初めてのパプワ島

「レックス、着替えろ。おら、行くぞ」
「何だよ、シンタロー……朝早過ぎじゃね。じーさんばーさんじゃねーんだからよ」
「いいから。お前を連れて行きたいところがある」
「どーこー?」
「その前にまず着替えて歯を磨いて顔洗って来い。――俺のルーツとなった場所へ連れてったやるから」
「……別に興味ない」
「ハーレムにも関係あるところだぞ」
「親父のワード持ち出しやがって――わかったよ」
 レックスはとろんとした目をごしごし擦りながら、爽やかな匂いのする石鹸で顔を洗う。歯磨き粉はミント味だ。
「朝飯食わなくていいのかよ」
「くり子ちゃんかヤンキー坊やが用意してくれてるだろ」
 くり子ちゃんて誰だ? ――そう思ったが、おいおい明らかになるだろう。
「それに、俺が用意したっていいし」
「あー、そうだな。シンタローの飯食いたい……」
「ま、いずれにしても島に行ってからだ」
「島?」
「ああ。俺達のふるさとだ」
「ふーん……そんなに興味ねぇや。それより早く済ませようぜ。今、着替えてくっから」
 レックスは水色のパーカーに無地の白いTシャツにジーンズというラフな格好で出て来た。シンタローが検分しながら言った。
「うーん、そうだな。気を使う相手じゃねぇし、遊んでいたら汚れるかもしれねぇし、そんなもんでいっかな」
「なぁ、俺をどこに連れてってくれるっつー訳?」
「ひみつ」
 ――ノックの音がして扉が開いた。
「兄さん」
 コタローが入って来た。黒い眉毛で金髪の青年である。黒い長髪のシンタローとは大違いである。シンタローが鼻血を出している。
「コタロー!」
「……兄さん。それ以上近づくと眼魔砲。それに、レックスが目を点にしてる」
「ははっ。コタローが可愛過ぎてついな……」
「いい年した弟に興奮して鼻血を出す兄もどうかと思うけど。――レックス。我が一族はこうした変態ぞろいだから安心していい」
「安心なんか出来ねぇよ……」
 レックスが口をへの字に曲げる。それより、お腹が空いた。
「シンタロー。早く鼻血を止めろ。それと、お腹空いた」
「わかった。ヘリの用意は出来ているかな? コタロー」
「もち」
 コタローが親指を立てた。
「I have control……」
 と、レックスはこっそり呟いた。それを耳聡くコタローが捉える。
「おっ。レックスくんは難しい言葉を知ってるね」
「アニメでやってた」
「ほら、兄さんも行くよ」
「待って。――天使が二人……」
 シンタローがスマホを構えている。
「兄さんたら、相変わらずなんだから……今日は僕達だけで行くんだからね」
「シンタローはコタローにはいつもああなの?」
「そ。僕の頭痛の種なんだよね……」
 コタローが溜息を吐いた。シンタローが言った。
「それじゃ、仕切り直してレッツゴー!」

「あ、あの島?」
 ヘリの窓からレックスが指差す。海の色が綺麗だ。――気が向かなかったけど、悪くねぇかもな……。レックスは密かにそう思う。
「あの島がパプワ島だ」
「パプワ島?」
「全ての始まりの島だ。――生物には気をつけろよ。特に巨大カタツムリと網タイツの鯛にはな」
「――ずいぶんピンポイントな注意だね」
「ああ。――あいつらにゃいろいろ苦労させられたからな」
 シンタローが遠い目をして言う。コタローが吹き出す。
「まぁまぁ、兄さん。イトウくんもタンノくんも僕にはよくしてくれたよ」
「コタローがいいならいいんだ」
(シンタローが結婚できない訳がわかった気がする――)
 レックスはジト目でシンタローを見ていた。妻より弟ありきじゃ、どんなにかっこよくても女の方が我慢ならないであろう。シンタローはせっかくいい男なのに――。
 マジックも息子のシンタローを溺愛している。親子だよなぁ、と、レックスはふっと溜息を吐く。
「あそこに止めるよ」
 コタローが言った。そこは木々に囲まれた開けた場所だ。大気が濃い。濃密な花の香りがする。
「うっわー、すっげぇ! ちょっとあちぃな。これ脱ご」
 レックスはパーカーを脱いで腕の部分を腰に縛った。
「あー、シンタローさんだー」
「やーほー」
「やぁ、エグチくんにナカムラくん」
「喋った……」
 ――レックス。本日二度目の点目。カンガルーネズミのエグチに、アライグマのナカムラ。
「あれ? この子、ハーレムさんに似てるー」
「ああ、俺? ハーレムの息子のレックスです」
「レックスくんかー。よろしくね」
「サナ子ちゃんもウズマサくんも来てると思うよー。ジュニアもいるよ」
「パプワとくり子ちゃんは元気かい?」と、シンタローが訊く。
「うん! 早くパプワハウスに行こうよ。心戦組の人達も待ってるよ。リキッドくんも」
「リキッド――あいつはいい」
 シンタローは鼻の頭に皺を寄せた。レックスが訊いた。
「シンタロー、リキッドってヤツ、嫌いなのか?」
「嫌いではねぇけど――ま、喧嘩友達ってヤツかな」
 シンタローが笑う。レックスがほっと一息。
「そっか――おっさん同士のバトルなんて見たくないけどな」
「わかってないねぇ。レックスは。おじさん同士のバトルは手に汗握るもんじゃないか」
「コタローくん……どうしてこんな子に育っちゃったんだろうね」
 ナカムラが言う。
「は? 僕、何か変なこと言った?」
 ――自覚なしかよ。レックスが渋面を作った。だが、エグチとナカムラは可愛い。
「なぁ、エグチにナカムラ。この島案内して欲しいんだけど」
「いーよー」
 レックスはエグチ達と早速意気投合したようである。レックスはエグチとナカムラと手を繋ぐ。
「てめーらは出るなよ……」
 シンタローがどすのきいた声で言った。
「僕らもレックスくんと友達になりたいにゃ~」
「一緒にスイングの練習!」
「お星様と散歩~」
「何かいたか?」
 レックスの質問に、シンタローが何でもねぇ、と答える。
 パプワハウスではレックスが訪れた途端、ご馳走の山が運ばれて来た。リキッドはヤンキーみたいな顔をしているくせに、ピンクのフリルのエプロンなぞをつけている。
「シンタロー。久しぶりだな。ガンマ団の仕事はどうだ?」
 パプワ、という男性はシンタローと近況を話し合っている。後でレックスを改めて島の案内をする約束をとりつけたようである。――パプワはこの島で数少ないまともな人間に思えた。

後書き
リキッドはあまり出て来ていないですね。
レックスにとって初めてのパプワ島。
パプワが島でまともな人物であるというのは、私も同感ですね。

2018.01.26

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