ハーレムの息子
「さ、案内してあげよう」
サービスがレックスに手を差し出した。レックスが「ん」と言いながら手を取った。
「ここってだだっ広いな」
「嫌かい?」
「別に広くたって狭くたって構やしないよ。俺、世話になる立場なんだから」
「――君は、ハーレムが小さい頃より大人だね」
「うん。だって俺、親父を超えるって決めてるもん」
「――いい子だ」
サービスがレックスの頭を優しく撫でる。レックスが嬉しそうに笑う。――こういうところは年相応なんだな、と、サービスは思った。
「サービス……叔父さん。……叔父さんはいい匂いがするな。花の匂いだ」
「どうも」
「香水ってヤツ?」
「そうだよ」
「俺の部屋どこ?」
「ここだよ」
居住エリアの一室に立派な扉があった。かちゃり、とサービスがドアを開ける。
「ふぅん、ここも広いんだぁ」
子供らしく目を瞠っているレックスを見て、サービスはくすっと笑った。
「すげぇすげぇ」
「どたどたと走るんじゃない」
こういうところはハーレムにそっくりだと、サービスは思った。――かつての自分とも。サービスはハーレムとレックスを重ね合わせた。涙が出てくる。サービスは目元に手を当てた。
「どうしたの? 叔父さん」
「――陽の光が目に染みたもんでね」
「今日はいい天気だもんな。叔父さんの目って、光に弱いんだな。色素が薄いせいかな」
「レックスは平気かい?」
「平気平気」
「今日はここでアフタヌーンティーにしようか」
「アフタヌーンティーって、何?」
孤児院ではそういうことをやらなかったのだろうか。サービスは言った。
「イギリスに伝わる、本格的なティータイムだ」
「ティータイムなら孤児院でもやったよ。なぁ、いつかアグネスも呼んでいい?」
「勿論!」
コンコンコン。ノックの音がした。
「レックス、早速来てやったぜ」
「シンタロー!」
レックスがててて、と駆けて行った。
「シンタロー。この部屋でアフタヌーンティーをやろうかって、レックスと話してたんだ」
「どうせだったら外にしようよ。サービス叔父さん。こんなにいい晴れ晴れとした天気なんだからさ。親父も張り切って用意しているみたいだし」
「あ、それ……日の光はサービスが泣くからダメなんだ」
「いいんだよ。私は数えきれないくらい、庭の薔薇園でアフタヌーンティーをたしなんで来たからね。日光ぐらいへっちゃらなんだよ」
サービスが優しく言ってやる。レックスはサービスのことを気遣っている。サービスはそれが嬉しかった。
(優しいところは父親似かな。――それとも、母親似かな)
いずれにせよ、いい環境で育ってきたのだと、サービスは思った。
「なぁ、叔父さん、シンタロー。俺の夢、聞いてくれる?」
「何だい?」
「俺ね、宇宙飛行士になりたいんだ。アグネスが『絶対なれる』って言ってくれた」
「それは良かったな」
「でも、それには沢山の勉強をしなきゃならないんだって。困ったよな。俺、勉強は嫌いなのに」
「僕は勉強で一度だけハーレムに負けたことあるよ。僕だって勉強は出来た方なんだけどね」
「ほんと?! やっぱり親父ってすげぇんだなぁ」
レックスは目をきらきら輝かせている。サービスには眩しく感じられた。この子は――ハーレムよりも頭がいいかもしれない。
(やっぱりシスター・アグネスの育て方も良かったんだな――)
サービスは改めてシスター・アグネスに感謝をした。レックスはシンタローとサービスに手を伸ばした。二人はレックスの手を取った。わーい、わーいとレックスがはしゃいでいる。
庭に行くと、マジックが待っていた。
「やぁ」
「兄さん――もう準備を始めてたんですね」
「ああ。レックス。今日はこの庭でアフタヌーンティーをやろう。君が来てくれたお祝いにね。……後で呼びに行こうとしたんだけど、シンちゃんがレックスを連れてきたんだね」
「親父……シンちゃんはやめろ」
「どうしてだね? 五十になろうと六十になろうと、シンちゃんは私の可愛い息子だよ」
「ふん」
「なぁ、サービス叔父さん。シンタローとマジック伯父さんはいつもああなのか?」
レックスはサービスの耳に囁いた。サービスは苦笑した。
「あんなもんだよ。今ではマシになった方さ」
「ふぅん……」
サービスにはレックスの姿が、ここに来た時より小さく儚く見えた。レックスには実の親とこうやって笑い合ったり喧嘩したりすることも出来ないのだ。それが、サービスには不憫だった。
「お父様ー!」
「お前も来ていたのか。ハーレムの息子――レックス」
「グンマ! キンタロー!」――マジックが叫ぶ。
「はい、レックスくんだっけ? いい子にしてましたか?」
「うーん、どうかな……」
グンマの呼びかけにサービスが言った。
「何だよ。サービス叔父さん。俺、いい子だったろ?」
「冗談だよ。ハーレムの息子にしてはいい子だ」
「――親父は悪い子だったのかよ」
「まぁ、小さい頃は悪ガキと言われてたね。でも、気のいいガキ大将だった。――大人になってもその癖が抜けないのには困ったけれど」
サービスは特戦部隊のことを言っているのである。
「でもさ、俺達ジャンの紅茶飲んだばかりだぜ」
「僕達イギリス人は紅茶が好きなのさ」
サービスが説明する。
「そういうこと。紅茶とお菓子持って来たぜー」
ジャンがやって来た。
「ジャン――先程の紅茶、旨かったぜ。だから……ありがと」
「へぇー。素直な子じゃないか。本当にハーレムの子供かい?」
ジャンは相好を崩した。
「兄さん」
薔薇園の間から、コタローも姿を現した。
「あ、その子、ハーレム叔父さんにそっくりー」
「コタロー、ハーレム叔父さんの息子のレックスだ」
シンタローが紹介した。
「宜しく。コタローお兄ちゃん」
「宜しくー。家族だって思って甘えてくれてもいいからね」
「――レックス、君も大変だったかもしれないが、コタローだって可哀想だったんだ。話の続きは食べながらしようね」
「シンタロー。せっかくのティータイムに深刻な話持ち出すなよ」
そう言うジャンに、
「うるせー! 諸悪の根源!」
と、シンタローが怒鳴って、ジャンを黙らせた。
「俺は聞きたいな。コタローお兄ちゃんの話」
「よしよし、レックスは優しいね。でもいいよ。僕にまで気を使わなくても。ほら。呼び捨てでいいからさぁ――」
「わかった。コタロー」
アフタヌーンティーは楽しかった。ジャンはレックスが興味を持ちそうな話をして、深刻な話題とやらを上らせないようにしていた。レックスはアフタヌーンティーに出て来たお菓子に感激しているようだった。
後書き
レックスは皆に受け入れられそうですね。サービスもレックスのことを可愛がってくれるでしょう。
あ、レックスというのはオリキャラね。
最初、ハイティーにしようかと思ったけど、アフタヌーンティーに変更しました。
2018.06.11
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