異人の恋 「ハーレム隊長。我が家においでくださいませんか?」 Gが、いきなり切り出した。 「は? 何を突然。それに、俺とおまえはダチだろうが。わざわざ敬語を使わなくてもいい」 「しかし、あなたと私が上司と部下という関係になってから、礼を失した言葉使いをしないよう、自分で決めたのです」 「奇妙な論理だな。まぁいい。おまえの家って、どこにあるんだ?」 「ドイツの片田舎です」 「はっ。貴重な休日潰してまで、田舎巡りか――酒は旨いか?」 「地酒は、隊長の口にもかなり合うと思いますが」 「――行ってみようかな」 「来ていただけますか! 妹も喜ぶと思います」 ハーレムは、唇を舌で湿した。 「――妹は、美人か?」 「はい。兄の目から見ても、なかなかのものだと思います」 「よし、行こう。早速準備だ」 と、いうわけで―― 数日後、ハーレムとGの二人は、田舎道を、馬車に揺られてやってきた。 道が舗装されてないので、かなりガタガタ揺れる。しかし、そんなことを、気にする二人ではなかった。 Gの家は、大きな木造建築だった。一目で。この辺の地主か何かの、お金持ちの家と見てとれる。 「ただいま」 Gが低い声で言うと、でっぷり肥ったおかみさんが出てきて、彼に抱きついた。 「まぁまぁ、ギデオン。無事で何よりだわ。ところで、お友達は?」 「ああ。ここにいますよ。母さん、この方は、私の上司です」 「息子がいつもお世話になっております」 そう言って、Gの母は、ハーレムにもハグをした。ハーレムは、照れくさそうだった。 (俺の母親も、生きていればこんな感じだったのかな) 久々に、母の温もりに包まれたような気がした。 「――それで、お嬢さんは」 「ああ。あの子は、ギデオンからの手紙を読んで、あなたに会いたいって、いつも言ってたんですよ。あなたが来たことを知ったら、大喜びでしょう。――メルセデス、ちょっとこっちへいらっしゃい」 「メルセデス? ベンツか?」 ハーレムの質問に、 「違います。妹の名前です」 と、Gはややぶっきらぼうに答えた。 「お帰りなさい。兄様。あら、ハーレム隊長も来てくださったのね」 色の薄い、長い金髪を風に靡かせ、清楚な白いドレスに身を飾ったメルセデスは、美しい、十七、八くらいの娘だった。 ハーレムは、ぽかんと口を開けて見惚れた。 「どうしました? ハーレム隊長って、呼んだの、いけなかったかしら。私の隊長でもないのに」 メルセデスは、完全に誤解したらしかった。 「G、ちょっと」 ハーレムはGを物陰に引っ張って行った。 「何が、『なかなかのもんです』だよ。あんな美人、滅多にお目にかかれねぇよ。俺も、美女は見慣れているつもりだが、あの女は儚さがある。と、いうか、本当におまえの妹か? 全然似てないじゃねぇか」 「義理の妹です。私の母の再婚相手の連れ子だったんですよ。あの娘の母親は、村一番の美人だったんです」 「こりゃ期待以上だったな」 「――メルセデスに目をつけたのなら、やめた方がいいと思いますよ。あの娘には、既にフィアンセがいますから」 「なんだ、残念。もし恋人がいなかったら、アタックしてやろうと思ったのに」 「――無理やり連れ去ろうとかは、思わないんですね」 Gの表情が、ほんの少し綻びた。 「一度そんなこともやりかけたけど、もう懲りたよ。人の心って、案外動かし難いものだからな」 (ああ、この男についていったのは、間違いではなかった) Gは、ハーレムを上司と見定めた、己の審人眼に、今更ながら、満足した。 「結婚式は明日です。隊長もご参加ください」 「もちろん」 「兄様、お客様が来るというのでかなりご馳走作ったのよ。余らないかしら」 メルセデスが、可憐な声で義兄に問うた。 「大丈夫。我々二人とも、大食漢だから」 「大食漢とはなんだ。少食の俺を捕まえて」 メルセデスがくすりと笑った。 「ハーレム様って、面白い方。お手紙の通りだわ」 「――おまえ、俺のこと、なんて書いたんだ」 ハーレムはGの肘を突つく。 「内緒です」 Gが、珍しく微笑みさえ浮かべて、答えた。慣れた故郷が、彼の心をゆったりとさせているのだろう。 メルセデスの様子がおかしいのに気付いたのは、Gの隣で食事をとっていたハーレムだった。 真向かいに座ったメルセデスが、妙に熱っぽい視線を送っていたかと思えば、不意に目を反らし、また、気がかりそうな目を向けていた。 (こりゃ、俺に気があんのかな) そう思わせずにはいられない、無言の告白だった。 「ご馳走様」 Gが食べがらを台所へと運んでいくとき、メルセデスは悩ましげな目で、義兄を見送った。 (まさか……メルセデスの恋の相手は、G?!) しかし、無理からぬことかもしれぬ。Gは、同性のハーレムから見ても、いい男だった。優しいし、力強い。態度もきっぱりしている。あまり饒舌な質ではないが、それだけに、一層、誠実な人柄を感じさせる。ハーレムだって、女だったら、Gに惚れていたかもしれない。 (俺ね、自分が女だったらいいなぁと、思うときあるよ。Gって、かなりイケると思わねぇ?) 猥談の席で、誰かが言ったことがある。その話の内容は、これは一応健全な話なので、残念ながら教えることはできない。 (そうか、メルセデスがGをねぇ……) 逆なら、よくある話かもしれないが、恋愛感情というのは、常識では測れない。ハーレムはにやにやと質の良くない笑いをした。 「メルセデス」 Gの母から聞いた、メルセデスの部屋の扉をノックした。 「はい」 ふわりと花の香が匂った。 メルセデスは、もう部屋着を着ている。 「なんですの? ハーレム様」 「やれやれ、Gといい、アンタといい、水臭いぜ。ハーレムと呼んでいい」 「ハーレム、何しに来たんですの?」 「そんなに警戒しなくていい。話があってさ。――本題に入ろう。アンタ、Gのこと好きだろう?」 「え? ええっ?! でも、義理の兄ですわ」 「恋に、義理の兄だとか、どんな立場とかは関係ねぇ。俺だって、アンタに恋してるしな」 「まぁ!」 「でも、俺は、明日の結婚式には、笑って参列する予定だよ。でも、おまえさんはどうかな?」 「わ、私は……」 「ま、それは、アンタの問題だ。Gはいい男だ。恋い焦がれるのもわからんでもない。じゃあな」 そして、ハーレムは、バタンと部屋のドアを閉めた。 メルセデスは、Gの部屋の前を、しばらくうろうろしていた。 そこで、Gが、部屋を出てくるところに出くわした。 「兄様……」 メルセデスは、両の目から盛り上がる涙を、堪えることはできなかった。 「メルセデス……まぁ、入れ」 Gが部屋に、義妹を招じ入れた。 「ドアは、開けたままの方がいいな。おまえは結婚を控えている身だし」 そこで、初めて、メルセデスは、一見無頼漢風のハーレムが、気遣って、ドアを開け放しにしてくれておいたのに、ようやく思い至った。 「結婚が、嫌になったのか?」 Gの質問に、メルセデスはふるふると首を振った。 「……兄様が、兄様が大好きでした」 涙の雫が、ぽたりと床の上に落ちた。 Gとメルセデスの目が合った。 そのとき、二人の間に、電流のようなものが走った。彼らはしばらく黙っていた。 「メルセデス、部屋まで送ろう」 沈黙を破ったのは、Gだった。まるで、何かから気を逸らそうとするみたいに。 「――ええ」 メルセデスは黙って従った。 部屋についたとき、自分の部屋に引き返そうとするGに、彼女は言った。 「兄様! 私、幸せになります!」 そして、涙を拭いながら、口の中で、こう付け加えた。 「絶対に……」 結婚式には、ハーレムも参加した。 メルセデスの結婚相手は、りゅうとした身なりの、若い紳士だった。 二人はクリスチャンだったので、教会で式を挙げた。 結婚する相手は、恋をした相手とは限らない。恋と愛とは違う。大恋愛をした相手と結ばれても、上手くいかないこともある。何故なら、愛は、地道に育むものだから。 メルセデスは、晴れやかな顔をしていた。 「綺麗だったな。おまえの義妹」 帰る道すがら、馬車に乗って、ハーレムが言った。 「婚約者がいなかったら、コナかけてやろうと思ったのに」 「――そうならなくて、良かったと思います」 Gがうっそりと言った。 「何をっ?!」 「義妹に、貴方を取られなくて、良かったと言ったんです」 「冗談言うな」と、ハーレムは言いたかったが、思いもかけずぶつかった、Gの真摯な迫力に、思わずのまれてしまった。 そんなことは知らぬげに、馬車はゴトゴトと走って行く――。 後書き この話のベースは、ハガレンの、『戦う少尉さん』でしょうか。ヒロインのブラコンなところがそっくり(笑) ヒロイン、メルセデスは、『モンテ・クリスト伯』から取った名前です。ベンツではありません。 異人の恋。これ、『失われた時を求めて』の『スワンの恋』を意識してつけました。韻も合ってるでしょ? メルセデスにとっても、ハーレムは異人。Gにとっても、メルセデスはある意味異人。 とりあえず、以前もらった感想の、「Gはホモですか?」の文に撃沈! |