達やフローラにしたことを思えば、当然の権利だよね。それにしても、居心地良さそうな家だな。俺、宿なしだから、しばらく居座ろうかな」
「わかった。――入れ」
「兄さん、ちょっと」
 ルーザーがマジックの手を引いて、顔を寄せた。
「あのジョン・フォレストって言う男、怪しくないですか?」
「十二分に怪しいが、悪い奴でもないだろう。ここでべらべら喋り続けられるよりは、一晩泊めて、さっさと追い出した方がいい」

 ジョンは、予想に違わず、相変わらず喋りながら、食事を取っていた。
「ふーん。君はハーレムって云うの。きかなさそうだな。あ、そっちはサービスね。写真で見るよりかわいいね――」
「兄さん。何、この人」
 サービスが怪訝そうに訊く。
「お客様」
 マジックは仏頂面で答えた。
「どうして僕のこと知ってるの?」
「調べたから」
 ジョンがけろりと言い放った。
「調べた?」
「うん。ここに来る前に、まず、マジック総帥って、どんな男かと思って。ルーザーにハーレム、君達のこともちょいと調査させてもらったよ。でも、だから敵だなんて思わないでね。俺は、世界中の人々と仲良くなりたいだけだから。マジックも同類じゃないかとは見当つけてたけど――多分俺と同じ考えだと思うな」
「おまえは、私が憎くないのか?」
「人を憎んだって仕様がないことさ。マジック。世の中にはいろいろな痛ましいことや事件がある。俺は、命があるだけ幸せかもしれないよ。フローラとはもう会えないけど、彼女は、俺のここに生き続けているから」
 そうしてジョンは、とん、と自分の心臓のあるところを叩いた。
「ま、腑に落ちるまでには、長い時間がかかったけどね。――さあて、もう寝るか。寝室はどこにある?」
「私の部屋でいいなら」
 マジックが申し出た。
「へぇ。一度殺し屋の部屋って見てみたかったんだ。ありがとう」
「殺し屋って言うな。これでも好きでこの生業をしているんだぞ」
 ジョンは吹き出した。
「わかったわかった。じゃあねぇ、おやすみ」

 夜もすっかり更けた頃――
 弟達は、とっくに就寝している。
 マジックは廊下を渡って、いつもなら自分の寝室に使っている、今はジョンが寝ている部屋に行った。
 サイドテーブルのライトスタンドのスイッチをかちり、と点ける。
 ジョンは眠っていた。艶やかな髪は色っぽく、顔立ちは整っている。
 マジックは、薬を口に含み、ジョンの口に流し込んだ。相手は、ゴホッ、ゴホッと噎せた。
「何すんの、マジック――。薬使ってまで」
「黙れ。この行為を含めての、約束だろう? それとも貴様、この私がただで食事と睡眠を供するとでも思ったのか?」
「思わない。両刀使いだって聞いてたし。でも、俺に薬は効かないぜ」
「どうしてだ」
「教えない」
「この野郎!」
「おっと。乱暴はやめてね。――俺、アンタとベッドを共にするわけにはいかないよ。フローラがいるから。彼女より心を惹かれる人間――それは男でも女でもどっちでもいいんだけど――以外とは寝ないって決めてるんだ」
「フローラと言う女に、操を立てているのか?」
「まぁね。少なくとも、自分の征服欲を満足させる為に押し倒すような男とは、ごめんだね」
 マジックはぎくっとした。
「アンタ、可哀想だね。俺に対する想いは、愛や恋なんかじゃない。ただ、己に屈伏させようとする、エゴだけだ。――本当の恋をしなよ。それだけが、アンタの救いになるよ」
「――余計なお世話だ」
 だが、押し倒す気がなくなったのも事実だ。
「まぁ、そうがっかりするなって。アンタいい男だし、友人としてなら、付き合ってやってもいいよ」
「友人なんぞいらん」
 そして、マジックは、部屋を出て行った。

 朝も、ジョンと一緒に食べた。
 ジョンは、昨夜のことを蒸し返さない。
 ハーレムやサービスと、楽しそうに話している。
「ご馳走様。じゃあ、俺、来月また来るわ」
「なっ……また来るつもりか? しかも来月って」
 マジックが動揺する。
「もちろん。俺はアンタの友達だからね。親友でもいいよ」
「誰が決めた、そんなこと誰が――」
「俺」
 ジョンは動じない。
「じゃ。見送りはいらないから」
「誰が見送るか!」
 言ってから、マジックは、こんな風にムキになる相手は、兄弟以外では久しぶりだな、と思った。
「変な奴だったね」
 ハーレムの一言が、マジックの感想を言い当てていた。

後書き
着想は数年前です。
ちょっと妖しい部分もありますが、本番には至りませんので。
マジックはバイだと思います。
ジョン・フォレストの『フォレスト』は、ビアトリス・フォレストからいただきました。
2008.7.14


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