for you ~SERVICE~

 ――ザッ。
 砂音を立てて大柄な美丈夫が足を止める。彼の名はサービスと言った。髪の毛を腰元まで伸ばしている。
 ――あいつは、どうしてるかな。
 サービスは少し、かつての親友――今もだが――の歩む道が心配だった。あの男は、素直なだけに道を間違えると地獄まで落ち込んでしまう危なっかしいところがある。
(ジャン……)
 サービスが湿り気のある風を感じた。重い空気。湿った匂い。天国もたまには悪天候になる日がある。
 シンタローに、
「天国劇場行くか?」
 と、誘ったら、俺はいい、と断られた。レックスに何か吹き込まれたらしい。
 ――真っ直ぐな気性のシンタローには、確かにあの劇場は合わない。そういえば、レックスもどこかシンタローに似た気性を持っていた。どちらもどこか一本気な性格である。
 まぁ、天国劇場で明らかにされる無理して人の嫌なところ、暗いところをわざわざ見に行く必要もあるまい。サービスはそう思っていたが、彼にはジャンが気掛かりだった。
 自分はもう、ジャンに振り回されてる。――高松にも。
 サービスは高松のことも心配だった。けれど、やはり、高松よりジャンの方が心配だ。高松は何とか責任がとれる性格だからいい。ジャンはいつの間にか被害者になっていかねない。それだけではない。被害者を通り越して加害者になっているケースも充分あり得るのだ。
(やれやれ、世話の焼ける……)
 サービスは溜息を吐いた。レックスはシンタローとトランプでもして遊んでいるのだろうか。――レックスの友達もいるのだろうか。
 レックスにはいい友達がいて良かったと思う。自分と高松は、そういい友達とも言えないな、ジャンにとっては――とサービスは思う。ジャンはサービスの運命を変えたが、サービスだってジャンの運命を捻じ曲げた。
 さてと――どこから見たっけ。
 サービスは天国劇場の案内人に聞いた。その人がサービスを通してくれる。サービスはもうすっかりお得意さんだ。――人の心の闇を見るのは嫌いではない。高松とは似た者同士だ。――性格が。
 サービスはさらさらの美しい髪を耳にかけた。ここからジャンが見えるはず。――いた。
 ジャンは、シンタローそっくりの青年に話しかけている。
「マジック様は今夜が峠だ。リハーサルしたこと、わかるね。紅」
「おう。マスターJ」
 マスター? 主? ジャンのヤツいつの間にそんな偉くなったんだ? ――いや、ジャンが科学の研究で大成功したのは知っている。そして、その後の悲劇も――。
 マジック兄さんが峠ということは、兄さんはもうすぐここへ来るんだな――。
「そのシンタローってヤツの真似をすればいいんだろ?」
「違う違う。ああ、やっぱりわかってない――」
「わかってねぇのはマスターだぜ――そうだな……シンタローの子供だと言えばいいんだろ? でも、俺の本当の親父はマスター、アンタだぜ。アンタが、俺を造ったんだ」
「紅……お前、雷に何か吹き込まれなかったか?」
「少なくとも俺達は性行為で生まれた人物でないことはわかっている」
「何でこんな早熟な人造人間を生んでしまったんだろう……」
 ――ジャンは何か後悔しているようだった。
 この男は……紅と言っていた。長い黒髪が若い頃のシンタローにそっくりだ。
 なるほど……この男を見せれば、マジックは鼻血を出して喜ぶかもしれない。病気も何もかもすっ飛んでしまったりして――。
 ジャンはそれを狙っているのかもしれない。サービスはゆっくりと頭を振った。サービスだって、そうなったらどんなに嬉しいか――だが、マジックとて不死身ではない。
 ――マジック兄さん、皺が多くなった。
 白いウェーブがかった髪は真っ白になった。コタローが記録をつけている。時々マジックと話しているようだ。――コタローも大変かと思いきや、案外楽しそうだ。
 コタローもいずれここに来る。
 その時、自分はもう天国にはいないかもしれない。どこかに生まれ変わっているかもしれない。――ハーレムと一緒に。
 ぽつ、ぽつ、と雨が降って来た。サービスは画面のひとつに避難する。
(元気そうで良かった――ジャン)
 けれど、次の瞬間、サービスはうっ、と唸ってしまった。それは、自分が見慣れた光景。心の中のフラッシュバック。
「なぁ、マスター……何でここはこんなに赤いんだ……?」
 紅、という青年が呆然としている。長居は無用。サービスはそっとそこを避けた。マジックのことも気になる。
 マジックの周りには、彼の親戚一同が集まってきていた。サービスが知った顔も大勢いる。
「父さん――」
「コタロー。立派に成長したな。お前も――これからもお前とグンマが、ガンマ団を切り盛りして行くんだぞ」
「お父様……」
 グンマが目元に涙を溜めている。
「ははは、泣き虫なのは変わってないな。グンマ――ありがとう、皆……」
 心電図の動きが平らに近くなって来た。
 その時、バターン、と扉が開いた。心電図が一時的に回復した。
「おら、マジック! まだ寝んねすんじゃねぇ」
「紅……くん?」
「こら、紅。もう少し静かに入りなさい。あ、マジック様すみません」
「……ふ、いいよ。紅のことはわかっていたし。シンちゃんがモデルなんだよね」
「紅のことは……極秘にしていたのに……」
 マジックの情報の早さにか、ジャンは目を瞠っていた。
「私の情報網を見くびらないでくれ給え。――見舞客からいろいろ話は聞いている。人造人間を造るのもいいが、あまり人様に迷惑はかけないように」
「……はい」
「――マジック、総帥?」
 十歳ぐらいの男の子が紅の後について病室に入って来て首を傾げる。金と黒に分かれた髪。大きな目。
「……その子はエドガーくんだね……」
「はい、総帥!」
 ガンマ団の元総帥という偉い人を間近に見て、エドガーは緊張しているようである。その様が可愛らしかった。この少年も、いずれは紅達を脅かす存在になる。
 サービスは思った。これからは、エドガーのことも大切に見守ってやろう――と。
 高松は言った。
「この子が――そのうちグンマ様やキンタロー様の研究を引き継ぐことになりますよ」
「けっ、こーんなチビ」
 エドガーは紅に近づいて行って、思いっきり足を踏んづけた。
「ぎゃああああああ」
「看護師さん――悪いけど紅を廊下まで連れて行ってくれ。私も今行くから……この席に紅を呼んだ私が馬鹿だった――せめて雷なら……炎も刃もどこへ行ったんだか……これだったら剛の方がマシだったな……」
 剛か……サービスは澄んだ目の可愛らしい少年のことを思い出していた。それにしても、これが紅とエドガーの初めての出会いだとは――紅は覚えていなかったようだが――。
「――やれやれ。ジャン、貴方は余計なことしかしませんねぇ……」
 主治医の高松が言った。ジャンは苦笑しつつ紅の元へ行く。
「あー、その……お父様……」
 グンマが必死に仕切り直しをしようとする。マジックが微笑んだ。
「これは……私にはちょうどいい寸劇かもしれないね。少し、元気になったよ。ありがとう――皆。私は……シンちゃんの……ところに……」
 マジックが途切れ途切れ言う。心電図の光がマジックの死を表す。
「ご臨終です」
 ――高松が告げた。皆それぞれ死に水を取る。
(マジック兄さん……)
 サービスはじっとマジックを見つめていた。ジャンはどうしているだろうか。紅のせいで最期に立ち会えなかったけれど――。ジャンは廊下にいた。紅を静かに諭している。
「あのな、紅。ああいう厳粛な場面では静かにしていなきゃダメなんだよ」
「わかった……済まない。マスター……」
「でも、お前のおかげでちょっと助かったかな」
「――――?」
 紅が首を傾げる。サービスも疑問に思った。何が助かったと言うのだろう。
「マジック様の最期なんて見たら、私もショックを受けるかもしれないからね――」
「マスター!」
 紅がジャンの首にかじりつく。本当に、優しいんだ。ジャンは。――優し過ぎるくらい、優しいのだ。だから、紅もジャンに懐いたのだ。サービスが、誰もいないことを確かめて、すん、と鼻を鳴らした。
「マスター! マスター! 俺もアンタが死んだら悲しいぜ!」
「ふふ……俺は死なないよ。死なない体の造りになってるからね……」
 そのジャンの表情には、ほんの少し哀しみが混じっていた。サービスもジャンがいないと寂しい。いっそジャンも普通の人間だったら良かったのに――と思う。自分やハーレムのような……。
「じゃあ、俺達は永遠を生きるんだな」
「そうだよ。炎や刃や雷や剛と共にね――」
「――あいつらとだったら……一緒に生きてもいいな――」
「……いい子だな。紅……」
 ジャンが紅の大きな背中をぽんぽんと叩く。エドガーが病室から出て来て――ジャン達を見て、小さく微笑んでからまた引っ込んでいった。エドガーは将来、光達の前では老人は見たことはないと言っていたが、それは嘘だった。マジックは老衰で死んだのだから。
 ジャン、お前にこの宇宙の存在がかかっている。
 そして、星光。まだこの世界には生まれていない少年。やがて、彼が宇宙を救うのだろう。サービスは希望を未来の者達に託して、マジックを迎えに行こうと、天国劇場の案内人に別れの挨拶をしてその場を去った。

後書き
エドガーはほんとはもう成人しているのかな? でも、この話ではまだ子供。
星光のことももっと書きたかったなぁ……星光大好き!
2019.06.27

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