士官学校物語・冬 ニールによって、その情報がもたらされると、1年A組は俄かにどよめいた。 「ハーレムは前々から学校を辞めるつもりでいたようですが、なんでカワハラまで?」 高松がニールに質問する。 「話に聞いて、カワハラを養子にした人達が、ガンマ団でなく、どこか他の高校に通わせるって。カワハラから、学校を辞めたいって話だったよ」 「それはまたどうしてだい? カワハラは、ここにいて、随分楽しそうだったじゃないか」 サービスが、頭を捻った。 「……人殺しには、なりたくないんだってさ」 「はぁ?」 「わかるで。その気持ち」 今度は野沢だ。 「わいは、柔道の力を買われて、ここに来たんや。姉貴に迷惑かけるの嫌やから、学費のかからないこの学校に来たんやけど、卒業したら、人を殺さなあかんかかもしれんやん。わい、それが嫌なんや」 「だからと言って、学校を辞めるか?」 「いや。ここ辞めたら、わい行くとこないねん」 「つまり、兄さんの方針が不満だってわけだね」 「人を殺せっちゅう以外は、ここは天国のようなもんや」 「天国に行くのは君だけにしてくれ。僕はまだ死にたくない」 サービスは、どう云う訳か、いつも以上につっかかる。 「なんや。ブラックジョークやな。何怒っとるんや」 「別に何も」 サービスはそっぽを向いた。 (ハーレムとカワハラがいなくなったら、寂しくなるなぁ) 「あんな奴らでも、いなくなったら寂しくなりますねぇ……」 ジャンは、ぎょっとして高松の方を振り向いた。自分の心が読まれたかと思ったらしかった。 しかし、それは、高松の、ひいてはA組のメンバー全員の心だった。 「ハーレムってえばってたけど――」 「カワハラって女みたいなヤツだったけど――」 「まさか辞めるなんてなぁ」 そう言って、何人かは、盛大な溜め息を吐いた。サービス親衛隊の顔も、どこか暗い。サービスが、ぴりぴりしているようであっても、実は落ち込んでいるのがわかったからだ。それに、彼らは、ハーレムのことも嫌いではなかった。サービスと双子、と云うこともあり、どこか親近感を持っていた。ハーレム自体は、そんな彼らのことを気に留めた様子もなかったが。 ハーレムはトラブルメーカーだった。カワハラも、そんなハーレムを止めようとはしなかった。かえって煽ったりしたこともある。 先生にとっては助かるか、と、ジャンは考えたが―― 「ハーレムがいなくなると、田葛泣くな」 ニールがぽつりと言った。 (あ、そうか) いつぞやのニールの台詞を思い出した。確か、田葛が、ハーレムを好きだとかどうとか――。 そのときは深く考えなかったが、もし、その話が本当だとすると、辛いだろうなと察した。 自分だって、サービスと別れ別れになったら、多分、死ぬより辛い。 (ごめん。ソネ。俺はこの地で、おまえより大切な奴を見つけてしまった) ガララ、と戸が開いて、田葛先生が入ってきた。 「おはよう、諸君!」 彼は胸を張って、眼鏡の向こうの目は、いつもより輝いている。 「なんだ、元気じゃないか」 ジャンは些かほっとした。 「馬鹿だな、ジャン。空元気に決まってるじゃんか」 ニールが耳元で囁いた。 「今から授業を――」 「あっ! ハーレムだ!」 「カワハラもいるぞぉ!」 「っておい、人の話を――」 ――聞く訳もなく、生徒達は窓の方に殺到した。田葛も、本当は気にかけていたらしい。学生達と共に、窓を見る。 ジャンは、がらっと窓を開けた。 「何するんだ、ジャン。寒いよ」 もう暦の上では春だとは云え、この地方には、まだ寒さが残っている。雪も降ることがある。 サービスのクレームも耳に入れず、ジャンは叫び出した。 「おーい、ハーレムー! カワハラー! さよーならー!」 ハーレムは驚いたように、声の主を見遣った。カワハラは、いつものように、柔和な笑みを浮かべて手を振っている。 「さよーならー!」 「さよーならー!」 「また来いよー!」 ジャンの声に、彼のクラスメート達が声を揃えて叫んだ。そして、B組や他のクラスの生徒達も窓を開けて「さよならコール」に加わった。 「馬鹿野郎ー! 恥ずかしいじゃねぇかー!」 ハーレムが怒鳴る。 「ハーレムー、カワハラー、先生はいつまでも待ってるからなー!」 田葛の頬を、涙が伝っていた。 ハーレムへの恋心が本当だったとしても―― (ああ、いい先生だ。自分の担任ではないクラスの生徒を、こんなにも想っている) ジャンの目にも涙が滲んだ。それをぐっと拭う。 ハーレムが、この学校を中退したら、戦場に行くことになる。その話を、ジャンはどこかで聞いていた。 その方が、彼の性にもあったからだろうが―― (死ぬなよ、ハーレム) ジャンは、心の中で、そっと呟いた。 後書き パプワ話はこれで一段落です。 そうです。一段落です。 まだまだ書きたいネタはたくさんあるんですがね。 それにしても、『士官学校物語』、終わってから約十年。私は今、ほっとしています。 記念に一杯やりたいなぁ。梅ジュースでも(笑) 一度このシリーズ、封印したいと思ったこともありました。けれど、いろんな人達の声援のおかげで、書き終わることができました。まだ裏士官学校物語が残ってますけどね(汗)。 それでは。今まで付き合ってきた方々、アディオス! |