不思議な出来事2 「フ、フフフフ……」 怪しい笑いをしながら、廊下を通る青年が一人。 「なんだ、あれ」 「さぁ、なんだろうな」 「あ、あいつ、もしかして、『ハーレム隊長の独裁国家』の隊員だろ?」 「ああ。違いない」 「もしかして、もう廃人になったのと違うか?」 そんな周りの声も、青年には聞こえない。 目指すは機械工学部。 目的地に着くと、探している人物は――いた。 「あ、リキッドく~ん」 グンマが、手を振りながら、親しげに、近寄った。 「どうしたの? なんか様子が変だよ」 グンマが、訝しげに小首を傾げているのにも構わず、リキッドは、がっ、と、グンマの肩を掴んだ。 「お願いだ! もう一度、タイムマシンに乗せてくれ!」 「えっ? でも、この間のタイムマシンは壊れちゃったし……」 「頼む! このままだと、俺は死んじまう! いや、殺されちまう!」 リキッドが必死なのには、訳があった。 ハーレム率いる特戦部隊の連中に、懲罰と言うには、手荒なことを、先程もされていたのである。 (元凶さえ、絶てばいいんだ……) 今の隊長には敵わないから、彼の小さい頃にタイムマシンで戻って、殺してしまおうと思ったのである。 いくら、子供の頃はかわいかったと言ったって、憎しみの波は、押し寄せるときは押し寄せる。 ナイスアイディア、とそのときは思ったのだが、後から、次第に、罪悪感が押し寄せて来た。 (あまりにも、卑劣過ぎだよな、俺――) しかし、今日という今日は、許せなかった。 (あいつらは人間じゃねぇ! 鬼の子だ! 中でも、隊長は獅子舞だ、ナマハゲだ、シーサーだぁぁぁ~~~~!!!!!) 人の子じゃないなら、何をしても構わないだろう。リキッドの脳裏に、悪魔の誘惑が差し込んだ。 「殺されちゃうって……リキッドくん、どうしたの?!」 グンマに肩を揺さぶられ、リキッドは、はっと、正気に返る。 「具合でも悪いの? 医務室に行こうか?」 リキッドは、ぶんぶんぶんっと、慌てて首を振る。 医務室には、マッドサイエンティスト、ドクター高松がいる。絶対、怪しい薬の実験台にされるに決まっている。彼のお世話になるのも、ごめんだった。 「なぁ、アンタ。タイムマシンは、あの一台しかなかったのかよ」 「ううん。今は、また、改良したやつができたよ。でも、怖がって、皆乗らないんだ」 「俺が乗る! 俺が乗るから――」 リキッドは、涙まで浮かべている。 「このままだと、俺はアイツに殺されちまうんだよぉぉぉぉ!!」 「リキッドくん。さっきもそんなこと言ってたね。わかったよ。ちょうど、性能を試したかったんだ」 リキッドは、グンマに連れられ、プレハブ小屋に着いた。 「え? ここ? 前にも来たことあるけど……」 「中は大幅に変えたんだよ。見たい?」 「見たくなくても、どうせ見れるじゃねぇか」 「すっごいの! かっこいいよ~」 二人は、中に入った。 瞬間、リキッドは賛嘆の声をもらした。 「すげぇ! かっこいい!」 内部は、宇宙船の様に造られていた。巨大なスクリーンが、宇宙空間を映している。コックピットまである。 「SF――というか、スペースオペラを意識したんだ」 「俺、これに乗っていいの?」 リキッドは、さっきのことなど忘れて、愉快そうにはしゃいでいる。 「うん。いいよ。ただ、データによると、この椅子に乗ると、勝手にワープするから気をつけ……」 説明も終わらぬうちに、リキッドの姿は消えていた。ついでに椅子も――。 「う、うわぁぁぁぁぁ!!!」 リキッドは、椅子と共に、宇宙空間に投げ出されていた。まるで、『地球へ…』の一場面だ。 リキッドは、必死で、椅子につかまった。 そのとき、何か訳のわからない強力な力によって、地球へと急降下した。 「死ぬ、死ぬーっっ!」 スプラッシュマウンテンよりももっとすごい――彼は、意識を失った。 リキッドが目を覚ましたのは、いつぞやの廊下だった。 椅子にしがみついたまま気絶していたらしい。彼は、それから、体を引き剥がす。 確か、ハーレムの部屋はここだっけな――リキッドは、こわごわドアを開けた。 「あっ、リキッドお兄ちゃん!」 声をかけられ、リキッドはドキッとした。 「覚えててくれたのか?」 「うん!」 リキッドの言葉に、ハーレムは思いっきり頷いた。 (俺、こいつのことを殺しに来たんだよな――) リキッドの良心が、ちくん、と痛んだ。 「ねぇ、リキッドお兄ちゃん! 明日っから、僕、学校へ行くんだよ」 「学校……小学校か」 「うん!」 そういえば、この間会ったときより、少し背が伸びたような気がする。 「これ、マジックお兄ちゃんが買ってくれたカバン」 そう言って、手提げにもなるような、取っ手付きのカバンを見せてくれた。 (や、やべぇ……) 笑顔が、心臓に突き刺さる。 「ね、どう? リキッドお兄ちゃん」 「か……可愛いよ」 その言葉に、嘘偽りはなかった。 (しかし――この子があんな獅子舞になるなんてッ!) 神様、あんまりだよ――と、敬虔なクリスチャンのリキッドは思う。 「うん。でも、サービスの方が可愛いみたい」 一転、ハーレムは、少ししょんぼりした様子で言う。 「マジックお兄ちゃんも、ルーザーお兄ちゃんも、サービスには可愛いって言ってたけど……僕、あそこにいて、何にも言えなかったんだ」 「おまえ、見せなかったのか? そのカバン姿を」 「うん。きっと、マジックお兄ちゃんも、ルーザーお兄ちゃんも、サービスのことが好き――」 「馬鹿野郎ッ! 人と比較してどうするッ!!」 リキッドはつい、怒声を飛ばした。 「自分が自分であることにどうして誇りを持てない! 男だったら、強くなれ!」 「強くなるって、どういうこと?」 「強くなるってこたぁ、自信を持つことだ! 自身を鍛えることだ! いいか、誰が何と言おうと、俺は、おまえの方が可愛いと――」 言いかけて、はっとした。 (何言ってんだ?! 俺) これから命を奪おうとする子供に向かって、この台詞は、欺瞞以外の何物でもない。 「リキッドお兄ちゃん」 「な、なんだ?」 「ありがとう」 ハーレムが、とびっきりの笑顔を浮かべた。 (うっ! ハートに直撃ッ!!) 「あ、そうだ。ちょっと待ってて」 ハーレムは、おもちゃの並んでいる棚から、ミッ○ーのぬいぐるみを取り出した。 「はい。これ。リキッドお兄ちゃんにあげる」 「えっ?! い、いいのかよ!!」 手渡されたミッ○ーを、リキッドは、思わずぎゅっと抱きしめる。彼は、ディ○ニーが、大好きなのである。 (俺も何かお礼をしなきゃな――) そう思い、リキッドは、一旦ぬいぐるみをベッドに置いて、部屋を出ようとする。 「どこ行くの?」 「ちょっとな」 リキッドは廊下に出て、椅子を持ってきた。 「これ、やるよ。どこへでも行ける椅子だ」 「ほんとに?!」 「ああ。俺は、これに乗って来たんだぜ」 おまえを殺しにな――でも、リキッドはおくびにも出さない。もう、殺意など、どこかに吹っ飛んでしまった。 ハーレムは、喜びいさんで座った。 「? 何も起こらないよ」 「おかしいな。俺が座ったときは確かに――」 「ま、いいや。ありがとう。リキッドお兄ちゃん」 ありがとうを言われるのは、これで二度目だ。 (あの獅子舞が、口にしそうもない言葉だ――) 「お兄ちゃん達も呼んでくるね」 「えっ?!」 リキッドは絶句する。 ハーレムは走って行った。今更止めることもできない。 「ふぅ……」 リキッドは、椅子に腰掛けた。――何も起こらない。 (不思議な出来事ばかりだ。それに、ハーレム――あんなんなっちゃうなんて、ありゃ、時の流れのミステリーだな。俺、ここに住もうかな。帰っても、どーせ同僚や獅子舞にいびられるだけだし) リキッドがつらつらと考えていた頃、ハーレムが、二人の人物を連れて、やってきた。 一方は、ハーレムと同じくらいの背丈の子供。もう一人は、大人になるステップに、ようよう登るかと思われる年頃の少年だった。言わずと知れた、サービスとマジックの、子供時代の姿である。 「リキッドお兄ちゃん。マジックお兄ちゃんと、サービスだよ。ルーザーお兄ちゃんは、いなかったんだ」 リキッドが、慌てて立ち上がる。 「リキッドです。どうも」 「――あれ? どうしたの? サービス。変な顔して」 ハーレムが訊いた。 「ねぇ、ハーレム。リキッドお兄ちゃんて、誰?」 サービスが、怪訝そうに尋ねる。 「さっきまで椅子に座っていた人だよ。ほら、ここにいるじゃん」 「誰も見えないよ。ね、マジックお兄ちゃん」 「あ、ああ」 (えーっ!!! この二人には俺が見えないのかよ!!!) 衝撃の事実であった。 「リキッドお兄ちゃんは、ちゃんとここにいるよ!」 ハーレムがムキになって答える。 「待て、待て待て待て」 リキッドが、小声でハーレムの袖を引っ張る。 「何?」 「俺の姿が見えないんだったら、そのままにしておいてくれ。どうやら、今の俺の姿は、おまえにしか見えないようだから」 「……わかったよ」 ハーレムはかなり機嫌を損ねたらしかったが、仕方がない。 (俺にも経験あるものな――) リキッドは、子供の頃、ぬいぐるみは全部喋ると思い込んでいた。ミッ○ーと楽しく話をしていると、母に、 「いつまで一人で遊んでいるの?」 と言われた。 母にしてみれば、何気ない一言だったと思う。けれど、リキッドにとってみれば、頭から冷水を、ざあーっとかけられた気分だった。 (僕ハ一人ジャナイノニ――) 大人は、目に見えるものしか現実とは認めないんだ。それがわかったのは、もっと後になってからのことだった。 なら、無理に納得させようとして傷つくよりも、内緒にしていた方がいい。 「俺のことは、俺とおまえだけの秘密だ。わかったな」 リキッドは小声で言った。 「うんっ」 そして、ハーレムは、サービスの方に向き直って言った。 「ごめん。僕の勘違いだったみたい」 「そっかぁ。なぁんだ」 サービスの顔も綻んだ。 「この椅子は、どうしたんだい?」 マジックが質問した。 「えっと……友達にもらったの。入学祝いだって」 「ええーっ! ずるい! 僕もこんな椅子が欲しいよ!」 「うーん。でも、ハーレムがもらった物だからなぁ」 「じゃあ、こうしようよ。この椅子は、みんなのものにする!」 ハーレムが提案した。 「もらったとき、ちゃんとお礼は言ったのかい?」 「うん!」 躾にはうるさそうな長兄の言葉に、ハーレムは思いっきり頷く。 「どうする? サービス。僕は構わないよ」 マジックが言った。 「意義ナシ!」 サービスが、ぱんっと手を叩いた。 「二人とも、お兄ちゃん、ちょっと持ってきたい物があるから」 マジックが出て行った。 「なんだろうな」 「なんだろう」 どきどきわくわく。二人の期待が高まっていく。 リキッドは、寂しそうに、少しぼんやりしながら、その様を眺めていた。 「これこれ。オンボロ車を解体したときに、車の持ち主から貰ったんだ」 マジックが持ってきたのは、自動車のハンドル。 「僕が運転手だ。二人とも乗って」 「はーい」 マジックがハンドルを持ったまま椅子に座ると、サービスが膝の上に乗っかった。 「では、出発進行ー」 マジックは、「ギューン、ギューン」と効果音を出しながら、ハンドルを回す。 ハーレムは、長兄の首にぶら下がる。 「うっ! 苦しいよ。ハーレム。やめないか!」 「やめないもーん」 ![]() 皆、楽しそうだ。 リキッドは、安堵の溜息をついた。 (あ、あれ……?) 目の前がぼんやりしてくる。この感覚には覚えがある。元の世界に戻るときのものだ。 「ま、待ってくれ――まだ――」 リキッドは抗ったが、やがて、意識が白い幕に覆われた。 その前に、先程ベッドに置いたミッ○ーのぬいぐるみを掴んだ――。 視界に、医務室の白い天井が浮かんだ。 リキッドは、グンマの説明から、自分がミッ○ーのぬいぐるみを持ったまま、プレハブ小屋の外に倒れていたらしいことを知った。高松を呼びに行って、二人がかりで運んで来てくれたことも。 高松がいろいろ嫌味を言うのも構わず、リキッドは、いろいろあっても、ここで、生きて行くんだと、腹を据えた。 「どうしてですかっ! おかしいでしょう!」 数日後――リキッドは、珍しく、ハーレムに食ってかかっていた。 総帥の部隊と一緒の戦場で、ハーレムは、マジックの部下の一人に、誤って怪我を負わせてしまったのだ。 「おかしいも何も、弱い奴が悪いんだ」 「世の中、アンタみたいな強い人ばかりじゃない!」 「アンタみたいなって、俺だってなぁ――」 ハーレムは、言いかけて、口を噤む。そして、リキッドをじっと見つめる。 「……な、なんすか?」 「いや。似てるなって思って」 「誰に?」 「俺がガキの頃な、『男だったら、自信を持て』と説教した奴がいたんだよ」 (俺のことだ――) リキッドは、ぎくっとした。 あのときのことは、上手く説明できない。言ったところで、「おかしな奴」と思われるのがオチだろう。 「それから、プレゼント交換をした――まぁ、それだけの話だ」 ハーレムは、執務室を去り際に、こう言った。 「怪我した奴に、謝ってくる。ついでに、マジック兄貴にもな。貴様にも、礼をたっぷりしてやる」 (隊長が……謝る?) 意外な言葉に、リキッドは驚いた。ハーレムのお礼は怖かったが、 (そんなに、話のわからない人でもなかったんだ――) と、満足だった。 ハーレムからもらったミッ○ーは、リキッドの部屋の一番いいところに置いてある。 後書き 『不思議な出来事』2話めです。 ほんとは、ずーっと、書きたくて仕様がなかったんです。 リキッドが、熱しやすく、冷めやすい性格ですね……。 私は、『南国少年パプワくん』の、みんなから子供扱いされるリキッドが大好きです。『PAPUWA』の最初の方の黒いリキッドも。 でも、書いていくうちに、どんどんいい奴になっていって、最後の方では、優等生になってしまいました。まぁ、いっか。優等生の彼も嫌いじゃないしね。 ハーレムは、未だに好きです。このサイトでは、彼が出てこないのが珍しいくらい。 マジックは、躾にはうるさそうだなぁ、と思いながら書きました。 ルーザーが出てこないのは、彼は登場する予定がなかったからです。こんなとこで予定通りいったってなぁ――ルーザーファンの皆様、すみません。 兄弟三人が、車に乗ったつもりではしゃいでいるのは、高校時代に書いた絵からヒントを得ました。あの絵、どこ行ったかなぁ。出てきたら、ホームページに載せますね。 P.S. イラストが出てきましたので、縮小版をここに載せます。 |