誰が何と言おうと

「なぁ、ハーレムの息子っつーヤツが現れたんだってよ」
「ああ、あのレックスって子だろ?」
 知らない団員が俺の噂をしている。――何か気分が悪かった。
「本当にハーレムの息子かねぇ。そっくりさんじゃねぇの?」
 このデジャヴ……ジャンと高松もそう言っていた。俺は、ここにいたくなくて、そっと足音を忍ばせて去ろうとした。
「うぉっ!」
 ――途中、ジャンにぶつかった。ジャンは書類を取り落とす。そんなところにいるからだよ。馬ー鹿。でも、俺は大人だからな。体は子供でも、心は大人のつもりだ。アグネスおばさんのおかげで最低限の礼儀は身についてんだ。
 ごめん、と言って走ろうとした。
「ちょっと待った」
 ジャンが俺の腕を掴む。
「――何だよ」
「ちょっと話がある。いいかな?」
「……別にいいけど」
 ジャン。この男、俺の出生の疑問を高松と話していたことがある。――だから、あまりいい感情は持っていない。でも、悪いヤツではないと思う。サービス叔父さんの親友だしな。これでも。
 そういえば、さっきの団員達も、ジャンと高松のしていたような話をしていたっけ。話のネタにされるのは、いい加減慣れっこだが、いい気は、しない。
「いつまでもこんなとこにいねぇでさぁ……俺の部屋に来いよ。旨いお茶ご馳走してやるから」
 旨いお茶、ねぇ……。
 俺はそれで心が動いた。そればかりではないのだが、俺はジャンの部屋に行くことにした。

「ほら、淹れたぞ。ジャン様特製のグリーンティーだ」
 ――早い話が緑茶じゃねぇか。でも、美味しそうな匂いだ。緑茶も好きなんだよな。俺。あまり飲んだことないけど。
「ありがとう」
 俺は湯呑み茶碗を受け取る。湯気が勢いよく立っている。熱い。
「――あ、ほら、お前のお茶に茶柱が立ってるぞ」
 ジャンが言った。
「茶柱?」
「ああ、ラッキーだぜ。お前」
 何で茶柱が立ったぐらいでラッキーなのか、俺にはわからない。でも、ジャンは笑っている。俺がジャンの方を見ると、ジャンは「ん?」という感じで首を傾げている。悪いヤツどころか、人の好さそうな笑顔だ。
 ま、いいや。
「――いただきます」
 ……これも、ジャンが淹れたのか……。なんか、好きな味だな。
「旨いぜ。ジャン」
「どうも。ハーレムも、『お前の淹れたお茶だけは好きだぜ』って褒めてくれたっけなぁ……」
 ――それ、褒めたって言うのか? この男もいい加減楽天的だなぁ……自分の都合のいいように取るというか。そんないい風に考えられたら、世の中楽しいだろうな――そんなことを思わせる、ジャン。
 あ、でも、こいつも高松と俺の出生を話していたんだっけ。こいつになら、わかるのだろうか。俺の出生の秘密。
「なぁ、ジャン――アンタ、俺と親父の秘密、知ってんの?」
「あー、知ってるっちゃ知ってるな。でも、アンタの秘密は知らないも同然なんだ。この間も高松と話してたけど」
「はっ。どうせ悪口だろ?」
 ――俺も憎まれ口を叩く。だからだろうなぁ。俺があまり団員にウケが良くないのは。それがいいというヤツらもいるけれど。俺だって、もっと素直になったらいいんだろうとは思うんだけど、イヤなヤツに愛想ふるまうのもごめんだし。
「お前がどこから来たのか考えてた」
「だから、お袋のお腹の中から――」
「いや。お前がどこから――本当に青の一族か、とか……下らない話だよ。俺達にとってはそんなんどうでもいいことなのにな」
「そうだよ。どうせ俺は青の一族だろうが、何だろうが、ジャンには関係ないよな」
「俺は――青の一族だと思ってるよ。でもそうでなくてもお前を歓迎しただろうな。お前が来てから、シンタローが目に見えて明るくなった。――サービスもな」
「シンタローって、昔からああいう性格じゃなかったの?」
「元は明るい性格だったよ。――ハーレムが死んでからしばらくは生ける屍だったけどな」
「うそぉ……」
「でも、レックスが来てからまた明るくなったよ。まぁ、その前も立ち直りかけてはいたからな――」
 シンタローは、ハーレムが死んで生ける屍になった……確かにそんな話は聞いたことはあるけど……俺には優しかった。ちゃんとガンマ団総帥の仕事もやっていた。
「シンタローにも、いろいろ迷惑かけたんだよなぁ、俺達……」
 ジャンが遠い目をする。どんな迷惑だかは、俺は聞かないことにした。誰にだって聞かれたくないことはあるもんな。さっき、出生の秘密知ってんのかって訊いちゃったけど。
「レックスもサービスも、俺には天使に見えるよ――」
「ふぅん……」
 俺は茶を啜った。日本的で美味しい。アグネスおばさんの淹れたお茶も旨いけどな。
 それに――何か懐かしいような気がする。
「――どうした? レックス」
「ジャン――俺、お前がわかんねぇ」
 本当にいいヤツなのか、それとも、そう見せかけているだけのか――。
 高松は……まぁ、いい性格してるとしか言えないんだけどな……。
「お前は、青の一族だよ。誰が何と言おうと。高松辺りが余計なこと言ったかな?」
「ううん。実はね――アンタが高松と俺の生まれについて話してるの聞いちまったんだ……」
「それはそれは。でも、大したこと話してた訳じゃないぜ」
「俺が、オレンジ色の髪をしてるから――」
「イレイナさんもオレンジ色の髪をしてたのかい?」
 俺は、こくんと頷いた。ジャンの笑みが深くなった。セリザワは、「ジャンって酷いヤツなんだよ。ハーレム隊長の方が絶対いい!」と言ってたけどなぁ……。俺にはやっぱりジャンは悪いヤツには見えない。
 目的の為には非情になれる。そんな性格かもしれないけど、マジック伯父さんだってサービス叔父さんだってそういうところはありそうだけどな――。
 とにかく、写真の中ではお袋はオレンジ色の髪をしていた。
「俺、お袋の写真見たことあるぜ。――長い髪を結い上げてた。オレンジ色の髪が綺麗だった」
「レックスはお袋さんが好きなんだな」
「うん」
「羨ましい……俺のお袋さんは赤の秘石だもんな」
「ジャン……それ冗談で言ってんのかよ……」
 だとしたら少しも上手くはないんだけど。
「――まぁ、そのうちお前にもわかるさ。お茶お代わりいるか?」
「あ、ども」
 ジャンは空っぽの俺の湯呑みにとぽとぽとお茶を注いでくれる。最後の一滴まで淹れてくれる。「はい」と言って、ジャンは俺に湯呑みを渡してくれる。さっきよりぬるいように感じるのは少し冷めたからだろうか。
「うん。やっぱり旨いぜ」
「良かった。サービスにもお前はお茶を淹れるのだけは上手いなって褒められたっけ」
 だから、それは褒めてる振りして皮肉ってんじゃねぇか? それに、親父のハーレムもそんなこと言ってたってさっき聞いた気がする。――サービス叔父さんは親父の双子の弟なだけあって、同じ意見を持つものらしい。
「俺はね、レックス。お前にもサンプルになって欲しかったんだよ。高松もな」
「サンプル?」
「ああ。オレンジ色の髪の青の一族なんて珍しいからな。――でも、考えが変わったよ」
「何?」
「お前は――お前達のことはそっとしておく。思えばセリザワにも気の毒なことをした。――アンタみたいな子供見てるとさ、どうにもサンプルって感じがしないんだよ。一人の少年として見ることが出来る」
 そういや、なんか研究してたみたいだったな。ジャンや高松。不老不死とか、宇宙船とか。噂で聞いただけだけど。
「子供って、強いよなぁ……」
「何で? 俺は自分の力のなさを知ってるよ。だから、早く大人になりたい」
 ジャンが切なげに笑った。
「お前が大人になったら――子供でいた方が良かったと思うよ。俺には、子供時代というのがなかったけどな」
 そう言ってジャンはにこっとまた笑った。
「そんなもんかな」
「そうだよ――お前だって今は、シンタローとかキンタローとか、サービスとかに可愛がられているからわかんないだろうけど」
 俺は、孤児院で生きて来た。大人の人も大勢見た。どの大人も大きく、立派に見えた。
 その大人でさえ、悩んだり迷ったりして生きているのだろうか。あの、俺の兄貴分のシンタローでさえそうだった。ジャンも、何かに迷ったり、つまずいたりして生きているのだろうか。
 だったら俺は、ジャンだって嫌いではない。自分の生き方に迷う大人は嫌いではない。だって、俺も迷っている最中だから――。
「俺、アンタのこと嫌いじゃない。とりたてて好きでもないけど」
「ありがと、レックス――お茶、冷めるぜ」
「とっくに冷めてるよ。――それから、高松も嫌いじゃない。ああはっきりと変人な自分を貫いていると、かえって面白い」
「その言葉を高松に聞かせてやりたいぜ」
 俺とジャンは視線を合わせた。その時、サービス叔父さんがやって来た。――ご飯だとさ。ジャンのことも呼びに来たらしい。つか、ジャンに会いに来たとしか思えねぇ。サービス叔父さんもジャンのことが好きなのだ。

後書き
レックスくんシリーズです。
ジャンとお茶しているレックス。
レックスの早く大人になりたい気持ちはわかるけど、子供時代もちゃんと大切にして欲しいものです。

2018.12.23

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