レックスと大団円

 足音が聞こえてくる。誰だろう。それに、ここはどこかで見たような気が――。
「レックス」
 硬い、真面目そうな声がした。この声は覚えている。
「アス!」
 変態野郎のアスじゃねぇか。きしめんみてぇな髪のアスじゃねぇか。――俺も口が悪いな。アスは俺を見てにやりと笑った。
「元気そうだな。レックス」
「元気じゃない方がよかったのかよ」
 俺はそう返事をする。全く、ああ言えばこう言う――と、サービス叔父さんは嘆いていたが、仕様がない。性格なんだ。親父の昔の頃にそっくりだと、マジック伯父さんも言っていた。それは嫌ではない。
「いいや。私はしばらくここを離れようと思ってな。……お前らにはしばらく会えないだろう――会う前にお前の方がくたばってしまうかもしれんしな。――ジャンにこのことだけ伝えてくれ。……お前からも俺の刻印を消してやる」
 ああ、そんな話があったな……。
「お前は、俺にとってはもう用無しだからな。自由になれるんだぞ。嬉しいだろう」
 まぁ、そりゃ嬉しいことだな。でも、アンタに言付けを頼まれてもねぇ……。
「『ジャン、俺はいつまでもお前を待っている』と――」
 それを聞いた時、背中がぞくり、とした。こいつ、もしかしてストーカーってヤツなんじゃ……。
「あ、あの……」
「心配はいらない。どうせしばらくの間は好き勝手させておいてやるんだから――この言葉をジャンに伝えた時に、刻印は完全に消える」
 じゃあ、遠い将来にはこいつに付き纏われたりするのか? ――ジャンも気の毒に。……でも、アスは一人でどこ行くんだろう……。
「アスはどこへ行くんだ?」
「――さぁな。地上からいなくなった秘石の跡を追うのもいいな」
 こいつ、ただ単に何も考えていないだけなのではないだろうか。些か計画性が無さ過ぎる。じゃあ、確かに頼んだぞ――そう言って、アスの姿は花吹雪に消える。高笑いを残して。
「わぷっ!」
 俺は花の匂いに包まれたような気がした。そして――目が覚めた。
「――んあ?」
 俺はベッドからずり落ちていたらしい。そうか。昼寝の最中だった。シンタローが俺の顔を覗き込んでいる。シンタロー、だよな。髪の毛長いもん。
「大丈夫か? レックス」
「大丈夫だよ……ふぁ~あ、眠い……」
 俺はあくびをしながら伸びをする。
「あ、そうだ。ジャンいる?」
 無理やりとは言え、頼まれた仕事はきちんとしなきゃなぁ……俺は、こういうところは親父に似なかったらしい。ま、当たり前だよな。親子だって、全然性格は違うもん。
 俺は、死んだお袋のように律儀なところがあると聞く。美徳なんだよ、と、マジック伯父さんは言ってくれた。
 あー、でもこれでアスにまつわりつかれるのことはなくなるのかな。清々したぜ。アスのことだから、またけろっとした態度で俺らに嫌がらせみてぇなことするんだろうけどな。
 アスのことはシンタローからも聞いている。何でも、シンタローの本体で、ヤツには随分迷惑したと。
(キンタローには内緒だぞ)
 キンタローはアスが絡むと切れるから、と言うことらしい。あの温厚なキンタローがねぇ……。自称紳士と名乗っているところはいただけないけどな。キンタローも昔は随分暴れたらしい。
 ――ちょっと見てみてぇな。キンタローが切れたとこ。でも、俺も命は惜しいもんな。
 けど、アスと俺達の腐れ縁はそう簡単には切れない気がした。まぁ、いい。ジャンに伝言してこの役目とはおさらばだ。
 トントントン、と扉にノックの音がした。
「はあい」
 俺は答えた。来たのはジャンだった。
「あ、食事の用意が出来たから、レックス呼んで来いってサービスが……シンタローは何でいるんだ?」
「別に。何でもいいだろ。ノックしても返事がねぇから勝手に入ったのは悪かったけど――な、レックス」
「いいよ。シンタローなら」
 俺が言うと、シンタローがはにかむように微笑んだ。
「あ、そうだ。ジャン。きしめん野郎から伝言。『ジャン、俺はいつまでもお前を待っている』と――」
 ジャンの顔から血の気が引いていくのが見えた。
 ――んじゃ、確かに伝えたぜ。アス。
 俺は頭が楽になるのを感じた。昔は時々痛くなったけど、高松やジャンは『異常なし』を繰り返すばかりだったからなぁ……。
 ああ、もう俺は、アスの呪縛に脅えなくて済むんだ――。
 普段は何ともないんだけど、ふっと気が緩んだ時に発動するアスの呪い。だけど……何でかな。ちょっと寂しいな……。アスは気まぐれなヤツみたいだからな。この世界を征服することも、もしかしたら諦めたのかもしれない。
 それはそれでいいことなんだけど――。
 ジャンは溜息を吐いた。
「アス、ね。あいつもいい加減俺から離れればいいのに――」
「いいじゃねぇか。そんなに惚れられて、男冥利に尽きるってもんだろ?」
 シンタローが舌を出す。
「相手によるぜ……」
 ジャンが独りで何かぶつぶつ言っている。けど、俺も、シンタローの言う通りだと思う――。ま、確かに相手によるんだけど。
 俺だってアスが相手じゃイヤだもんな。
 でも、アスは結構いい男だから、すぐジャン以外の新しい恋人見つけるよな……。
「あ、そうだ。シンタロー。今夜は鍋だって」
「知ってる」
「わーい」
 俺は両手を挙げた。鍋は大好きだ。
「どんな鍋だ? 寄せ鍋か? ラーメン鍋か? 肉鍋か?」
 俺はわくわくしながらジャンに訊く。
「ちゃんこ鍋だそうだ」
「わあい!」
 俺はまた手を挙げてしまった。シンタローがふっと笑う。何だよ、俺が子供だとでも言いたいのかよ。でも、大好きなんだぜ。ちゃんこ鍋。
「あんだよ。シンタロー。笑うなよ」
 俺が唇を突き出す。
「いや、子供の頃の俺とおんなじ反応だったんでつい――そういやジャン。闇鍋にしようと言う案もあったんだってな」
「ああ。主に高松がな……」
 闇鍋?!
 俺は目を光らせた。闇鍋って何だかわからないもんを混ぜる料理だろ? 箸で摘まんだもんは必ず食べないといけないルールなんだろう?! 超楽しそうじゃん!
 そんなことを楽しいという俺もまだまだ充分子供か……。
「闇鍋はなぁ……高松が何入れてくっかわかんないってことで没になったぜ。俺は何食っても腹壊すだけだけど、シンタローやコタローやレックスには命に関わるからな。ほんと、あいつの持って来るのはろくなもんじゃねぇよ」
 うん。ジャンの気持ち、わかる。
「あ、でも、今回のちゃんこ鍋はマジック総帥が手ずから料理するんだって」
「親父のかぁ? 闇鍋の方がまだ危険少なかったんじゃねぇの?」
「まぁ、そう言うなって、シンタロー」
 俺が、ジャンのこと、ふざけているように見えても実は真面目なヤツだと思うのは、こう言う返事をするからだと思う。こうやってシンタローをたしなめるジャンは大人だ。
 サービス、高松、ジャンの竹馬の友トリオの中でも、ジャンがリーダーを務めているのは、こういうくそまじめなところがあったからだ。
 ジャンはそう言うところを変えたいと思ってるようだけど、無理して変えることねぇじゃん。なぁ。その人の性格は持ち味なんだし。俺、いろいろ聞いてるけど、ジャンは嫌いじゃない。
 ……優しい男だって、思うもん。そりゃ、俺だってジャンにはいろいろ思うところがあるけれど、悪い男じゃねぇもんな。
 サービス叔父さんだって今のジャンが好きだと思うよ。ジャンとサービス叔父さんはデキてんだ。俺、知ってんだもんね。
 ――シンタローとジャンは部屋を出て行った。昼飯の後にまだ仕事があるんだとよ。大人は大変だな。でも、大人の中にガキ一人っていうのも結構大変なんだぜ。退屈にはなるしさぁ。
 ちょっと食堂行く前に顔洗ってこよっと。

「はーい、お鍋ですよ~」
 マジック伯父さんが鍋を持って来てくれた。なんだ。俺に言ってくれりゃ運んでやったのに。
「うおお、旨そう!」
 ジャンが大喜びで写真を撮っている。――後でインスタに上げるつもりなんだそうだ。
「狡いですよ! ジャン! ここの場所は私に譲ってください」
 はん。大人げないな。ジャンも、高松も。
「俺も写真を撮りたいんだが、いいだろうか……」
「勿論ですとも。キンタロー様。ほら、グンマ様も……ジャン、こう言う特等席は若者に譲りなさい」
「ちぇっ」
 俺は大笑いをする。アスには、こんな仲間がいただろうか。――今はいなくてもいいから、いずれは作って欲しい。そしたら、寂しくなくなると思うんだけどな。俺。
 周りの大人達は俺に肉だの野菜だのを俺に取り分けてくれる。こう言う時はいいな。まるで王様扱いだ。
 今がこんなに幸せだから――。
 いつか、世界中から問題がなくなって、大団円になることを期待してもいいよな。

後書き
パプワ小説最終回です。
もう既にパプワジャンルでは書きたいことは書いてしまったので。
パプワジャンルには十代の頃からいたんだなぁ……長かったなぁ……。
最後は強引に締めました。また何か書きたい物が降ってくれば書くかも?
2020.06.17

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