ナガサキ異聞

「うーん、いい町だねぇ。流石マジック様が統括しているだけあるよ」
 男の名前は山南ケースケ。狼国壬生心戦組の渉外担当である。この他にも、いろいろ仕事を掛けもっている。
「マジック様に会えるかな。会えたらいいな……」
 狼国と永崎がきな臭くなっていることなど、この男はすっかり忘れているようだった。これでも一国の責任者を果たせるのだから、案外狼国は平和なのかもしれない。
「お、瓦版ですか。ください」
 瓦版では壬生と永崎の徹底比較をやっていた。
「狼国の壬生と永崎は対等……ふん、当たり前のことが書いてあるね」
 何て言ったって、狼国壬生には自分達――心戦組がいるのだから。
 そして、瓦版のすみっこに小さな見出しが。
『狼国と永崎、ついに戦争突入か?!』
「な、何だって~?!!」
 山南は仰天のあまり大声を出した。もうそんな風聞が伝わっているのか。
「うるさいぞ!」
 と、町人に言われても気にしない。
 狼国が永崎が戦争……ということは、壬生も戦争に駆り出される訳で……。つまり、山南達も永崎と戦うことになる。確かに今の狼国と永崎藩はいつ戦争が起きてもおかしくない緊張状態ではあるが。
 永崎の藩主は山南の最も敬愛するマジックである。
「こ、こうしちゃいられない……永崎城へ行くよ。山崎君!」
「待ってください。今、可愛い猫を眺めているので――流石は永崎。粒ぞろいのかわいこちゃんが揃ってますねぇ」
 山崎ススムは山南ケースケの部下だ。だが、今は胸キュンアニマルに夢中なのである。山南がマジックに夢中なように。
「はーい、いい子たんですね~。おいでおいで」
「山崎君! そんなことをしている場合では!」
「んだよ~。早く来いよ~」
「ダメだよ。ハジメちゃん。ああなったススムちゃんは滅多に止まらないよ」
 猫に構っている山崎、それを注意する山南――そして、呆れ顔の斎藤ハジメと永倉シンパチ。
 町人達は猫さらいか、と噂している。しかし、そんなことを意に介する男達ではなかった。

「シンタロー様、おはようございます」
 マジックの側近の一人、ティラミスが頭を下げる。
「うむ」
 シンタローは鷹揚に頷く。彼に次期藩主をと望む声も多い。
 たったひとつ。そう、たったひとつの悪癖がなければ――。
「お兄ちゃん」
「コタロー!」
 シンタローは鼻血を出した。ティラミスが速やかに唐傘を開く。辺りには血しぶきが舞い散った。
 そう、シンタローは極度のブラコン――この時代にはこんな言葉はなかったが――なのである。
「もうー、お兄ちゃん、朝っぱらから鼻血はやめてと言ったでしょ」
「いやぁ、すまんすまん。ついお前が可愛過ぎてなー」
「まぁいいや。食事用意して。クロワッサンとカフェオレね。あ、ゆで卵もつけてくれると嬉しいな」
「ああ、わかったよ……」
 シンタローは至福の鼻血を流して笑っている。
「シンタロー様、あまりコタロー様を甘やかさない方が……」
「え? 何か言った?」
 シンタローがぎりっと睨みつける。
「いえ、何でも……」
 ティラミスが引き下がる。高屋敷家に代々伝わる攻撃の秘法、眼魔砲を撃たれたりでもしたら大変だ。マジックとシンタローの親子喧嘩でそれをやられて、城が大破したばかりである。
 全く、城の経済を預かる身にもなってください!
 ティラミスは心の中で不満をぶつけた。もう一人の側近、チョコレートロマンスがいるから仕事もやっていけるのであるが。
 しかし、それにしても、シンタローはコタローに甘い。遺伝だろうか。いや、シンタローは先日亡くなったマジックの後妻の子で、マジックとは血が繋がっていない。因みにコタローはマジックの妾の子である。
 けれど、似ているのだ。シンタローのコタローの甘やかしぶりは、マジックがシンタローに対する時のようだ。
 そんなところで似てどうする。やはり、子供の育て方は大事なのだとまだ独身のティラミスは思った。
「はい、クロワッサンとカフェオレ」
「わー、ありがとう」
「それは西洋から永崎に渡って来た料理……日本人ならやはり和食の方がいいのでは」
「あーん? 何か言ったか?」
 シンタローの掌に気が集まってくる。あれを食らうのはごめんだ。
「すみません。何でもありません」
 ティラミスはあっさり引き下がった。

「マジック様ー!」
 あの声は!
「山南君だね。通してあげなさい」
 マジックはシンタロー達の元から戻って来たティラミス、そしてチョコレートロマンスに命じた。
「はっ!」
 揃って四人、マジックの前に現れた。山南ケースケ、山崎ススム、斎藤ハジメ、永倉シンパチ。
「狼国の人々はご精が出ますなぁ。何もこんな田舎まで足を運ばなくとも」
「我々は心戦組です。永崎は田舎ではありません。南蛮の文化を積極的に取り入れ、国民は潤ってます」
「君はお世辞を言えるんだねぇ、山南君」
「お世辞なんかではありません! マジック様はこの藩の太陽なのです! ――あ、良ければこの法被にサインを」
「はいはい。君は相変わらずだねぇ」
 マジックは山南の法被にサインを書いた。他の三人も、相変わらずだなぁという目で見ている。
「ところで、何やら不遜な噂を聞いたのですが、マジック様は狼国を狙っているとか。現状では満足できないのですか?」
「ふふふ、人間の欲にはキリがないのだよ。山南君。君ならわかるだろう?」
「ええ! 私ももっとマジック様関連の商品が欲しくなりますね。あ、今の声、この機械で録音しておきました」
「狼国は軍事的にも工業的にも優れている国だ。欲しくならない方が不思議だろう?」
「しかし、狼国と永崎は離れています。こんなに離れていなければもっと頻繁にマジック様に会いに行けるのに――くっ!」
 山南は悔し気に唇を噛んだ。
「しかしねぇ……狼国が永崎の傘下に入れば、我々は狼国に今より出入りできるのだがねぇ。勿論、私に関するお祭りも週に一度は開くよ」
「狼国差し上げます。マジック様」
「仲間売ってどうすんですか、山南さん」
 山崎が山南の頭をスパンと叩く。正論だった。
「まぁ、それは冗談として――」
 山南さんのさっきのあれ、冗談だったんだ――と永倉が小声で言う。
「マジック様のお祭りには未練がありますが、それでも狼国のことについては諦めてもらいます。我々は壬生の心戦組ですから――我々の方が永崎を占拠します」
「できるものならな」
「貴方も独占しますよ。マジック様」
「私は一人の藩主である前にシンちゃん達のパパなんだよ」
「――また来ます。今度は今のように紳士的にとはいきませんよ」
 心戦組の四人は部屋を出て行った。
「ふぅ……」
 マジックは額の汗を拭った。ハーレムが入室した。
「おう。兄貴。戦争が始まるんだってな」
「何で知っている。盗み聞きでもしてたのかい? ――まだ戦争になるとは決まっていないがな。ハーレム」
「――ちきしょう! 腕が鳴るぜ!」
「私の弟はどうしてこんなヤツらばかりなんだ……」

「起きろ、起きろ、ジャン」
「んー?」
「よくこんなところで寝てられるな。私は魚臭いのはごめんだ」
 マグロ漁船の中、上品な仕草でハンカチを鼻に当てたのは長い金髪のエレガントな男性だった。ジャンはにへらと笑った。
「わかってますって。サービス様」

後書き
永崎藩という架空の藩が舞台のなんちゃって時代劇シリーズです。何やら不穏な空気が漂ってます。
中途半端なところで終わってますね……。
今回はパイロットフィルムに似たものでしょうか。
2018.01.12

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