ぼくの大好きだったもの

 ぼくの大好きだったもの。それは犬のセラフィム。
 ぼくの大好きだったもの。それは――母さん。

「行くよー。セラ」
 セラは、ぼくの投げたボールを取ってきた。
「よーしよし。偉いぞ、セラ」
 セラは、尻尾をちぎれんばかりに懸命に振っていた。
 セラとは、セラフィムの略。天使のセラフィムだ。
 雄のドーベルマンで、とても強い。それにぼくに懐いている。
 子供の頃から可愛がってるから。
「かわいいな。おまえは」
 そう言うと、セラは、ハッハッと嬉しそうに息をする。
「マジックー、セラー。おやつの時間ですよー」
 母さんの声がした。
「わかったー。ほら、セラ、行くよ」
 セラは、一声吠えると、僕の後からついてきた。

 冬になって、冷え込んだ時、ぼくは風邪をひいてしまった。
 弟達は、イザベラ達と一緒に、南方にバカンスに行っている。
 でもいいんだ。今は母さんを独り占めできるから。
(――ちょっとトイレ行きたくなってきたな)
 僕が廊下に出ると、セラがやってきた。
「セラ。ぼくが元気になったら遊んであげるからね」
 セラは、ぼくの言うことがわかったのか、心配そうに鳴く。
「すぐ治るからね」
 そう言って、頭を撫でようとした時だった。
「見つけたぞ!」
「マジックだ!」
 二人の不審人物を見つけた。
 ライフルの音がする。幸いぼく達には当たらなかったが、怖かった。
「うー」と、セラが唸る。
「セラ、だめだ!」
 セラは、悪人どもにかかって行った。
「セラー!」
 セラは、銃弾に倒れた。
 あいつら、よくもセラを――!
「マジック、どうし……」
「母さん、悪い奴らが……!」
 母さんの顔が厳しくなった。
「こっちへおいで。マジック」
 二人が追ってくる。
 また銃声が鳴る。
 何か柔らかい物がぼくを包む。それは母さんの体だった。
「母さん? 母さん、母さん――!」
 母さんはぴくりとも動かない。
 あいつら、殺してやる! よくもセラと母さんを――!
 パン、パーン。
 今度は拳銃の音だ。
「ジュリア様! マジック様!」
 護衛の者達がやってきた。
「すみません! あんな奴らに隙を与えてしまって。どうやら秘密の裏口から侵入してきた模様です。賊は片付けました!」
「何やってるんだよ! おまえらは! おかげでセラと母さんは……」
「どう詰られようと、仕方がありません」
「おまえは――」
 こんな時、リカードがいれば――と思った。リカードは今、弟達と共にいる。
「……マジック……」
「母さん……」
「――あなた、誰も殺さなかった?」
「……殺さなかったよ」
「そう、良かった……あなたの良さを……醜い心で汚さないでね……」
 この台詞の真の意味を理解したのは、もっとずっとあとのことだったが。
「セラが殺された」
「……あなたを守ったのよ。セラは」
「義姉さん!」
 ラッコン叔父さんが走ってきた。
「ラッコン……マジックは、無事です……」
「それより早く病院へ!」
 叔父さんは、母さんの体を担いだ。

 間もなく、母さんは病院で息を引き取った。
 ぼく達家族は、しんとしていた。
(許さない――!)
 セラと母さんを奪った奴らを。
 それは父さんも同じだったらしく、そのテロリストを放ったグループ『赤い麒麟』をせん滅したことをのちに知った。
 でも、セラと母さんは帰ってこない。

 ぼくの大好きだったもの。それは犬のセラフィム。
 ぼくの大好きだったもの。それは――母さん。

後書き
マジックの子供の頃の話です。

オリキャラマジックの母(ジュリア)が美味しい役目です。殺されましたが、愛着のあるキャラです。
話は変わりますが、テロリストを手引きしたのはラッコンだったと書く予定だったのですが、この頃はそんなに悪いヤツではなかったと思いたいので、削除しました。しかし、賊が攻撃した時、彼はどこにいたのでしょうか。
ラッコンは、マジックにとってはアウト・オブ・眼中だったようです。あっ可哀想(ラッコンが)。
ちょっと遅れてしまいましたが、これがマジックの誕生日小説です。
2009.12.15

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