ハーレムとイレイナ

「おーい、ガキどもどこ行った~?」
 ふわぁ、とあくびをしながら出て来たのは生前、特戦部隊隊長だったハーレム。
「レックス達なら遊びに行ったわよ」
 と、その妻イレイナ。
「そっかぁ。ったく、よく飽きねぇな」
「あなただって似たようなものだったって聞いてるけど?」
「確かに」
 ここは天国。パプワ島に似たパラダイス。リキッド元気かな、とハーレムは考える。あれでも、大事な部下だったのだから。元部下と言った方がいいかもしれない。――パプワ達はすっかり大人になっていた。
「よっ、誰もいねぇんだったらさ……」
 ハーレムがイレイナに顔を近づける。化粧品の香りがした。
「あら、うふふ……」
 イレイナが目を閉じる。すると――。人の気配。
「わっ!」
「レックス!」
 ハーレムとイレイナが驚きの声を出す。
「どうしたんだよぉ。続けてもいいんだぜ」
 と、レックス。
「いや……お前、遊びに行ったんじゃなかったのか?」
「忘れ物取りに来た。じゃ、お二人さん。――これからもよろしくやってくれ。邪魔はしないから。ヒッヒッヒ……」
 レックスが去った。ハーレムが溜息を吐いた。
「ったく、どこであんな言い回し覚えて来るんだか」
「いいじゃない。レックスだってもういい大人なのよ」
「――姿はガキだけどな」
 ハーレムが髪をくしゃっとかき乱した。
「白けたな……」
「ふふ……」
「なぁ、イレイナ。――どうしてレックスのこと俺に秘密にしておいたんだ?」
「ん?」
「ほら――俺に息子がいると言うことをお前言わなかっただろ。後から知った話だがな」
「……びっくりさせようと思って。でも、あなたには絶対に会わせるつもりだったのよ」
「びっくりさせようって、お前なぁ……レックスの性格はお前に似たんだな」
「あら、あなたに似たのよ。――優しいところとか」
「今度は褒め殺しか。大体、俺は殺し屋だったんだぞ。優しい訳あるか」
「あら。本当は優しいじゃない。レックスの面倒だってよく見てくれているし」
「レックスが面倒を見てくれている、と言う方が正しいんじゃねぇか?」
「僕もそれに賛成だね」
「――サービス!」
 ハーレムの双子の弟、サービスである。さらさらした金色の長い髪。ほのかな香水の匂い。もし初対面の人が見たら驚く程の美貌――。
「やぁ。イレイナ義姉さん」
「ハーイ、サービス」
「何しに来たんだよ。お前」
「ハーレムと義姉さんに会いに。――レックスが来てくれって言うから」
「……せっかくイレイナと久しぶりに二人きりになれたと思ったのに。それにしてもおめぇもレックスには弱いんだな」
「可愛い甥だからね」
「見た目は俺に似たからな。髪の色は違うがな」
 レックスのオレンジ色の髪は母親のイレイナ譲りである。ハーレムの髪は硬質の金髪だ。それを今も伸ばしている。
「仕方ねぇ。いちゃつくのは後回しにしようぜ」
「そうね。紅茶いるでしょ? サービス」
「義姉さんは気を使ってくれるから有り難いね。こんないい女なかなかいないですよ。どうしてハーレムと結婚したんです?」
「――惚れたからに決まってるでしょ」
「のろけてくれますね。ハーレムよりいい男は随分いたでしょう」
「ちょっと待てサービス。どういう意味だ」
 ハーレムが渋い顔をしながら話題に入る。
「そうねぇ。でも……一目惚れだったのよ」
「それこそ、イレイナは見る目があったってことだ」
「義姉さんも物好きな――ハーレムだって、リキッド君にフラれたくせに」
「リキッドはあの島の方が向いている」
 リキッドはパプワ島の番人になった。いつまでも若いままなので、高松によく実験台にされている。高松も時々パプワ島に遊びに行くのだ。
「地上の様子、時々見てんだが、あいつら観察すると面白くって」
「それは同感」
 サービスもハーレムに頷く。
「ハーレム……地上には降り立たないの?」
「んー、まだ、レックスに借りを返してないからな」
「借りを返す? 君にそんな概念があったのかい」
「失礼だぞ。サービス」
「だって君、リキッド君に負債を返してないじゃないか」
「万馬券で返したぞ」
「足りないね……」
「ほんと。リキッドさんには会ったことないけど、ハーレムが随分お世話になったんでしょ? 挨拶ぐらいしておきたかったわ」
「うん。リキッド君はいい子だよ。コタローの面倒も見ていたしね」
「そのようね、サービス……コタロー君も、今は落ち着いて良かったわね」
 イレイナもコタローの話は聞いているのである。
「ああ。一時はどうなることかと思ったけど」
「早めの反抗期だったのよ。きっと」
 イレイナはくすくす笑う。
「レックスはいい子だけれど、反抗期はなかったのかい?」
「あいつの反抗期に俺達はいなかったろ」
「そうねぇ……私もハーレムも死んじゃってたからねぇ……あの子に寂しい思いをさせて。でも、お友達には感謝だわ。お茶淹れて来るわね」
「ありがとう。義姉さん」
「そういう時はどうぞお構いなくって普通言うもんだろ? てめぇは昔から遠慮深いようでいてふてぶてしいというか何というか」
「――好意は有り難く受け取らないと」
「ちゃっかりしてるぜ。全く」
「――あなたとサービスって、似ていないようでやっぱり似てるのねぇ……」
 イレイナがしみじみといった体で呟く。
「あ、そうだわ。お湯沸かしに行かないと」
 イレイナが台所の奥に引っ込む。
「――いい女だね」
 サービスが言う。
「やらんぞ。大体てめぇにゃジャンがいるじゃねぇか」
「僕だって人妻に手出しはしないよ。それに、君やレックスを悲しませたくない」
「……ちゃんと心得てるじゃねぇか」
「特にレックスは悲しませたくない」
「あっそ」
 ――お湯が沸いてケトルが鳴った。そして、程なくイレイナが台所から現れた。
「ロシアンティーよ。ジャムも持って来ましたからね。――サービス、あなた私のジャムを褒めてくれたんですって? レックスから聞いたわ」
「やぁ、お喋りだな。レックスは。うん、天国でしか味わえない味だよ」
「よく言う」
「何か言って? あなた」――イレイナがハーレムの方を向く。
「何にも。俺にも茶ぁくれ」
 イレイナはカップとスプーンの乗ったソーサーを置いた。――三人分。そうして、ハーレム達は近況や思い出話に花を咲かせるのだった。夕方になったら息子のレックスが帰って来るかもな、ハーレムは思った。これが幸せな家庭生活というヤツか――そうも思った。

後書き
またもやレックスシリーズです。でも、今回はレックスは主人公ではありません。
イレイナさんのロシアンティーは私も飲みたいなぁ。ジャムも舐めたい。
今回、サービスが出張ってます。サービスもこの夫婦のことについては温かい目で見守っていることでしょう。
2018.11.11

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