初めまして、音也クン

「ここは……」
 暗闇だなぁ。こんなパターンは初めてだぞ。
「やぁ、光」
 光ぅ? 知らねぇなぁ……。俺はレックスだ。
「ん……キミ、光じゃないの?」
 ぽうっと、明かりが灯る。ああ、この明かりは知っている。命の明かりだ。
「てめぇこそ誰だよ」
「音也……」
「ほんとかよ……」
「疑うことを知ったら一人前の大人だね……」
 なるほど、違いない。俺は思わず笑ってしまった。この音也はどうやら悪いヤツではないらしい。おい、門番さんよぉ。ここをもう少し明るくしてくれ。
 ――言うより先に、明かりが白く光った。音也の姿が映った。
「あ、アンタ、何てったっけ。確か僕のよく知ってるようなヤツのような気がするんだけど……」
「何だ。音也ってお前だったのか! オレはレックスだ。宜しくな」
「あ、やっぱ光じゃなかったのか……ねぇねぇ、星光って知らない?」
 星光って、知らねぇな……あ。俺の来世か。どうもこの天国劇場に入り浸っていると、時間軸がズレたり、思い出せないことを思い出したりする。だから、俺はよくここに来る。――親父にも会えるかと思って。
「星光ね……思い出したぞ」
 ブルーの息子。星光。ジーンバンクの子供。宇宙を救う使命を帯びているらしい少年。そして、俺の来世の姿。――どうだい。短時間にこんなに思い出したぞ。
「レックスおじさんも、光と同じたましいの形をしてるよ。尤も、光とはちょっと違うけど。そのにおい、というか、波長、というか――そん言うものがちょっと光と似てるようで違ったから……」
「お前、なかなか賢いな。でも、俺はまだ若い。若くして亡くなったからな。だから、お兄さんと呼んでくれよ」
「うん、わかった。――さぁ、光を探しに探検だ!」
「光は探してもらいたくないかもしれねぇぞ」
 俺は少し意地悪を言ってみた。音也がにま~っと笑った。
「頭固いね。お・じ・さ・ん」
 ……このヤロー~~~~!
「あ、光のことは渡さないからね。例えアンタが光本人でも。それに、光の方が可愛いし」
「男の可愛いが何になるんだよ……」
「だって、僕だって可愛いだろ?」
「ふざけやがって……」
「本気なんだけどなぁ……こんなプリティーな装いしても生まれ持った気品は隠せないし? 僕、十歳なんだ」
「十歳か……」
 俺はその時、自分には何でも出来ると思っていた。そして、昔の知り合いに神格化された親父のハーレムってヤツを追い越そうと必死で努力した。オレンジの髪は自然分娩だから母親から受け継いだんだろうな。
「光も十歳だぞ」
「はいはい」
「それから、おじさん――じゃなくて、お兄さんも十歳だったこと、あるでしょ?」
「――あるよ。さっきちょっと懐かしく思った」
「どんな十歳児だったの?」
「――何にでも逆らうことしか出来ない子供。でも、あの頃は楽しかったなぁ。シンタローもいたし、コタローもいたし」
「誰それ。聞いたことないや」
「そうだな。……まだこっちには来てないからな」
「ねぇ、お兄さん。ここってもしかしてあの世ってところ?」
「もしかしてじゃなくてもそうだぜ」
「ぞぞ~っ! ねぇ、お兄さん。僕、お化け嫌いなんだ。僕を怖がらせた代償として、光を探すのを手伝うこと」
 どういう詭弁だ。それは……。だが、まぁ、こんなところで暇したって仕方ねぇし、音也ってヤツもなかなか面白そうだ。――ついて行こう。音也はまだ天国劇場に慣れてはいないようだからな。
「でも、光はここにはいないかもしれないなぁ。いるかもしれないけど」
「何だ。頼りねぇなぁ……音也」
「僕が光に会いたいって念じたら、ここに来れちゃった。けれど――僕が会いたいのは星光であって、レックスお兄さんじゃないんだよなぁ……」
 へぇ、言うじゃん。俺はにやりと笑った。
「星光は俺の来世の姿らしいな」
「光の方がいい男に育つと思うけどね」
「言ったな。このぉ」
 俺は音也のこめかみを拳でぐりぐりとする。音也も、「痛いよぉ」と言ってはいるが、笑っている。
「うーん。やっぱり光の方がいじり甲斐はあるな……」
 ……こいつ、来世の俺のこと何だと思ってるんだ? それに、音也に言い負かされる来世の俺ってのも情けねぇぜ。
「光は優しいんだよ。刃に見捨てられた僕の友達になってくれてさぁ……」
「待てよ。見捨てられた? 刃ってのはお前の親か?」
「うーん、そうだな……まぁ、親代わりみたいなもん? 僕と遊んでくれないんだけど。大人ってのはさっぱりわかんないよな」
 俺も、大人の事情というものについてはよくわかる年齢にはなっていた。けれども――。
「でも、大人って勝手だよねぇ」
 と、溜息を吐く音也の気持ちもまた、わかったりするのだ。
「けれど、何で光にそこまで執着する?」
「だって、生まれて初めて出来た友達だもん」
 ――こいつ、アラシヤマみたいなこと言うな。アラシヤマと違って状況が友達を作ることを許さなかったタイプだと思うんだけどな。音也って。
「音也……お前、同じ年頃のヤツは傍にいないのかい?」
「いることはいるけど……あいつおっかないし……それに、もともと合わないよ。光とは会った瞬間友達だって思ったけど」
「ふぅん……」
 こいつ、やっぱり不思議なヤツだな。喋る傍から心がほぐれていく……。こいつに癒される大人も随分いるんじゃねぇかな。――まぁ、当人は同年代の友達が欲しいようだけど。
「あ、いた!」
 音也が画面を指さす。
「この少年だよ。星光」
 おうおう。宇宙を救うなんて大義を背負っているだけあって、なかなかいい面構えしてんじゃねぇの。あれ?
 ――今度は俺が怖気をふるう番だった。
 紅じゃねぇか。何やってんだ? あいつ……。四百年……そう、俺が死んでから四百年以上経って……それから会うこともなかったけど、元気だったんだな。あいつ、元気だったんだな。なぁ……。
 俺は、旧友に語り掛けるように、心の中で囁いた。
「ん?」
「どうしました? 兄さん」
 ――あれは? 剛? マスターJが作成中だと言っていた。誰からも愛されそうな顔立ちだな……。
「レックスお兄さん、レックスさん、ねぇ……」
「あん?」
「光に会えたのがそんなに嬉しいの? 笑顔で泣いてるし……」
 ひょんなところで旧友を見かけた感動の涙だったんだよっ! 高松が流すような鼻血とは違うんだ!
 でも……。
「あんがとな。音也。……俺、大事な人達をここで見つけたよ。お前が光を探そうって言ってくれたおかげだ」
「光と一緒にいるヤツら?」
「ああ……」
「仲良くなれるかな」
「なれるさ。お前なら……」
 お前だったら誰とでも仲良くなれるさ。多少例外はあったにしても――。人生ってのは、上手くいかねぇ方が多いんだから……。だからこそ、人生は面白いんだって、シンタローが言ってた。
「紅や剛の話、聞いてくれるか?」
「何それ。光と一緒にいたヤツらのこと?」
「ああ」
「興味ある。聞かせて!」
「例えば――」
 俺は本気で語り始めた。俺は話し出すと止まらねぇタイプなんだ。だけど、音也も一生懸命聞いてるから、平気だ。
「……という訳で、親友に若作りのお茶の葉を作って捧げたマスターJが、人造人間も同時に作り始めたって訳。当時は白眼視されてたらしいぞ」
「――大変だったんだね。紅も、剛も……」
 音也が真剣に聞いてくれるので、俺はノリノリで語って聞かせた。その後の惑星間戦争のことは、ここで聞いて知っている。いつか、必要があったら星光を導けるように、もっともっと、この時代の惑星のことを勉強したいと思った。
 俺は、音也に出会えて良かった……。俺ばっかり話してごめんな。音也にも誰かに聞いてもらいたかった事情はあっただろうに……。
 俺も出来る限り音也の話聞いてやるよ。
 でも、音也の事情を聞いて、飲み込めるぐらいの度量が光にあるのなら――結局俺は、星光を信じるしかねぇんだ……。

後書き
C5の音也クンがレックスと出逢いました。
シンタローやコタローの魂は今どこ?
2020.04.05

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