リカードさんに花束を
三年ぶりだな。リカード――。
俺はかちゃかちゃと手元で銃を遊ばせながら、思った。
リカード。俺達の世話役にしてボディーガード。ガンマ団を裏切ったかどでマジック兄貴に殺された。
俺達の育った裏社会では、よくあることだ。珍しいことといえば、炎で焼かれて死んだことと――この男が、俺達の面倒を見ていてくれた、ということである。
リカードは死んだ。愛銃S&Wを残して。
そして、今俺が持っているのが、この銃というわけだ。
俺は、奴のことを恨んでいない。それどころか、感謝したいくらいだ。あれが、マジック兄貴の本性を引き出した。
俺は――マジックの様に、いや、マジックを越えたくなった。
あの事件からだ。
炎に包まれたマジック――まるで神のようだった。
(ふん、神か――)
俺は神なんて信じていない。死なない奴は好きだけど。
俺が好きになった奴はすぐ死ぬ。リカードも好きだった。
だから、人を好きになる気はない。好きになっても、その気持ちは自分の中だけに留めておこうと思う。遊びはするがな――。いや、俺はまだ男遊びも女遊びもしたことがない。だから、予定だ。
早熟だって? まぁ、こんなところにいればな。いろいろ耳に入るし。
もし本気の恋に溺れてしまうなら、かえって本望だけどな。
この港。
数年前、大火事があったとはとても思えない。大きな船が止めてあって、船員達が荷物を運んでいる。
「あ、いたいた」
俺は、びっくりして、銃を落としそうになった。俺の双子の弟、サービスが言ったのだ。
「何しに来たんだよ! サービス!」
怒鳴る俺に、サービスはまだ幼さの残る美しい顔を笑顔で飾り、
「君を捜しに来たんだ」
と言った。
……悪い気はしない。サービスが好きとかそういうんじゃなくて――俺はブラコンじゃないんだからな。絶対。きっと。多分。
マジック兄貴は死なないような気はするけど、俺のライバルだから、『好き』という感情は――入らない……だろう。
ちっ、兄弟のことを思うと、いまいち歯切れが悪くなるな。
「俺を捜して……どうするわけ?」
「今日、リカードさんの命日でしょう。だから、もしかして、ここなんじゃないかと、ルーザー兄さんに言われてきたんだ」
……俺はもう一度舌打ちをした。
毛虫より、幽霊よりおぞましいのが、次兄のルーザー兄貴だ。しかも、俺のことを見透かしているみたいだから、たちが悪い。
美形なのは認めてやる。ただ、俺のことは放っておいてくれ。おまえなんか兄貴として認めない。
俺の大切な小鳥を殺し、血にまみれた手で笑った、あのときから――俺はルーザーが化け物のように思った。
天使の顔をした、世にも美しい悪魔。
ある意味マジック兄貴よりも、恐ろしいかも知れない。その行動は気紛れで、思いやりの欠片もなく、残虐だ。
だが、一応サービスに訊いてみる。
「ルーザー、何か俺に用でもあるのか?」
「ううん。僕が捜しているのを知ったら、教えてくれたよ。ねぇ、親切だよね。ルーザー兄さんは」
サービスは、ルーザーの偽善面を毛ほども疑っていない。
俺とルーザーが仲悪いことを知ってて、とりなそうとするのが見え見えなんだよ。
「で? おまえが俺に用があるわけ?」
「うん。僕も、リカードさんを供養したかったから」
家の中では、リカードの名前を出すことはしないという、暗黙の了解がある。出てきても、たまに、というぐらいで。
あの事件から、使用人は全員クビになったんだよな。一人の女家庭教師以外。それでも、一緒の屋敷に住んでいるわけではない。離れに住んでいるのだ。
俺は、あの家庭教師が、かつてのリカードと同じくらい大好きだ。いや、俺達は、と言った方がいいかも知れない。俺達兄弟は、みんな、イザベラが大好きだ。
話が逸れた。
「花束でも持ってくれば良かったかな」
「やめとけって。それ以上あいつに似つかわしくないものはねぇ」
麻薬の取引を、海に投げる花束で合図する、という話を、俺は本で読んだことがある。あれは確か、漫画だった。コミックをなめてはいけない。それに、漫画以外の本も読むんだからな。俺は。
リカードは、あのくそ真面目な性格だ。ヤクになんか手を染めるんじゃない、と真顔で言いそうだ。
けれど、あの男には、花束なんて乙女チックなものより、麻薬みたいな物騒な物がよく似合う。俺のイメージだけど。
「それより、いいもん持ってんだ」
せっかくの銃だ。これを使わない手はない。
俺は、一旦S&Wを懐にしまい、ポケットサイズの分厚いメモ帳に似せた銃弾入れから、弾丸を取り出した。これも、日本の漫画からアイデアをちょうだいしたものなんだけどさ。
「ちょうど二発ある。これを――」
S&Wを手にして、弾丸を入れた。
ドウッ!と海に向かって発砲してやった。
あいつにゃ、これが一番さ。
「サービス。今度はおまえの番だ」
「う、うん……」
二発目の弾が、飛沫を上げた。
これが俺達のリカードへの供養だ。
「そこ、何してる!」
「げっ、MPだ。逃げろ! サービス!」
「君が促したんじゃないか」
港から走って、ようやくそいつの姿が見えなくなったとき、サービスはぽつりと言った。
「ハーレム……リカードさんは、僕達よりも、K国の方が大切だったのかな」
「馬鹿野郎ッ」
俺は、平手でサービスの頬をはたいた。
「あいつだって苦しんでたんだ! 迷ってたんだ! リカードにはどっちも大事だったんだよ! でも、男には、何かを選ばざるを得ない時期があるんだよ!」
「ハーレム……」
「行けよ」
「ハーレム?」
「あっちへ行けよ!」
「……うん、わかった」
サービス。おまえにもわかるだろう。
俺だって、その問題については、嫌というほど考えてきたんだ。
弟を追いやって良かった。
みっともない泣き顔を見られると、困るからな――。
(リカード……アンタ今、どこにいるんだ?)
まさか、天国でハープは弾いていないだろう。それだけは、確かなことだ。
後書き
珍しく反響のあったオリキャラ、リカードさんへの物語です。
主人公はハーレムになってますが。
手帳を銃弾入れにしているアイディアは、パームシリーズの『あるはずのない海』からもらいました。(いい本でっせー。文庫もあるよ。みんな買ってねー。って、私は回し者かい!)
薔薇の花束を麻薬の取引の合図に使う、というのは、『ハイヒールCOP』からです。大和和紀の。
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