マジック総帥の花嫁

『マジック総帥とレイチェル・リタ・ワーウィック、もうすぐ挙式!』
 新聞にはデカデカとそういった文字が踊り、総帥服姿のマジックとドレスを着たレイチェル――彼の婚約者の笑っている姿があった。
『黒豹団』のリーダー、李道成がわなわなと肩を震わせていた。
「兄さん……」
 李道成の弟、島谷道理が心配そうに見遣っていた。
「あの雌狐め……許さん!」
 いつもの冷静な仮面をかなぐり捨てて、李道成は歯を剥き出しにした。
「マジックと一緒に屠ってやる!」

 結婚式当日――。
 レイチェルは白いウェディングドレスに身を包んでいた。
 とうとう来たわ。この日が――。
 式は教会で挙げる。殺し屋の嫁になる娘にとっては、些か運命の皮肉めいたものを感じないでもないが――。
(まぁ、いいわ)
 今がとても幸せだから――。
 バージンロードは、マジックの祖父、ブッシュ・ド・ノエルと歩く。レイチェルの父グレッグは既に他界していたからである。
(お父さん、お兄さん、天国から見ててね――)
 レイチェルの母、ロベリアは参加している。母に花嫁姿を見せることができるだけでも嬉しかった。例え、相手があのマジックであったとしても――。
 レイチェルは今は、マジックを愛している。
 マジックが彼女の真っ白なドレス姿を見て微笑んだ。ヴェールが光に透き通って綺麗に見えるだろう。
「レイチェル――私の最高の花嫁」
 マジックがそう呟いたのがレイチェルには聞こえた。――式が始まり、教会の牧師が言った。
「新郎、マジック・ブルーシークレットストーン。汝は健やかなる時も病める時も――」
 牧師が続けようとした時だった。
 ガシャーン! ――と、ステンドグラスが割れた。手榴弾だ。――爆音が轟く。辺りに黒煙が広がる。
「きゃああ!」
「うわあ!」
 無事だった者は散り散りに逃げ出した。会場はパニック状態。柱が倒れ、レイチェルを庇ったマジックは強かに肩を打った。
「マジック! 大丈夫?! マジック!」
「ああ、早く逃げ……」
 レイチェルを逃がすとマジックも倒れた――。
「マジック、マジック!」
 マジック総帥の花嫁は泣きながら叫ぶ。やがて、救急車のサイレンが聞こえた――。

「大変だったね。兄さん」
 サービスが花を活けながら声をかける。レイチェルもマジックの病室のベッドのそばに座っていた。
「なぁに。大したことないよ。おまえも無事で良かったよ」
「うん。神のご加護ってやつかな」
 マジックとレイチェルの結婚式の途中、教会に爆弾が投げ込まれた――それは、世界中にニュースとなって知れ渡った。怪我人はマジック一人。他は全員無事である。ただ、あの教会は建て直さねばならない。
 取材陣はルーザーとハーレムが相手をしている。いろいろな噂が囁かれているが――。レイチェルが一番頭に来たのは、この件もマジック総帥の自作自演ではないかという説だ。そんなことをして、マジックに何の益があるというのだ。彼は被害者なのに――。
「ねぇ、兄さん。兄さんの結婚式を攻撃した人って誰だかわかる?」
 サービスが訊いた。
「まぁな――だが、祝いの席でのことだ。今のところは不問に付すことにしよう。取り敢えず、誰も死ななくて良かった」
「兄さん……」
 サービスは肩を竦めた。
「とんだ祝いだったね」
「ああ……でも、レイチェル。君はずっと私のそばにいてくれるだろう?」
「はい」
「一生だな」
「一生です」
 そして、二人は顔を見交わせて笑った。
「君も私の命を狙っていたんだっけね」
「ええ……まぁ……でも、そういうことは言いっこなしですわ」
「何上品に澄ましているんだね? 素顔の君は大層おてんばだったぞ」
「嫌だわ……」
 レイチェルはくすくす笑いを止めた後、マジックに向かって真顔になった。
「マジック……私を庇ってくれてありがとう」
「それはもう、何度も聞いたよ」
「あら、でも、聞き飽きるということはないでしょう?」
「ああ。君がいなかったら、私も生きてはいない――もし君が死んだら、犯人に復讐をした後、私も君を追って自殺をしていたよ……」
「駄目!」
 レイチェルはマジックの手を取ってぎゅっと両手で挟み込んだ。
「私が死んでも――あなただけは生き抜いて。約束よ」
「ああ、わかった……私もガンマ団の総帥だ。そう簡単には死ねない」
「そう。それに、いずれ子供も生まれると思うの。子供の為にも生きて、ね」
「わかった……君も、生きて……」
 マジックはすぅっと眠りに入り込んだ。
「疲れてたのね。マジック」
 レイチェルは愛おしそうにマジックの頭を撫でた。サービスはいつの間にかいなくなっていた。

 レイチェルが飲み物を買いに廊下に出ると――。
「やあ、義姉さん」
 サービスが声をかけた。
「どこへ行くの?」
「自動販売機よ。喉が渇いたから。マジックにも何か買ってあげようかしら」
「甲斐甲斐しいね。義姉さん。僕もついていくよ」
「マジックには何がいいかしら」
「コーヒーでいいんじゃない?」
 ――レイチェルは紅茶、サービスはオレンジジュースを買った。
「今度、また結婚式挙げるんだって?」
「ええ――今度は爆弾騒ぎがないといいわね」
「でも、兄さんの妻でいる限り、命の危険に晒されると思うよ。義姉さん」
 サービスは浮かぬ顔で呟いた。
「それは勿論、覚悟の上だわ。でも、お父さんもお兄さんも死んだ――私だけ死なない、ということはないと思うの。私だっていつかは死ぬわ」
「義姉さん……そんなこと言わないで」
「――ごめんね」
 レイチェルとしては、ただ、いつでも死ぬ覚悟はできていると言いたかったのだが、サービスが悲しむといけないから黙っていた。それに、レイチェルだって本当はマジックにはずっと生きていて欲しい。好きだから、生存を欲する。
(――私もマジックに偉そうなこと、言えないわね)
 レイチェルはさっき、マジックに生き抜いて、と約束させたばかりだったのだ。当然、自分も生き抜く決意をしなければならない。愛する人の、為に。
「これからは、あなたやハーレムにもお世話になるわね。勿論、以前からお世話になっていたけれど」
「義姉さん、僕、義姉さんが好きだよ。身内としてね」
「レイチェルでいいわよ。サービス」
 レイチェルは缶の中身をこくんと飲んだ。
「でも――僕にとってはやっぱり義理の姉になるのだから……」
「やぁね。改まって。じゃ、いいわよ。義姉さんでも」
「そうそう。ルーザー兄さんも結婚するんだって」
「じゃ、ルーザーさん達とも一緒に結婚式挙げる?」
「それもいいね。じゃあ、ルーザー兄さんにも話しておくから」
 しかし、ルーザーも忙しい身だ。一斉に挙式できたら嬉しいけれど、ルーザーにはルーザーなりの予定というものもあるであろう。
 マジックにコーヒーを届けると、彼は美味しそうに缶コーヒーを飲んだ。本当は本格的なコーヒーを淹れてあげたいところだけど――とレイチェルは思った。

後書き
ジューン・ブライドの話を書きたかったので。
一部、ガラかめからパクってます。
私はいろんなところからネタパクしてるので、お暇な方は探してみるのも一興かも?
2015.6.21

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