for you ~JAN~

 ラボに来たジャンを迎え入れたのは、独特の臭気とブーンと呻る微かな機械音だった。
 ジャンは機械臭がそんなに嫌いではない。むしろ、自分に合っているのだろうと思う。
 べッドには美しい青年が眠っていた。
「雷……」
 ジャンが呟いた。雷の顔は、とっくに亡くなってしまった親友に似ている。或いは、親友の先祖とも。親友サービスの先祖はライと言う。雷の名前はそこから取られたのだ。
 炎雷剛刃紅の衆。四男雷。
「マスター」
 ――紅の声がした。
「……ノックぐらいしろと言ったろ」
 ジャンが言った。
「そいつが俺の弟か」
「ああ。雷と名付けた」
「ふん……」
 紅は雷の寝ているベッドの傍に寄った。雷の体には数々のコードが繋がっている。
「けっ、生意気そうな面だぜ」
「――仲良くするんだぞ」
「俺の言うことをちゃんときいてくれるならな」
 それは無理だろうな――ジャンは思った。ジャンは、雷の初期設定も担当した。――彼は性格も、サービスに似ている。無論、サービスとは違うところもあるが。
(紅との折り合いは悪いかもしれない)
 雷の兄の三男紅。真っ直ぐな気性の紅と、サービスやライに似た雷は喧嘩ばかりするかもしれない。
 まぁ、でも――それでもいい。ジャンは思った。今、ジャンはマスターJと呼ばれている。世界が誇るジャン博士だ。紅も何故かジャンが気に入っているらしい。紅の性格のベースはシンタローだというのに。
 シンタローは、死ぬまでジャンに気を許さなかった。ジャンがシンタローを殺したことを思えば当然だろう。その後、シンタローは生き返ったが。そのシンタローも既に墓の中だ。
「ジャン」
 聞き慣れた声がした。――高松だ。高松も自然より人工物を愛する、天才的な博士だった。
「雷は目覚めましたか?」
「いや、だが、もうすぐだろう」
 雷――早く起き給え。ここがお前の住む世界だ。
 ジャンはじっと雷を見つめている。紅が欠伸をする。
「面白くなさそうですね。――紅」
「そうだな。でも、マスターの命令なら、そいつと仲良くしてやってもいいぜ」
 高松はふん、と笑った。
「紅はジャンの言うことだけはよくききますねぇ」
 高松は憎まれ口を叩くのも忘れない。
「はぁ、皆そうだろ。俺達はジャン博士に作ってもらったんだから」
「私も協力したことを忘れないでくださいね」
 ――紅は高松を無視した。紅はジャンの人形だ。そして、雷も――。
(この発明はサービスに捧げたかった)
 ――人造人間か。面白そうじゃないか。
 そう言って、紅茶を飲みながら優雅に微笑むサービス。あの時の記憶は忘れられない。サービスの飲んでいたお茶の香りまではっきりと覚えている。――サービスの飲んでいたお茶の葉は高松が作ったものだ。
 それのおかげで、サービスは死ぬまで美しかった。
「高松。雷を頼む」
「――わかりました。どうぞ行ってらっしゃいませ」
 ジャンは向かった。サービスの遺体の眠っている場所へ。
「あ、どこ行くんだ? マスター」
「一人にしておあげなさい。紅」
「けど……俺は、マスターのことは何でも知りたいから――」
「まるで恋しているような台詞ですねぇ」
 恋か――。ジャンは今でもサービスに恋をしている。
 人造人間の研究はあらかた自分の思う方向に進めることが出来そうだ。後は……サービスを起こすだけだ。
 サービス。俺はお前に全てを捧げる。
 ジャンの瞳の虹彩を確かめたセキュリティシステムは、その重い扉を開ける。
 コールドスリープのカプセルの中に、サービスの遺体が眠っている。ここでは、誰もジャンを邪魔する者はない。ここはジャンの秘密の聖域なのだ。高松以外の誰も、入ることを許さない。
「サービス」
 ジャンはサービスの唇の辺りにキスをした。
「サービス。聞いてくれないか。――雷が完成したよ。君に似た子だよ。……お前にも見せたいな」
 ジャンはサービスの美しい死に顔に向かって話しかけた。今はサービスも眠っているだけ――ジャンは無理にでもそう思う。サービスを起こせるようになるのは、いつの日だろう。
 不老不死の研究も平行してやっている。ジャンは寝る間も惜しんで働いている。紅が心配する程に。高松は心配していない。彼も同じような環境だから。
「エドガー……」
 エドガーは上手くやってくれるだろうか。ジャンは彼を子供の時から知っている。――人間のように育つ人造人間。
(エドガーと紅達を……今、会わせる訳にはいかないな)
 生の宇宙と死の宇宙。紅――彼らはどちらを選ぶだろうか。前者であって欲しいと、ジャンは願った。
 だが、それには紅を裏切らねばならぬ。自分はまた死ぬのかもしれない。
 チャンネル5。――高松とジャンはそれを実行しようとしていた。
(高松は死を望んでいる)
 それとも、無か。高松はしきりと全てを消したがっている。自分に関わる者全て。それをしないうちは死んでも死にきれない。――いつだったか高松はそう言っていた。
(俺は、生ある宇宙をとる)
 高松とはいつか袂を分かつだろうと、ジャンは思っていた。薄々気づいている。あの友人とは相いれなくなっていることに。
 ジャンは、士官学校時代にサービスや高松と一緒に騒いでいたことを心の奥でリピートしていた。
「高松……」
 そして――サービス。
 サービスは、ジャンがやってきたことを知ったら彼を詰るだろうか……。
 サービスも罪を犯した者だ。しかし、サービスはジャン達に許しを乞い――晩年は贖罪の為に生きて来た。
 あの男がいたら、どんなに良かっただろう。サービスが微笑めば、ジャンはそれだけで何者にでもなれる。――紅を破壊することだって、出来る。
 ジャンが人造人間の中で一番大切にしているのは紅だ。紅は人を惹きつけるシンタローの性格をそのまま引き継いでいる。紅は、ジャンにとって息子のようなものだ。彼の骨肉はジャンが造った。或いは、ジャンが所属していた研究チームか。
 この広い宇宙の中、炎雷剛刃紅の衆の主は一人きり。それは、ジャンではない。――彼らの主はまだ生まれてさえいないのかもしれないのだった。
「俺は……宇宙の主を造るよ。この手で」
 だから、サービス。見守っててくれるか? ――ジャンはそう呟いた。
「全てが終わったら、サービス。お前を必ず起こす。一緒に暮らそう」
 ジャンは求婚めいた言葉を発した。尤も、ジャンは昔からこの美しい男性にいつも纏わりついて愛を囁いていた。あの時の自分を、一旦捨てる。
 ――ジャンは溜息を吐いた。
「今度はお前の好きな薔薇、持って来るからな。おやすみ、サービス」
 ジャンはまたコールドスリープのカプセルにキスをすると、部屋を出て行った。

 ――雷が瞼を開けた。
「……成功だ」
 ジャンが喋った。雷はまだ目の焦点がぼやけているらしい。気のせいか、雷からは薔薇の香りがしてくるようだった。
「ここは――?」
「ここは俺、ジャンと、友人の高松のラボだ。雷――これがお前の名前だ」
「雷――」
「この世へようこそ。雷」
 コードを外されていた雷は起き上がる。ジャンは雷に向って右手を差し伸べた。雷の手は温かかった。
(サービス……まるでサービスを見ているようだ……)
 ジャンは、微笑みを浮かべた。
「おはよう。雷。――ようこそ、この世界へ」
「目覚めたか……」
「ジャンさん……この男は?」
「俺のことはマスターJと呼んでくれ。……この男はお前の兄、紅だ」
 紅はぼそっと、まぁ、適当にやろうぜ、と言った。雷はくすっと妖艶な笑みを浮かべた。チャンネル5――それは、ジャンがサービスの為に用意したプロジェクトだ。
 ジャンは密かに心の中で呟いた。この世界をお前にあげよう。――サービス。お前に。その為に、俺は生きてきたのだから。炎雷剛刃紅の衆は、お前のものだ。彼らの主は、お前と言う本当の主に彼らを会わせる為の――駒だ。
 だが、ジャンは内心の己の想いを隠す。――ジャンは如才ない態度で、雷にこのラボの説明をし始めた。

後書き
昔からマスター×ジャンが好きでした。でも、ジャンは今でもサービスを想っているんじゃないかと……。
永遠の恋と孤独……私が好きなシチュエーションです。
2019.06.14

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