死んでも離さない

「ねぇ、ハーレム。ルーザーお兄ちゃんのたんじょうびプレゼントきまった?」
 双子の弟、サービスの言葉にハーレムは固まった。
「ウン……モチロンダトモ」
 つい片言になってしまう。
「ふぅん……」
 サービスは不審そうに首を傾げた。
「ぼくはスカーフをおくろうとおもってたんだけど、きみは?」
「……えっと、あとでルーザーお兄ちゃんにわたそうとおもうんだ」
「……ハーレム。もしかしてルーザーお兄ちゃんのたんじょうびわすれてなかった?」
「わ……わすれてないとも! そう、わすれてないとも……」
 ハーレムは急いで誤魔化した。ルーザーの誕生日を忘れていたことを当人が知ったら、一体どんな罰が与えられるか――。想像しただけで背筋がぞくっとしてしまう。
 ハーレムは部屋に走った。
 今からでも遅くない。早く買いに行けば――。
 五分後。
 ハーレムは意気消沈していた。
 貯金が……ない。
 0だ。これっぽっちも……ない。
 何かないかと思って貯金箱を振ってみると、一円玉が転がってきた。
「一円じゃなぁ……」
 一円を笑う者は一円に泣く。そんな格言が頭を過ぎったから、ハーレムは出てきた一円を丁寧にしまう。だが……。
「これじゃお兄ちゃんに……おこられちゃうよ……」
 ハーレムはひっく、ひっくと泣いた。
 ――仕方がない。正直に言って謝ろう。
 ハーレムはすっくと立ち上がった。

「ハーレム!」
 研究室にいたルーザーはハーレムを抱き締めた。まだ小学校一年生のハーレムは、思春期にさしかかったルーザーとは体格差に随分開きがある。
 ルーザーに抱き締められるなんて久々のことだ。今まではルーザーがそうしようとしても拒み続けてきたのだ。
「……? 今日はまたいつになく大人しいね」
「イヤ?」
「ううん、嬉しいんだよ」
 ルーザーは抱きしめる腕に力を込めた。ハーレムの鼻腔を香水の匂いがくすぐる。何と言う香水だったかは、まだ子供のハーレムには知る由もない。
「あのね……ルーザーお兄ちゃん。ぼくね……お兄ちゃんのプレゼントかえないの……」
「それは、どうしてだい?」
「ぼく、ぼく、ルーザーお兄ちゃんの誕生日忘れてたから……」
 ひっくひっくとハーレムは泣きじゃくる。
 他の研究員がびっくりしてこっちを見ている。ルーザーは、
「大丈夫、大丈夫」
 と言ったので、みんなはそれぞれ自分の持ち場に戻ったが。
「可愛いお子さんですね」
 ねばついた視線をハーレムに送った研究員の一人がやってきてそう言った。ルーザーは密かにその男からハーレムを遠ざけた。
「あれはね……ペドフィリアの男だから近付かない方がいいよ」
「え……?」
 ペド……何?
「やだなぁ、ルーザー。人聞きの悪い。僕は自分に正直なだけだよ」
「それが危ないんですよ。――ハーレム、先帰って」
「やだ」
「え?」
「ルーザーお兄ちゃんのたんじょうび……わすれていたから……ごめんなさいいいにきたの。だから……ぼくにもやれることない?」
「ハーレム……その言葉だけで嬉しいよ」
 ルーザーが微笑んだ。
「ルーザーお兄ちゃん……おこってない?」
 しゃくりあげながらハーレムが訊く。
「何を?」
「僕がルーザーお兄ちゃんのたんじょうびわすれていたこと」
「怒るもんか。こうやってちゃあんと謝りに来たしね。……ドクター。悪いですけど、ちょっと弟を仮眠室に連れて行っていいですか?」
「早くしなさいね。このプロジェクトのリーダーは実質、君なんだから」
「恩に着ます」
「全く――マジック総帥と言い、君達兄弟は弟に甘いんだから」
「仕方がないでしょう。僕達はこの世でたった四人の兄弟同士なんだから」
「まぁ、わかったから行きなさい。――ハーレムくん」
「は、はい!」
「用事が終わったら帰るんだよ」
「ありがとう……ございます」
 ハーレムは一応お礼を言った。ペド何とかの男は噛みつきそうな視線をルーザーに寄越していた。
 仮眠室に着くとハーレムはルーザーにベッドに座らされた。彼がハーレムの頭を辛抱強く撫でるとハーレムは泣きやんだ。ルーザーは香水の残り香のするハンカチでハーレムの顔を拭いた。
「誕生日は明日だから、そう焦ることもないんだよ。今からでもプレゼント買うのは遅くないし」
「でも……おかねないから……」
「そっか……でも、お金で買えるプレゼントより、買えないものの方が僕は嬉しいな」
「おかねでかえないものってどんなの?」
「例えばさ――君の愛だよ」
「ぼくのあい?」
「そうだよ。愛はわかるよね」
「うん。スキってことでしょ?」
「それよりもっと深い感情だよ……」
 ルーザーが近付いて、ハーレムの唇をぺろっと舐めた。
「…………?」
「君は僕のものだよ――死んでも離さない」
 ルーザーの舌がハーレムの唇を割り開いて口の中を這い回る。ハーレムは頭がぼうっとしてきた。
「……これが、君ができる僕への贈り物だよ」
「こんなことで――いいの?」
「ああ。美味しかったよ。どうだい? ディープキスの味は」
「ディープ……? ふかいってこと?」
「そう。大人のキスだよ」
「おとなの……でも、ぼくたちまだこどもだし……」
「すぐに大人になるよ」
 ルーザーの笑顔は優しくて、ハーレムは恥ずかしいことなど何もないのにどうしても次兄の顔を直視できなかった。
「君は僕のものだよ。いいね」
「うん……」
「誕生日が終わっても、僕に冷たい態度を取らないこと」
「わ……わかった」
 いつもはルーザーに素っ気ないハーレムである。そうなったのは自分の大切な小鳥を殺された時からだが、ルーザーには何でこの素直だった弟が反抗するようになったのか理解できないらしい。ハーレムもまだ上手くルーザーやマジック達に説明できない。
「じゃ、僕はもう行くから。君も早く帰るんだよ」
「……う、うん」
「お返事ははいでしょ」
「――はい」
「よしよし。今日は素直だね、ハーレム。素直な子は大好きだよ。ずっと僕の言うことをききなさいね」
 それには何故か頷くことのできないハーレムであった。ルーザーの目がすっと細くなった。
「――いずれ、僕の言うことをきけるようにしてあげるよ。僕の言うことだけを」
 軋んだ音を立てて狂って行くルーザーの意識。ハーレムはそれを微かに感じ取って目を見開いた。けれど子供の悲しさ。それを表現する術が見つからない。
「おたんじょうび――おめでとう。ルーザーお兄ちゃん」
「だから、まだ早いんだって。それに、これは君の誕生日でもあるんだよ」
「ぼくのたんじょうび?」
「そう。君が僕の本当の弟して生まれ変わった日。お誕生日おめでとう、ハーレム」
 ハーレムは帰った。まだふわふわとした心持ちで。気持ち良かった。だけど――。
(ルーザーお兄ちゃんのいうことはわからないや……)
 ――ハーレムは意味がわからないなりに漠然とながら将来に不安を感じた。

後書き
ルーザー兄さんハピバ! そしてハーレムごめん。
ただより高いものはないってね~(笑)。
2013.6.12

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