双子とリキッド ~誕生日によせて~

「まさか、赤の一族に誕生日を祝ってもらう日が来るとはなぁ……」
「彼らは年中お祝いだからね。ネクタイ曲がってるよ、ハーレム」
「と、わりぃ。サービス」
「いや、このぐらいは……」
 サービスのコロンの香りがふわっと香る。サービスは気分で時々香水を変える。これはジョー・マローンだろうか。
(ルーザー兄貴も匂いにはこだわってたな――)
 ルーザーはいつもいい匂いがした。けれど、彼が嫌いなハーレムはいつも吐き気を催していた。だが、そのルーザーも鬼籍に入った。――改心して。ルーザーの息子、キンタローのおかげだ。
「さっさと行こうぜ。リキッドが待ってる。――あいつは何をくれるのかな」と、ハーレム。
「プレゼントが目当てか。――相変わらずあさましいね」――サービスが言う。
「阿呆。誕生日にはプレゼントがつきものじゃねぇか」
「――確かにね」
 ハーレムとサービスは更衣室代わりの森を後にした。
「お誕生日おめでとう」
「おー、あんがとさん」
 ここはパプワ島。リキッドやパプワ達がハーレムとサービス――双子の誕生日を祝ってくれるという。
「すげぇご馳走。くり子も作ったのか」
「ええ。お二方にはパプワ様がお世話になってると聞きまして」
「俺も作ったっスよ~」
 笑顔のリキッドが言う。ハーレムが微笑む。
「お前……赤の番人はフリフリエプロンで料理出来る程暇なのか?」
「え? ――あはは。そうっスね。隊長」
 今はもう、リキッドは特戦部隊を辞めている。だから、もうハーレムはもう彼の隊長ではないのだが。ハーレムは苦笑した。
「そんなに暇なら戻ってきてもいいんだぞ」
「――お断りします」
「そうだよねぇ。もうハーレムにはこきつかわれたくないよねぇ。――リキッドくんも」
 サービスがにやりと口角を上げる。
「む……そんなにこき使ってたとは……こき使ってたか。でも、良かったな。リキッド。お前でも務まる仕事があってよぉ。赤の番人の仕事はジャンですら出来たんだ。おめーなら朝飯前だぞ」
「うーん。そうでもないっスけど……最低の引き継ぎでしたね」
「リキッドくん、俺がジャンをしめてあげるから大丈夫だよ」
「……お前、こえぇなぁ……」
 それでも、サービスはジャンの親友――或いは恋人だと言うから世の中はわからない。サービスは五十も超えているのに、輝く美貌を持っている。けれど、髪で覆われた右目は繰りぬかれ、無残な傷跡になっている。
 それはジャンにも責任のあることだが、サービスは右目のことでジャンを責めたことはない。少なくとも、ハーレムは聞いたことがない。何故か、と訊いたことがあるが、サービスは薄く笑って、
「僕が初めて自分の意志で選んだことだからだよ」
 と、ハーレムにはよくわからないことを言っていた。ハーレムにとって、自分の人生は自分で決めるということは、当たり前のことだったからである。でも、この双子の弟は違うのだろう。
 ハーレムは兄か弟か――昔は先に生まれた方が弟だと言われていたのである。だから、ハーレムは後から母の胎を出て来たのだろう。
(今だったら、俺が弟だったのかもな――)
 小さい頃は、ハーレムはやんちゃで、サービスはいつもいい子と言われていた。それが面白くなくて、ますます暴れる。ハーレムの幼少時代はそんなことの繰り返しばかりだった。
 勿論、兄マジックとルーザーもサービスの方を可愛がる。けれど――二人の兄はハーレムも放ってはおかなかった。マジックはいつも学校にハーレムのことで謝りに行っていた。
 ――ハーレムが大人になってからも、彼のせいでガンマ団はアメリカと言う友邦国を失うところであった。
 お前の血の気が多いのは昔からだったな――マジックがしみじみと、盃を傾けながらハーレムと語る。酒、か――。マジックがリキッドにこう訊いた。
「リキッドくん。君は酒は飲むかい?」
「ええ、まぁ、程々には――」
「ハーレムみたくアル中になるんじゃないぞ」
「わかってますって。隊長の酒好きは異常ですからね」
「誰が異常だ、こら」
 ハーレムはリキッドを軽く小突く。もう、ハーレムはリキッドを意味なくいじめることもなくなった。リキッドを男として認めたからである。
「おう、リキッド。今日は俺と肩ぁ並べて酒飲もうぜ」
 リキッドは嬉しそうに、はい、と答えた。
「僕も入れて欲しいんだけど――」
「はい。サービス様もそう言うと思って、貴腐ワインを用意しました」
「こんな辺鄙な島によくそんなものあったな」
「この島では何でも手に入りいますよ。ここは天国に一番近い島です」
「なるほど」
 ハーレムは納得した。
「リキッド――お前、ここで幸せか?」
「はい。毎日がハッピーっス!」
 リキッドは満開の笑顔で言った。良く笑うようになったな、リキッド。――いい笑顔だ。リキッドが幸せなら、俺も嬉しい。まぁ、少し寂しいけどな――ハーレムはそう思った。
 リキッドの笑顔は昔と同じだ。リキッドは永遠の二十歳だ。これからも皆に幸せと笑いを振りまくことだろう。
「コタローが……世話んなったな」
「でも、コタローのおかげで俺達楽しいこといっぱいありましたよ」
「パプワ様もそうおっしゃってましたわ」
 くり子も保証する。
「そういや、パプワ達はどうした?」
「ええ――珍しい木の実を持ってくると言って、外へ――」
「そうか。俺達の晴れの姿、見せたいかんな。――他の連中は?」
「パプワ様と一緒に……でももうすぐ帰って来ますわ。きっと今日は賑やかになりますわね。そうそう。お祝いの言葉をまだ言ってませんでしたね。ハーレム様、サービス様、お誕生日おめでとうございます」
「おお、サンキュ」
「ありがとう。くり子ちゃん」
「えへへ……」
 くり子が嬉しそうに微笑んだ。くり子は髪の長い美人になっていた。――サービスが持っていた写真には、赤い服を着た 可愛い幼い少女と、子供時代のパプワが写っていた。
「おい、サービス。あの写真どうした? ほら、ガキの頃のパプワとくり子が写っているヤツ」
 ハーレムが訊いた。サービスが答える。
「パプワくんに返そう返そうと思って忘れていたんだよ――この写真を。ほら。すっかり古びてしまったけど」
「まぁ、懐かしいですわ」
 くり子が相好を崩す。
「けれど、どうしてサービス様が持っていらしたの?」
「――パプワくんが、ポケットがないから僕に持っていてくれと。パプワくんの大事なものらしいよ。パプワくんが言ってたからね。『僕の大事なものだ』って――」
「まぁ、パプワ様……」
 くり子がぶわっと泣き出した。そして、ハンカチを取り出した。
「ごめんなさいね。お二方。今日はおめでたい日なのに泣いたりして」
「なになに、構わねぇよ」
「そう。ここにいるのは君の身内みたいなものだからね。それに、嬉し涙だったんだから」
 ハーレムとサービスはくり子を元気づける。すん、とくり子は洟をすすって、それからじっと写真を見た。
「サービス様……今まで大切に持っていてくださってありがとうございます」
「ああ。後でパプワくんに渡すといい」
「はい」
 くり子は極上の笑顔を見せた。パプワも幸せ者だ。多少暴走する時もあるとはいえ、くり子は優しくて、人の心を汲み取ることの出来るいい女だ。くり子を見ていると、女も捨てたもんじゃないなと思ってしまう。――ったく、隅に置けねぇな。パプワも。
「隊長――じゃなかった、ハーレム様。サービス様。料理冷めちまいますよ」
「俺のことは隊長でいい」
「じゃあ、隊長。どうして料理に箸つけないんですか?」
「胸がいっぱいで――それどころじゃねぇんだよ」
「ええっ?! 隊長にもそんなデリケートなところがあったなんて!」
「ほんとにねぇ。普段は無神経に食い散らかす癖に――高松に診てもらおうか?」
「冗談よせやい。サービス。――俺は繊細なんだよ、リキッド。そうは見えねぇかもしれねぇがな。……昔は泣き虫だったんだよ、俺は。でも、揶揄われるのが嫌で――強気で人にぶつかって行ったらあいつら――クラスメートの連中へこへこし出してさ……まぁ、それと同じくらい、怒られもしたけどな」
「ふぅん。……ハーレムがいじめっ子になったのはそんな背景があったんだな。……話してくれてありがとう。僕は――人より整った顔のおかげで皆から可愛がられたからなぁ。……自慢じゃないという名の自慢だけど」
 リキッドがぷっと吹き出した。くり子も笑った。ハーレムも。――豪快に笑った。サービスは控えめに微笑む。
 パプワ達が帰って来た。ハーレムが音頭を取ってどんちゃん騒ぎを始める。やっぱりこいつらは好きだ――とハーレムは思った。
 双子はリキッドから手袋をもらった。ガンマ団本部のある土地はまだまだ寒いだろうという心遣いに溢れている。現金の方が良かったなぁ、と、照れ隠しに言ったが、実は何よりも嬉しかった。

 ――その後、ハーレムはリキッドの誕生日に杜氏達が大切に造った、自分も愛飲している日本酒を贈る。そして、自分達の誕生日の思い出を肴にして、パーティーを大いに盛り上げた。


後書き
リキッドくん、誕生日おめでとう。
この話ではハーレムとサービスの双子達が主役ですが、リキッドくんも出て来るので一応。
ついでに言うと、双子の誕生日はバレンタインデーです。そう、2月14日。
2020.05.21

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