士官学校物語・冬
7
「ハーレムとカワハラが、学校を辞めるって!」
 ニールによって、その情報がもたらされると、1年A組は俄かにどよめいた。
「ハーレムは前々から学校を辞めるつもりでいたようですが、なんでカワハラまで?」
 高松がニールに質問する。
「話に聞いて、カワハラを養子にした人達が、ガンマ団でなく、どこか他の高校に通わせるって。カワハラから、学校を辞めたいって話だったよ」
「それはまたどうしてだい? カワハラは、ここにいて、随分楽しそうだったじゃないか」
 サービスが、頭を捻った。
「……人殺しには、なりたくないんだってさ」
「はぁ?」
「わかるで。その気持ち」
 今度は野沢だ。
「わいは、柔道の力を買われて、ここに来たんや。姉貴に迷惑かけるの嫌やから、学費のかからないこの学校に来たんやけど、卒業したら、人を殺さなあかんかかもしれんやん。わい、それが嫌なんや」
「だからと言って、学校を辞めるか?」
「いや。ここ辞めたら、わい行くとこないねん」
「つまり、兄さんの方針が不満だってわけだね」
「人を殺せっちゅう以外は、ここは天国のようなもんや」
「天国に行くのは君だけにしてくれ。僕はまだ死にたくない」
 サービスは、どう云う訳か、いつも以上につっかかる。
「なんや。ブラックジョークやな。何怒っとるんや」
「別に何も」
 サービスはそっぽを向いた。
(ハーレムとカワハラがいなくなったら、寂しくなるなぁ)
「あんな奴らでも、いなくなったら寂しくなりますねぇ……」
 ジャンは、ぎょっとして高松の方を振り向いた。自分の心が読まれたかと思ったらしかった。
 しかし、それは、高松の、ひいてはA組のメンバー全員の心だった。
「ハーレムってえばってたけど――」
「カワハラって女みたいなヤツだったけど――」
「まさか辞めるなんてなぁ」
 そう言って、何人かは、盛大な溜め息を吐いた。サービス親衛隊の顔も、どこか暗い。サービスが、ぴりぴりしているようであっても、実は落ち込んでいるのがわかったからだ。それに、彼らは、ハーレムのことも嫌いではなかった。サービスと双子、と云うこともあり、どこか親近感を持っていた。ハーレム自体は、そんな彼らのことを気に留めた様子もなかったが。
 ハーレムはトラブルメーカーだった。カワハラも、そんなハーレムを止めようとはしなかった。かえって煽ったりしたこともある。
 先生にとっては助かるか、と、ジャンは考えたが――
「ハーレムがいなくなると、田葛泣くな」
 ニールがぽつりと言った。
(あ、そうか)
 いつぞやのニールの台詞を思い出した。確か、田葛が、ハーレムを好きだとかどうとか――。
 そのときは深く考えなかったが、もし、その話が本当だとすると、辛いだろうなと察した。
 自分だって、サービスと別れ別れになったら、多分、死ぬより辛い。
(ごめん。ソネ。俺はこの地で、おまえより大切な奴を見つけてしまった)
 ガララ、と戸が開いて、田葛先生が入ってきた。
「おはよう、諸君!」
 彼は胸を張って、眼鏡の向こうの目は、いつもより輝いている。
「なんだ、元気じゃないか」
 ジャンは些かほっとした。
「馬鹿だな、ジャン。空元気に決まってるじゃんか」
 ニールが耳元で囁いた。
「今から授業を――」
「あっ! ハーレムだ!」
「カワハラもいるぞぉ!」
「っておい、人の話を――」
 ――聞く訳もなく、生徒達は窓の方に殺到した。田葛も、本当は気にかけていたらしい。学生達と共に、窓を見る。
 ジャンは、がらっと窓を開けた。
「何するんだ、ジャン。寒いよ」
 もう暦の上では春だとは云え、この地方には、まだ寒さが残っている。雪も降ることがある。
 サービスのクレームも耳に入れず、ジャンは叫び出した。
「おーい、ハーレムー! カワハラー! さよーならー!」
 ハーレムは驚いたように、声の主を見遣った。カワハラは、いつものように、柔和な笑みを浮かべて手を振っている。
「さよーならー!」
「さよーならー!」
「また来いよー!」
 ジャンの声に、彼のクラスメート達が声を揃えて叫んだ。そして、B組や他のクラスの生徒達も窓を開けて「さよならコール」に加わった。
「馬鹿野郎ー! 恥ずかしいじゃねぇかー!」
 ハーレムが怒鳴る。
「ハーレムー、カワハラー、先生はいつまでも待ってるからなー!」
 田葛の頬を、涙が伝っていた。
 ハーレムへの恋心が本当だったとしても――
(ああ、いい先生だ。自分の担任ではないクラスの生徒を、こんなにも想っている)
 ジャンの目にも涙が滲んだ。それをぐっと拭う。
 ハーレムが、この学校を中退したら、戦場に行くことになる。その話を、ジャンはどこかで聞いていた。
 その方が、彼の性にもあったからだろうが――
(死ぬなよ、ハーレム)
 ジャンは、心の中で、そっと呟いた。

後書き
パプワ話はこれで一段落です。
そうです。一段落です。
まだまだ書きたいネタはたくさんあるんですがね。
それにしても、『士官学校物語』、終わってから約十年。私は今、ほっとしています。
記念に一杯やりたいなぁ。梅ジュースでも(笑)
一度このシリーズ、封印したいと思ったこともありました。けれど、いろんな人達の声援のおかげで、書き終わることができました。まだ裏士官学校物語が残ってますけどね(汗)。
それでは。今まで付き合ってきた方々、アディオス!


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