だって五月だもん!

「シンタロー。二十四日、休暇とっていいか?」
 キンタローがシンタローに話しかける。シンタローは書類に目を通していた。
 キンタローはかなり有給休暇が溜まっているはずだ。真面目に働いて、今では紳士の代名詞になっている。
 凶暴だった四年前が嘘のようだ。
「いいぜ。しかし、どこ行くんだ」
「ハーレムと別荘に行く」
 キンタローは事もなげに言った。
「今度こそ決めてやるんだからな」
「あー……」
 そりゃやめた方がいいんじゃないかな、とシンタローは思った。
「シンタロー、何が『あー……』なんだ」
「上手くいきっこねぇからだよ」
「何故だ。俺はハーレムをあんなに愛しているのに」
 キンタローの父、ルーザーのことを、ハーレムは毛嫌いしていた。いつも彼は語っていた。
「ルーザーは碌でもねぇ奴だったよ」――と。
 その原因が何となくわかっているのでシンタローはハーレムの気持ちを理解できないでもない。
 だが。それをキンタローに言うことはできないのだ。
「シンタロー。教えてくれ。俺のどこがいけないんだ。ハーレムも前よりよそよそしいし」
 あんたのそのルックスだよ――とシンタローは言いたかったが、言えなかった。
 真ん中分けの金髪は、父親にそっくりだ。高松が鼻血を噴くほど。
 それに、キンタローは気に入っているらしいし、シンタローも前よりいいと思っている。
 だから――キンタローとハーレムは相容れるはずもなかった。
「まぁ、せいぜいがんばるんだな」
「わかった。応援ありがとう」
「おまえの誠意がハーレムに届くように祈っているよ」
 しかし、ハーレムにこだわるキンタローの気持ちがわからない。キンタローの見た目なら、女だってよりどりみどりなのに。
 やはり刷り込みだろうか。
「そういえば、グンマの奴、自分の誕生日に高松と出かけたんだってな」
「ああ、楽しそうだった」
 結局、高松はグンマを好きで、グンマも高松のことが好きなのだ。
「失礼した」
 そう言って、キンタローは部屋を出て行く。
 入れ替わりに、東北ミヤギの姉、イワテが入ってきた。
「シンタロー総帥」
「なんだ?」
「二十四日が誕生日と聞きましたので――おめでとうございます」
「別にめでたかねぇよ。この年になるとな」
「あら。ナイスミドルに一歩近づいたんですわ」
「あんた、俺の前では礼儀正しいな」
 一部では『女傑』とか、『怪物』とか言われているイワテのことである。だが、目の前の彼女はそんなことを微塵も感じさせない。
「ええ、だって……」
 イワテはぽっと顔を赤らめた。
「私、総帥に惚れておりますもの」
 シンタローは椅子からずり落ちた。
「な……何だって?!」
「だから、このガンマ団に残ったんですの」
(へぇー……ミヤギの姉さんがねぇ……)
 こんな美人に言い寄られて悪い気はしない。しかも、東北家は美形が多いのか、彼女の弟ミヤギも美形である。尤も、ミヤギは「顔だけ良い」と評されているのだが。
「だから、二十四日、一緒にデートしましょ」
 よもや断ることもできそうもない笑顔で、イワテはシンタローを誘った。
「悪いが、仕事があるんだ」
「総帥は働き過ぎですわ」
「んなことねぇよ」
「たまには休養も必要ですわよ」
 イワテは微笑んだままだった。

「ええっ?! 姉貴とデートだべか?」
 ミヤギには驚かれた。
「うん、まぁ……」
 シンタローも満更でもない。
「おらも行くべ!」
「ええっ?! どうしておまえまで!」
「シンタローと一緒にしておくと危険なんだべ! 姉貴じゃなく、シンタローが!」
「そんなに乱暴なのか? おまえの姉貴は」
「乱暴なんてもんじゃないべ!」
 ミヤギが力説していたところ――
「あーら。愚弟じゃない」
 イワテがやってきた。
「あ……姉貴……」
 ミヤギは震えている。
「後で医務室に来なさいね」
「は……はひ……」
「あのな……俺とイワテ、あんたとのデート、こいつも行くって言うんだよ」
「まぁ……」
 イワテが形の良い眉を顰める。
「あんた……まだ姉離れができないわけ?」
「違うべ。おらはシンタローを姉貴から守ろうと……」
 ミヤギの鳩尾にイワテが一発!
「ほほほ、本当に困った弟だこと」
 シンタローはミヤギの苦悶の表情を見ながら、(噂は本当かもしれないな……)と思った。

 待ちに待った五月二十四日――
 シンタローとイワテとミヤギはデート(?)に出かけた。
「旨いべ。この料理」
 ミヤギはガツガツ食べている。いっそ気持ちが良いぐらいだ。
「どうせアンタのことだから普段粗末なもの食べてるんでしょ」
 イワテが肉を切り分けながら言う。
「まぁ、そんなに上等じゃねぇべな」
「食堂の料理の改良はしているつもりだぜ」
 シンタローが顔をしかめた。
「でも、やっぱり素材が違うんだべ」
 ミヤギが言った。
「これぐらいのレベルは到底望めねぇよ」
「マジック元総帥の料理はとても旨かったべ」
「そうだな……まぁ、そこだけは認めてもいい」
 シンタローが横を向いた。
 イワテが立ち上がった。
「私、化粧直して来るわね」
 そう言って、その場を去った。
「なぁ、シンタロー」
「何だ?」
「姉貴のこと、どう思うべ?」
「どうって……綺麗な人だとは思うけど」
「そうじゃないべ……あれは外面が良いって言うんだべ」
「おうおう。顔だけ阿呆のくせして、難しい言葉知ってんだな。ミヤギちゃん」
「冗談はよすべ。シンタロー」
 ミヤギはからかわれて表情を変えた。
「まぁ……シンタローが親戚になったら、オラもいろいろ嬉しいけど」
「ふぅん……」
 シンタローはパスタをフォークに巻きつけた。
「でも、悪い人には見えないな」
「凶暴だけど、腹は綺麗だべ。――オラの姉貴だから。散々やられたけど――姉貴のことは嫌いじゃないべ」
「ミヤギ……」
「だから……ベタな台詞だけど、姉貴には幸せになって欲しいべ。シンタローにだったらそれができるべ」
「おいおい。買いかぶり過ぎだぜ」
「いんや。オラ、シンタローのこと好きだ。トットリも、コージも、それからアラシヤマも、シンタローのことが好きだ」
「おいおい……」
「お待たせ」
 イワテが戻ってきた。
「途中、根暗っぽい邪魔者がいたからやっつけてやったわ」
(アラシヤマだな……)
(アラシヤマだべ……)
 シンタローとミヤギ、二人の思いが一致した。
 しかし、アラシヤマはガンマ団でも一、ニを争う実力者である。
(この人……本当に強いんだな)
 シンタローの笑顔が引きつった。
「さ、お会計はアンタが払ってちょうだい、ミヤギ」
「なしておらが……」
「無理矢理ついてきたんだから当たり前でしょ」
「――姉貴には敵わねぇべ」
 はぁーっと盛大な溜息を吐いたミヤギであった。

 いろいろなところを回っていたら、すっかり遅くなってしまった。
 洋服をたくさん買った。ミヤギが気の毒になったシンタローは、洋服代を代わりに払った。しかし、荷物持ちがミヤギであることに変わりはなかった。
 シンタロー含む美形三人は、人の目を引いた。それも楽しく感じながら、シンタローのお出かけは終わった。
(リフレッシュできたな)
 シンタローが総帥室に行くと……キンタローがアラシヤマよりも暗いオーラを放って落ち込んでいた。
「わっ! どうした! キンタロー」
「――……ハーレムにふられた」
(だろうな……)
「俺の何がいけないんだろうか……」
「――おまえは何にも悪くねぇよ」
 シンタローが慰めた。
「俺、ちょっとハーレムのところへ行ってくるわ」

 ハーレムの部屋も、灯りがついていないようだった。
(まだ呑んだくれてんのかな。あのおっさん)
 それとも下にいるのだろうか。それにしては姿が見えなかったが――。
 ハーレムはこの部屋にいるだろうと、見当をつけて――
「入るぞ」
 シンタローは部屋に入ってから言った。
「……シンタローか」
 声が聞こえる。ハーレムが顔をこっちに向けた。
「んだよ。電気もつけずに」
 シンタローがスイッチを入れた。部屋が明るくなる。
 ハーレムは、キンタローと同じような表情をしていた。酒は飲んでいないようだった。
「どうしたんだよ……」
 シンタローはいささか戸惑った。
「俺はキンタローを受け入れることができない。あの顔は……あいつにそっくりだ」
 ああ、まだ、過去の亡霊に囚われているのか。この男は。
 キンタローも可哀想だが、ハーレムも気の毒になってきた。
「飲めよ。飲まないと調子が出ないんだろ?」
「そんな気になれねぇ」
 ハーレムが酒を断るなんて、よっぽどのことだ。
「ハーレム……キンタローはルーザー叔父さんとは違う」
「わかってる、わかってるさ……」
 ハーレムは……泣いていた。
「キンタローを愛してやれとは言わない。だけど……もうちょっとは考えてくれてもいいんじゃないか? あいつの為にも」
「そうだな……」
「アンタ、キンタロー好きか?」
「……嫌いじゃない。だけど、俺にどうしろというんだ。あいつには、もっと若い奴が似合う。それに――」
「それに?」
「――ルーザーのことが忘れられねぇ」
「ルーザー叔父さんのこと、好きだったの?」
「さぁな。自分でもよくわからん」
「……このまんまだとドツボだな。……ま、何も考えずに、今夜は飲もうぜ」
 シンタローはグラスに酒を注いだ。
「こんなとこ見たら、俺がキンタローに妬かれるかもな」
 シンタローは笑顔を見せた。釣られてハーレムも笑う。
「乾杯」
「おう……シンタロー。おまえ、今日誕生日だったな」
「キンタローもな」
「あいつも呼んで一緒に祝おう」
「下じゃどんちゃん騒ぎだぜ。俺は抜けてきたけれど」
「俺もだ」
 男には、憂愁の想いを抱えることがある。だから、酒が必要なのだ。――シンタローは、キンタローの恋が成就することを祈った。

後書き
最後はちょっとほろ苦く。シンタロー×オリキャラとキンハレ(笑)。
シンタロー、キンタロー、こんなのでも、祝う気は充分あります! 誕生日おめでとう!
2011.5.24


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