偉大な親の息子として
これからずっと、ここで暮らすんだ……。
俺の親父、ハーレムの実家で――慣れるだろうか。……慣れなきゃ。俺には、行くところなんて他にないんだから。
いや、アグネスおばさんの孤児院があるけど、皆は俺にここにいて欲しいようだった。
孤児院もタダでは運営出来ねぇからな。俺の食費もあるし。
それよりまず、俺はここにいなくちゃいけない。親父の代わりとして。俺だってここにいたいし。
――どうしてだろう。何だか切ない。涙が出てくる。……親父の馬鹿野郎。勝手に死んじまって。
シンタローを庇って死んだのだから、立派な死に方と言えば言える。けれど、俺は親父に生きていて欲しかった。どんな親父でもいい。親父と一緒に口喧嘩がしたかった。親父と一緒に遊びたかった。親父と……。
いつの間にか、外は暮れなずんでいた。俺は――無言で涙を流していた。畜生! ここ数ヶ月泣いたことなんてなかったのに!
動かなきゃ。部屋を出なきゃ変に思われる。
だけど、俺は指一本動かすことが出来なかった。それに――ここで泣いてるのは案外楽だった。
コココン――と音がした。誰だろう。
「レックス――いるかな」
レックスは俺の名だ。いるよ。そう言いたかったが、言えなかった。
この声は――サービス叔父さんだ。
「何だ。明かりもつけずに」
サービス叔父さんが明かりを点けてくれた。柔らかい光が辺りを包む。
「ホットミルクだ。体が温まる」
「ありがとう」
俺はふぅー、と、牛乳を吹いた。甘いにおいがする。赤ん坊のにおいだ。
「泣いてたのか?」
「…………」
「答えたくなければ、答えなくていい。――今まで放っておいて済まなかった」
「そんな……叔父さんのせいじゃ……ただ……ここにも親父はいないんだな、と思うと――でも、俺、親父を超えるよ。ここに来た時、そう言ったじゃん」
「ふふ……負けん気の強さはハーレム譲りだな」
「でも、俺、死なないから。絶対、死なないから」
サービス叔父さんの青い目に哀しみの色が浮かんだ。何だというのだろう。
「そうだね。……君にはいつまでも生きていて欲しいよ」
サービス叔父さんはそう言って黙りこくってしまった。この人は一体いくつなんだろうと思う。親父と同い年ならかなりな年のはずだけど、何だか若く見える。少なくとも三十代より上には見えない。
謎の多い男だ。親父はこの人の双子の兄だったんだ。
俺はミルクを啜った。
「美味しい」
「そうかい? 良かった」
叔父さんは満足そうだった。或いはそう見せようとしているのか――いけないいけない。俺はどうも、悲観主義者らしい。
(レックスってさ、考え方暗いよね)
俺はそう言われたことある。びっくりした。そんなこと言われたのにまず驚いたのと、それから――これはどうやら俺にとって図星だったらしい。そののち、俺はそいつをはぶくようになった。
今思うと気の毒なことしたな、と思うけど、人の気にすることを言う方も悪い、と思ってあまり取り合わなかった。もともとウマが合わないヤツだった。
それにしても……う~ん。サービス叔父さんと一緒にいると、なんとなく気づまりするんだ。あまりにも美しいからかもしれない。
サービス叔父さんは美しい。顔には皺ひとつない。
「どうしたんだい?」
「サービス叔父さん、きれいだなと思って」
そんなことは聞き慣れているだろう。サービス叔父さんは笑った。
「ありがとう」
サービス叔父さんが訊きほじらないので、俺は助かっている。サービス叔父さんも苦労人なんだろう。お互い、『ハーレム』という存在には苦労するな。
「あの……俺、ハーレムじゃないから。親父と重ねて見られると、俺、困るから」
サービスがくすっと笑った。
「うん。ハーレムと顔は似てるけどね。君は。でも――ハーレムとは違うんだ」
俺はまだ湯気の立つミルクを膝の上に乗っけて、こくこくと頷いた。
「わからないことがあったら訊いてくれ。――さてと、僕は一旦帰ろうかな。それとも、まだここにいようか?」
叔父さんが帰ってしまうのはつまらない。俺は叔父さんにまだいて欲しかったのだ。
「サービス叔父さん……俺と一緒にいてくれて――ありがとう」
叔父さんはまた笑った。俺といて楽しかったのだろうか。
「叔父さんにはまだいて欲しいな。それから俺、シンタローと話したいんだけど」
「仕事が終わったら来るんじゃないかな」
「それから、コタローとも話したい」
「シンタローもコタローも君の台詞を聞いたら喜ぶよ。彼らと来たら、君を喜ばせる為に何をしようか考えてばかりだろうからね。――勿論、僕もだけど」
「そっかぁ。叔父さん、ミルクありがと」
「どういたしまして」
叔父さんは空になったカップを盆の上に乗せる。
「ねぇ、マジック伯父さんは?」
「さてね。僕はマジック兄さんが何をしようがどうでもいいんだ」
「何で? 変だよ。同じ家族なのに――」
「別に悪い意味で言った訳じゃない。あまり干渉されるのも嫌だろう。レックスも」
「うん」
俺は頷いた。
でも――ジャンのことは気になるな。
「ジャンは、叔父さんにとってどんな存在なの?」
ジャンのことは変なヤツだと思っていた。サービス叔父さんを熱っぽい目で見つめている。親友だとサービス叔父さんは言ってたけど、まるで恋人みたい……。それに、どこか得体の知れないところがあった。
叔父さんはいたずらっぽく笑った。
「――知りたいかい?」
「別に……」
俺も干渉はしたくない。叔父さんの恋人だってんなら、それでもいいと思う。
――また、ノックの音がした。
「シンタローかな?」
サービス叔父さんの言った通り、その人はシンタローだった。
「あ……シンタロー……」
どんな態度を取っていいかわからなかった。シンタローは俺に視線を合わせてくれた。
「どうしたんだい? レックス」
「俺、ここにいていいの? 本当はシンタローも親父にいて欲しかったんじゃないの?」
「レックス、俺を恨んでるかい?」
「ううん。親父のことは仕方ないよ。でも、死人は完璧だもの。死んだ人には敵わないよ――俺は親父を超えるけどね。……ねぇ、シンタローは親父に生きてて欲しかったんじゃないの?」
「ああ……」
シンタローは困った顔をした。しまった。俺のことを言ったあいつのことは笑えない。
だけど、シンタローは家族になるかもしれない人間だから――もう家族かもしれないけれど、俺はどうもまだ心を開く気になれない。
「死んだ人には敵わない。――俺も、そう思ったことあるよ。ジャンに対してだけどな」
「シンタロー……」
「レックス。俺はね、サービス叔父さんのことをとてもとても尊敬してたんだ」
――うん、わかるよ。
「叔父さん、カリスマあるもんね」
「でも、叔父さんの心はジャンのものだった。ジャンはずっと前に死んでいて、だから、俺はジャンには敵わないと思ってた」
「……あのジャンはジャンの息子なの?」
「いや、今生きているジャンもジャン本人だ。この辺はややこしいから、後で説明してあげるね。それとも、今、話そうか?」
「……俺……眠い……」
「じゃあ後にしよう。俺が布団を敷いてあげるよ。おいで」
シンタローがベッドメイキングをする。すごくきれいなベッドになった。シンタロー、器用だな。俺、これからはあまりベッドぐちゃぐちゃにしないようにしよう。俺、寝相悪いんだけど。
「起きたら、連絡して。お腹空いたらいつでも料理温められるよう、グンマ達と一緒に待ってるから」
まるで王侯貴族のような扱いだ。
「俺、自分の飯くらい自分で用意出来るよ」
ちょっとムキになって俺は答えた。
「いいんだ。少なくとも今のうちぐらいは世話焼かせてくれよ。――君がそんな風に一人でいるのかと思うと心配なんだ。ハーレム叔父さんはもっと我儘だったよ。――それに俺達だってただ待ってるだけでなく、あいつらと一緒にだべりたいんだ」
俺は横になると、サービス叔父さんとシンタローにお休みを言った。――そっか。親父は我儘だったのか。偉大に見えていた親父が急に身近な存在として感じられた。
後書き
レックスシリーズです。
レックスがシンタローやサービスの元に来たばかりの頃の話です。
何か、レックスって大好きだなぁ……自分で作ったオリキャラでは、お気に入りの方かも。
2018.07.13
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