今まで済まなかった

「皆さん、今日はお集まりありがとうございます」
 サービスが朗々と響く声で言った。
「何だい? サービス、改まって」
 マジックは機嫌の良さそうな笑顔。その隣のグンマはお菓子を食べている。――このグンマというサービスの甥は、いつでもお菓子の甘い匂いを漂わせているように思う。
「なーに? なーに? 叔父様」
「……叔父さん、少し話したくなくなったよ」
「いーからはよ話せ。俺は忙しいんだからよ」
「ハーレム……せっかくサービスが俺達よんでくれたんだから」
 欠伸をして机の上に椅子を乗せるハーレムをジャンが窘める。
「何で私までこの場にいなければならないんでしょうねぇ……」
 高松が呟く。――どうせ大したことのない用事だと思っているのだろう。
「聞いてくれ、高松。これはお前にも関係のあることなんだ」
 サービスの真剣な声音が伝わったらしい。高松が姿勢を正す。
「――聞きましょう」
「グンマ、キンタロー、そして――シンタロー」
 この場にはキンタローやシンタローも居合わせていたのである。シンタローはサービスを尊敬しているらしいから、最初から真面目な態度でこの叔父が口を開くのを待っていた。
 ――サービスがぐっと頭を下げた。
「今まで――済まなかった」
「済まなかった……って?」
 シンタローが訊き返す。ハーレムが続ける
「子供すり替え事件のこったろ。サービス。あれはもう終わったんだ」
「……けれど、一言謝っておきたかった」
「私はハーレムやマジック元総帥の為には謝りませんよ。でも、キンタロー様とグンマ様には……謝っておこうと思います」
 高松が言った。
「叔父様……高松……」
 グンマが泣き出した。グンマは確かに泣き虫だが、今度の涙はいつもと違うような気がする。
「叔父貴……」
 キンタローが声を詰まらせる。
 二十五年前、サービスと高松は、マジックの息子と、ルーザーの息子を取り換えたことがある。マジックの本当の息子はグンマ。ルーザーの息子はキンタローである。
「叔父様、もういいよ……もし、叔父様が僕達をすり替えなかったら、シンちゃんは生まれて来なかったかもしれないもんね」
「ああ……キンタローには悪いが……俺はこれまで幸せだった……マジックの息子として育てられて……」
「シンちゃん……」
「シンちゃんは止せ。親父」
「でも、シンちゃんもグンちゃんも私の大切な息子であることは間違いがないんだよ。キンちゃんは……ルーザーの分まで面倒みるよ」
「あ、ねぇねぇ。キンちゃん。僕、今はキンちゃんという新しい従兄弟が出来て嬉しいんだ」
「――ふん」
 キンタローはまだ反抗的な態度しか取れない。けれど、このグンマに対しては、照れているのだろう――グンマをちらっと見て、それからまたそっぽを向いた。
「全て、私の責任だ。高松は、私の業に巻き込まれたのだ――」
「いいえ。違います」
 高松が反駁した。
「見くびらないでください。私はちゃんと自分の意志でサービスに協力したのですよ。――ルーザー様の復讐の為に」
「あー、でも、お前ら、子供すり替えて何がしたかったんだ? 復讐の為って言うが、そんなのが復讐になるのか?」
 ハーレムは知らない。サービスだって本当は何がしたかったのかわかりはしない。ジャンやルーザーに死なれて、一時的に混乱していたのかもしれない。
 ――それでも、罪を犯したのは事実だ。
 サービスはグンマやキンタローから、真っ当な二十何年間の人生の時間を奪った。それだけで、復讐の役目は果たしたのだろう。――皮肉なことに。
 けれども、キンタローまで巻き込むつもりはなかった。シンタローは……この復讐の副産物と言えよう。
(シンタロー……)
 サービスはシンタローの方に目を遣った。シンタローはいつもの快活な顔を見せない。どこか沈んでいるように見える。
(シンタロー……済まない)
 サービスは、シンタローには憎まれても仕方がないと思っていた。グンマやキンタローにもだが。
(――私はキンタローの時間をも奪ってしまった……)
 責めは負う。サービスは心に決めた。
 シンタローが泣き出した。
「どうした! シンタロー!」
 ハーレムが大声を出す。「ハーレム!」と言うマジックの叱責も聴こえないかのようだった。ハーレムはシンタローしか見ていなかった。サービスの存在も一時忘れたようである。
 ――ハーレムはこれでも甥っ子想いの叔父なのだ。
「サービス叔父さんが……可哀想で……グンマも、キンタローも……」
「可哀想? 可哀想なのはお前だ、シンタロー」
 サービスはシンタローの傍に寄って、背中を撫でさする。この甥が小さい頃、そうすると泣き止んだのだ。
「僕も――サービス叔父様が可哀想に思うよ。二十五年間、このことは高松としか話せなかったんでしょ?」
「グンマ様……私も癒してください」
「それは勿論だよ。だけど……サービス叔父様が謝ってくれたから、僕は受け入れるよ。キンちゃんは?」
「――俺は……長生きして失われた時を取り戻すよ。だから、シンタロー、もう泣くな。お前は二度も死んでるんだ。サービス叔父貴の業まで背負ってどうする」
「キンちゃん……この間まで、シンちゃんを殺すと言ってなかった? それに、シンタローって……もうニセ者なんて呼ばないんだね」
 グンマが微笑んだ。普段は頼りないように見えても、流石マジックの息子である。
(――流石マジックの息子だ)
 修行中にサービスがシンタローに言った台詞。シンタローは、マジックの息子でいることが嫌だったらしい。けれど、こうなると、マジックの息子でいることに何の疑問も持たなかった思い出が懐かしいのかもしれない。
 シンタローの錯綜した想いは、シンタロー自身にしかわからないであろう。
(私が出来ることは、シンタロー達のそばにいて、成長を見守ってやることだけだ)
 サービスも涙を流す。サービスにはそれを止めることが出来ない。
「サービス」
 マジックの慈悲深い声が聴こえる。
「人は罪を贖うと決心した時に全ての罪が許されるんだよ。――尤も、お前以上の罪人である私が言える言葉ではないがね」
 マジックの声は暖かかった。
「俺は馬鹿だから難しいことはわかんねぇ。だが――俺にわかることは、シンタローは生き返り、そして……キンタローという新しい甥が出来たことだけだ」
「ハーレム叔父貴……」
 キンタローがそっとハンカチを目元にあてる。髪を切ったキンタローは次兄のルーザーに瓜二つだった。
「ありがとう。叔父貴達……」
「ありがとうはこちらの台詞だよ。私を……許してくれるのかい?」
「勿論!」
 グンマがきっぱりと言い切った。
「だって、叔父様だって苦しんだんだもん。皆、苦しんだんだよ。そうでしょ? ジャンさん」
「そうだな――」
 ジャンは考え考え言う。
「俺は……加害者でも被害者でもあるからな……俺は憎まれても仕方ないと思う。でも、サービス。お前の罪は赦された。俺は、ずっとお前のそばにいる。お前のそばにいて、お前を赦しを与え続ける」
「何様のつもりなんでしょうねぇ。あの台詞」
 高松はこそっと呟く。サービスは聞こえないふりをした。ジャンは聞いているのかいないのか、慈父のような笑みを浮かべ続けている。ジャンにもあんな顔を出来るのかと、サービスは思う。そういえば、ジャンはサービスや高松よりずっとずっと長い時を過ごして来たのだ。
「私もだよ。私もずっと……サービス、お前のそばにいる。必要な時は力を与えてやる――お前が悩んでいる時には、いつでも話をきいてやる」
「マジック兄さん……」
「まぁ、あれだな。終わりよければ全てよしだな」
 ハーレムが締めくくった。
「アンタがシェイクスピアの戯曲の題名を知っているとは思いませんでしたよ。ハーレム」
 高松が冗談口を叩いた。
「ルーザー兄貴が好きだったんだよ。――俺はいろいろあの兄貴には仕込まれたからな」
「何ですって?! ルーザー様に?!」
 ルーザーが亡くなった後も、高松は彼を崇拝しているのである。殆ど愛していると言っていい程。
「確かエラリー・クイーンのドルリー・レーンものにもあったはずだぜ。ミステリの」
「はぁ……アンタ結構本読んでるんですね」
「俺の祖国の文学だぜ。かじっておくのは当たり前だろ。――つっても、ルーザー兄貴の受け売りだけどな」
 ハーレムと高松のやり取りでいつも通りの雰囲気が戻って、サービスも泣き笑いの表情を浮かべる。そして、心の中で密かに神に誓う。私は、この人達と共にいるのを赦されるよう、能う限り努力しよう――と。

後書き
サービスの謝罪。
そういえば、サービスはあの事件のことについて謝ってない、という記事を読みまして、なるほどと思いました。
謝って済む問題ではないと思いますが、皆優しいから許しちゃうんですよね……。

2018.11.21

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