ハーレムの残したもの

「不老不死の研究をやめろだって?」
 ジャンが素っ頓狂な声を出した。
「そうだ」
 シンタローの叔父、サービスが頷いた。ジャンが言い募る。
「どうして! 俺はお前の為に……!」
「団員を実験台にするのが私の為かい? そんなことされても、私はちっとも嬉しくないね」
「サービス……」
 この話し合いをセッティングしたのはガンマ団総帥シンタローと、ジャンや高松と共に研究をしていたキンタローである。サービスはキンタローから詳しい話を聞かされてしばし呆然としていた。
「あいつらが……セリザワを……」
 ジャンと高松。あの二人を止められるのはサービスしかいないということで、シンタローとキンタローが頼んだのだ。サービスもシンタロー達に協力するのにやぶさかではなさそうだった。
「サービス……俺は、お前に死んで欲しくない」
 真剣な顔でジャンは言った。高松は神妙な顔で聞いている。高松が団員の誰彼を実験台にするのはいつものことではあったが。
 でも、まさか、ジャンが、ジャンまでが……。
 尤も、ジャンも目的の為には手段を選ばない男であった。
「おい、ジャン、お前、高松に踊らされてるんじゃねぇのか?」
「失礼ですねぇ。シンタロー君。いえ、シンタロー総帥――ジャンは自分の意志で研究に加わったんですよ」
「俺は――自分が実験材料になっても構わない。サービスに死んで欲しくないから。……ハーレムみたく」
 ハーレムはサービスの双子の弟。敵国の輩からシンタローを庇って殺されたのだ。
「私は……いつ死んでもいいと思ってるよ。天国でハーレムと酒を酌み交わすのもいいかと思っている。――天国へ行ったなら、ハーレムだってアル中にはならんだろうし」
「それなら、まぁ、構わないですけど……我々の研究はあなただけの為にやっている訳ではないんですよ」
 高松が口を開いた。ジャンが叫んだ。
「高松!」
「まぁ、ジャンはサービス――あなたの為にやっているのでしょうが……」
 高松が尚も続けようとした時だった。
「大変だ!」
 マジックが駆け込んできた。
「何があったか知らねぇけど、用事なら後にしろよ、親父」
 シンタローがマジックを窘めた。
「いや、あのね、シンちゃん。もう、お客様は来てるんだけど……」
「何?」
 ドアの陰から現れたのは老女と少年――少年はハーレムの幼い頃にそっくりだった。だが、髪はオレンジ色である。
(何か、写真で見たような顔の少年だな)
 シンタローは思った。
 老女はカトリックのシスターの格好をしている。
「お初にお目にかかります。私はアグネス。そしてこの子が――」
「レックスだよ」
 レックス。ラテン語で「王」という意味だ。シンタローは言った。
「は。初めまして。アグネスさん、それから、レックスくん。訊きたいことがあるんだけど――君のお父さんはハーレムという男かい?」
「そうだよ。会ったことはないけどな。俺はアグネスおばさんに育てられたんだ」
 アグネスがお辞儀をした。
「今度ガンマ団の領地に孤児院を建てさせていただくことになりましたから、ご挨拶をと――」
「それはわざわざどうも――」
 シンタローとキンタローの視線はレックスに注がれていた。
「何だよ。おじさん達――じろじろ見て」
「あ、いや……見れば見る程ハーレム叔父さんにそっくりだなと思って」
 シンタローが頭を掻いた。本当はお兄さんと呼んで欲しかったが、この歳でそれは少々厚かましいだろう。
「俺の親父、俺が生まれたばかりの頃に死んだんだってな――」
「ああ。そうだよ。……俺を庇ってな。立派に死んだよ――」
 そう言いながら、シンタローはうっすら涙をこぼした。
 この子はきっと、ハーレムの残したもの――。
「ハーレムは誰にでも好かれたよ。敵はともかくとしてな――」
「うん」
 レックスもハーレムを誇りに思っているらしい。アグネスの教育が良かったのだろうか。そういえば、さっきレックスはアグネスに育てられたと言っていた。
「あの、君のお母さんはアグネスなのかい?」
「ううん。俺のお袋は別にいるよ。な?」
 レックスがアグネスに向き直る。
「ええ。イレイナという、それはそれは美しい人でしたわ。私の友人でもあるのだけれど――」
「ま、飛行機事故で死んじゃったんだけど」
 レックスは何でもないことのように言う。ハーレムに似て精神面が強いのだろうか。それとも、もうその歳で悟りを開いているのか。
 アグネスという女はクリスチャンだから、精神的にもレックスの支えになってくれていたに違いない。レックスはにこっと笑った。
 ――……可愛いな。
 ハーレムも小さい頃はこんなに可愛かったのだと思うと、シンタローはもう一度タイムスリップでもしたくなって来た。幼少の頃のハーレムとサービスに会いに。
 マジックはどっちでもいいが。
「宜しくな、レックスくん」
「おう。レックスでいいぜ」
 レックスは手を差し出した。シンタローとキンタローが代わる代わる少年と握手をする。
「レックスくん、君がここにいても私達はちっとも構わないんだが」
 マジックが言う。
「尤も、アグネスさんの意見も聞かないと駄目だけれど」
「レックス。あなたはどうなさるの?」
 アグネスは上品に訊いた。
「うーん……」
「きっと皆歓迎してくれるよ。――ああ、俺はシンタロー。このガンマ団の総帥だ。因みに前総帥はこっちにいるマジックだ」
「マジック……話には聞いたことあるぞ。昔は殺し屋やってたんだってな。でも、今は世界の警察みたいなことやってんだって? アグネスおばさんから聞いたよ」
「はは、シンちゃんがよく働いてくれているのでね」
 マジックが得意そうに胸を張る。
「――俺、ここにいてもいいかな?」
「いいとも」
 話は決まった。レックスは早速、このガンマ団に居住エリアをもらうことに決まった。マジックが手続きの為に出て行った。続いてキンタローも。シンタローは許可をもらい後に残った。
「レックスくん――」
「アンタは?」
「サービスだ。君のお父さん、ハーレムの双子の弟だよ」
「親父と似てないね。写真で見たことあるけど。実物の方が美人なんだな」
「そうそう。サービスは美人だろ?」
 ジャンがひょこっと顔を出す。親友を褒められたのが嬉しいのだろう。
「でも、サービス叔父さんより親父の方がかっこいいな」
「――死に際が輝いていたからね。ある意味戦死だし」
 サービスが微笑む。レックスもにっと口角を上げたようにシンタローには見えた。サービスが命じた。
「ジャン、お茶を淹れてくれ」
「はいはい」
 ジャンはその場を後にした。サービスはレックスに向かって話す。
「訓練の賜物でね――ジャンはとっても美味しい紅茶を淹れられるようになったんだよ」
「楽しみだな」
「私が育てた茶葉ですからね」
 高松が念を押す。――そういえば、この男もいたんだった。シンタローが続けてこう言った。
「レックス。君のことを詳しく知りたい。後で君の部屋に遊びに行っていいかい?」
「別に構わねぇけど。俺の部屋って言ったって、アンタらからの借り物の部屋だしさ」
「レックス……」
 借り物の部屋。その言葉にシンタローの胸が痛んだ。だが、こうも思った。
 問題や歪もいろいろあるけれど、いずれ本物の家族になることが出来るさ。レックス――ハーレムが残した息子にとってのな。

後書き
新シリーズです。
ハーレムの息子、レックスくんが主人公。
皆様、良かったらどうぞ宜しく。
2018.06.04

BACK/HOME