『Happy birthday Loser』

「ハッピーバースデイ、ルーザー」
 今日は、高級レストランを借り切って、身内だけのパーティーである。
 僕の大好物が次々に出て来る。もちろん、トマトとモッツァレラチーズもだ。
 その前に、高松くんは、写真から引きのばしたポートレートをくれた。
 このパーティーに来られないのを、残念がっていたっけ。でも、聞きわけよく、
「楽しんでください」
 なんて言ってくれた。
 みんながみんな、高松くんの様に素直だったらいいのにな、と、僕は思う。
 不愉快そうに料理を切り分けている、獅子頭の弟を見て。
 この弟の名はハーレム。同じ双子でも、いい子のサービスとはえらい違いだ。
 けれども、僕は、このハーレムが好きだ。
 なんだかんだいって弟なのだから。それに――。
 などと、考え事をしていたら、マジック兄さんが、
「サービスが、プレゼントがあるそうだよ」
 と言った。
 マジック兄さんからは、既に宝石をあしらったハンカチをもらっている。
「ルーザー兄さん……」
「何だい?」
「香水なんだけど……ルーザー兄さんにぴったりだと思って」
「へぇ……どんな香水か楽しみだな。ありがとう、サービス」
 綺麗な包み紙のプレゼントを渡された。
「ハーレムは何かないのかい?」
 と、僕は一応水を向ける。
「ない」
 ハーレムは言下に言い放った。
 サービスが忍び笑いをした。
「ハーレムね、ルーザー兄さんへのプレゼントを落としたんだって」
「お……落としてねぇよ! 前から用意してなかったんだ!」
「ふぅん……」
 僕への贈り物を準備してなかったなんて、冒讀だね。
 お仕置きが必要かな。今度はどんなのがいいだろう。
 ハーレムもあれで、なかなかそそるからなぁ……。
 うん。それがハーレムにできる誕生日プレゼントだな。
 僕が独り決めしていると、マジック兄さんが、
「ハーレムは今年はプレゼントなしかい」
 と言った。
 そうなのだ。いろいろ口さがない割には、ハーレムは僕へのプレゼントを欠かしたことはない。
 去年はくるみ割り人形だった。僕はチャイコフスキーの『くるみ割り人形』が大好きなので、本当に嬉しかった。
 あと、一昨年は――。
 僕は記憶を手繰っていった。
「んだよ。そんなに不服か? そんなにじろじろ見て」
 僕は、いつの間にかハーレムに視線を遣っていたらしい。
「きっと気を悪くしたんだよ、ハーレム。ルーザー兄さんへのプレゼント、持ってきてないなんて。兄さんは優しいから怒らないけど」
 サービスの言葉に、
「悪かったな」
 と、ハーレムはちっとも謝意がこもっていない台詞を吐いた。
 ハーレム……お仕置き決定……。
「まぁ、いいじゃないか。飲もう」
 マジック兄さんがシャンパングラスを高々と上げた。
「何で俺ら酒じゃねぇんだよ」
 ハーレムが不満をもらす。
「当たり前だ! おまえは未成年だろ! ルーザーは今年、酒が飲める年齢になったのだからな」
「ちぇっ」
 舌打ちをするハーレム。
 ああ、ハーレム……そんなおまえが可愛い。

 料理を堪能して、家に帰って来た後、僕の足は床に落ちていた箱に触れた。
 なんだろうと思って見ると……。
 金のネックレスだった。
 しかも、添えてあったカードには、お世辞にも上手いとは言えない文字で、
『Happy Birthday Loser』と書かれてあった。
 きっと、ハーレムだ。
 僕はふふっと笑った。
 素直じゃないんだからなぁ、もう。
 お仕置きは諦めるか。
 それにしても、これが今年のプレゼントか。
 高かっただろう。吝嗇家のあの子が、珍しく奮発したというわけだ。
 これも大事にしよう。
 僕はそのネックレスを首につけた。
 しかし、相変わらず間抜けだな。肝心の品物を落とすなんて。
 ハーレムらしいといえば、らしいけど。
 僕は鏡を見た。
 装飾品がきらきらと光っていた。
 うん、綺麗だ。
 ハーレムがこの、リビングのドアを開けた。
 その時の彼の顔と言ったら!
 安堵と驚きが入り混じった表情をしていた。
「な……それ……」
 ハーレムは指さした。
「どこで見つけたんだよ」
「ここで。おまえは相変わらず馬鹿だねぇ」
「ふん。また悪口かよ」
「悪口じゃないよ。馬鹿な子ほど可愛いって、いうじゃないか」
「俺は、可愛くなくてもいい」
 ハーレムはそっぽを向いた。
 可愛げのないところが、可愛い。
 僕は、彼を抱きしめたくなった。その中に、やましい気分はない。
 ほんとだよ。
「ありがとう、ハーレム」
「……俺じゃねぇっての」
「じゃあ誰だい? 他に心当たりはないんだけどな」
「知らねぇよ」
 僕はまた笑ってしまった。
「君にしては、お洒落なプレゼントじゃないか」
「『君にしては』は余計だ」
 君にしてはお洒落なプレゼント――毎年口にしている気がする。
 そうだな。ネックレスももらったことだし、あとは――
「ハーレム、お礼をしなきゃね。――ベッドの中で」
 ハーレムは、ゆで蛸みたいに赤くなった。
 いらねぇよ、と言った弟は、照れたように怒った。それもポーズだということを僕は、知っている。

2011.6.12

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