ハーレムの最期

※死にネタ注意

「それでは――K国の残党がまだ活躍してると」
 マジックは現役の総帥の時のように眉間に皺を寄せながら弟ハーレムに訊いた。
「おう。兄貴も気をつけておけよ」
「言われるまでもない。ニュースソースは?」
「秘密」
 じゃあな、と言ってハーレムは踵を返す。そして扉を開けて廊下に出て行った。

「よぉ、シンタロー」
 ハーレムがシンタローに声をかけた。
「ハーレム」
 叔父の訪問がシンタローには嬉しかったが、グンマのように抱き着いたりはしない。
「今日のパーティーは盛大だろうな」
「勿論。親父の誕生日だからね」
 十二月十二日はシンタローの父マジックの誕生日だ。
「それにしても今までよく生き延びて来たなぁ、兄貴も。まぁ、命を落としそうになったことは何度もあったけど」
「パーティーはハーレムも参加するだろ?」
「ん……今は出撃命令もないしな。ロッド達も喜んでいるだろう」
「そっか。良かった」
「でもな……ちょっと嫌な予感がするんだ」
「――ハーレム、縁起でもないこと言うんじゃねぇよ」
「悪かった」
 ハーレムはくしゃっとシンタローの頭を撫でる。子供扱いされたのは嫌だったが、シンタローは何も言わなかった。
 ――けれど、ハーレムの勘はよく当たる。野性の嗅覚なのだろうか。なので、シンタローは心に留めておいた。
(まぁ、大丈夫だとは思うけど……)
 シンタローは心の中で思う。
「総帥」
「おっ、ティラミス」
「今日のパーティーの準備は私達に任せていただけませんか? シンタロー総帥もハーレム隊長もお疲れでしょう」
「そうだな。あ、そうそう。ティラミス。兄貴にK国のこと話したぞ」
「明日にしてくれても良かったと思いますが。今日はおめでたい日なので」
「それもそうだな。不吉なこと言って悪かったと兄貴に伝えてくれ」
「わかりました」
 ティラミスの姿が消えた後、シンタローが言った。
「K国に何か動きがあるの?」
「ああ――兄貴にも言っておいた。気をつけろと。ところでシンタロー、スピーチの準備はできたか?」
「できたよ」
「しっかし大変だなぁ、お前も。兄貴の誕生日の次はパプワとコタローの誕生日だろ?」
「でも、俺の大切な人達だから」
「――大人になったじゃねぇか。兄貴が聞いたら喜ぶぜ」
「んー……秘密にしておいてくれるとありがたいんだけどな」
「じゃあ、これはここだけの話だ」
「うん」

 今日はマジックの誕生日だと言うので各国からお祝いの品々の山。メッセージもたくさん届いている。
 やっぱり親父はすげぇんだな。シンタローも改めてそう思った。
(そう言えば、俺の誕生日にもいつもプレゼントが山程届いたっけ――)
 それがマジックの力だと知った時は複雑な気持ちがしたものだったけど――。
「それでは、マジック前総帥の息子、シンタローさんからのスピーチです」
 シンタローはティラミスからマイクを受け取る。その時。
 給仕の格好をした男が大きな音を立て、皆の注意を引きつけている間に他の男がサイレンサー付きの銃口をシンタローに向けた。気が付いた時には遅かった。
(しまっ……)
 シンタローは動けなかった。――次の瞬間、何者かが視界を塞ぐ。
「――ハーレム!」
 ハーレムが盾となってシンタローを護っていたのだ。
「くそっ!」
 シンタローは犯人の後を追おうとした。だが、ハーレムがぐらりと倒れた。シンタローはハーレムの手を取った。
「ハーレム……ハーレム!」
「シンタロー……ヘマしちまった。情報はあったはずなのに……」
「ハーレム……何で今更俺達が命を狙われなければならない」
「ばぁか。ガンマ団の失脚を虎視眈々と狙っている組織や国もまだまだ少なくねぇんだ。それも知らねぇとは――まだまだ甘ちゃんだな、シンタロー……」
「もういい、喋るな!」
「……ふふ、俺は一足先にあの世でルーザーと待ってる……。これからも見守ってるから……俺は……お前の幸せを望んでいる……愛してるぜ。シンタ……」
 そう言ってハーレムは絶命した。
「目を開けろー! ハーレムー!!」
 シンタローは慟哭した。
 ――犯人達は捕まった。彼らはK国のテロ組織の一員だった。

「シンタロー。風邪をひくぞ」
 シンタローはハーレムの墓の前にいる。マジックが肩を叩いた。
「親父……ほっといてくれよ……」
「兄さん……」
「サービス、何とか言ってやってくれ」
 サービスはハーレムの双子の弟である。
「何か食わないと体に悪いぞ」
「叔父さん……」
「お前はいつの頃からかハーレムと仲良くなっていたね。それが叔父さんには嬉しかったよ」
 シンタローは墓の前から動かない。もう涙も出てこない。
「ほら、お茶だ。飲め」
 サービスがポットに入った紅茶を差し出した。――あったかい。シンタローは久しぶりに人心地ついたように思った。
「シンタロー。お前も辛いかもしれんが、兄さんも辛いんだ……そんな風にお前が半病人みたいにしてると」
 シンタローがマジックの方を振り向くと、マジックは苦り切った顔で辛そうに頷いた。親父も悲しいんだ。そして、サービス叔父さんも――。
「俺、皆のところに戻るよ」
「それがいい」
 サービスがシンタローの肩を抱く。シンタローは少しだけ、泣いた。涙は涸れ果てたと思っていたのだが。

 その後、シンタローはK国のテロ組織を全滅させようとした。けれど――彼らは既に世界各国に散ってしまっている。
(俺はお前の幸せを望んでいる。愛してるぜ。シンタロー)
 ハーレムの最期の言葉。
 ハーレムめ……殺しても死なないような顔をして何で死んじまったんだ。
 その時、コンコンコンとノックが鳴った。
「シンタロー」
 ジャンが入って来た。どうした、と訊いたらジャンがこう答えた。
「少しでも――話ができたらと思って……」
「ああ――」
「ココア飲むだろ? 俺もサービスが死んだら、今のお前みたいな感じになると思うんだ。――愛してたんだな。あの男を。シンタロー」
 愛してる。そうかもしれない。――雪が降って来た。
 パプワ達の誕生会の時も、シンタローは生ける屍のようだった。そんなシンタローに島の皆は優しく接してくれた。
 死人に心を傾けている暇はない。シンタローは一刻も早く生気を取り戻さなくてはならなかった。そうは言ってもなかなか立ち直れない。悲しみに満ちた心が言うことをきかない。
 では自分が死ねば良かったのか。あの豪放磊落で笑顔のよく似合う男を死なせるぐらいなら。
 ハーレム、済まない。――シンタローは心の中で小さく謝った。

後書き
光シリーズも最終章に入ってまいりました。
この『ハーレムの最期』の着想は高校時代に既にありました。あれから二十年近く――年月かけ過ぎですね、自分。
本当は昨日アップしようと思いましたが、せっかくのマジックの誕生日に……と考えまして。こういうところでは私はティラミスと同意見なんです。
ハーレムの最期の言葉は何度か書き変えました。
これを読んで気を悪くした方、すみません。でも、どうしても書きたかったんだぁ!
2015.12.13

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