墓標

 シンタローが、叔父のサービスと修行を始めてから、半月が経った。
 正直、何故修行が必要なのか、シンタローにはわからない。士官学校の生徒の中には、敵う者がいない彼である。
 今日も今日とて、身の回りの家事をするのに忙しい。料理だって、サービスの方が上手いのに、何も手出ししてくれない。
 意外と人使いの荒い――否、厳しいサービスの元で、シンタローは、体力気力精神力が、格段に培われているのだが、本人は気づく由もない。
 シンタローは、住処にしている洞窟から、少し離れた泉で水を汲もうと、手桶を持っていた。
 これも、修行の一環である。
 水汲みのとき、いつも通りかかる度、目にする廃墟にシンタローは視線を遣った。
「あの街には、近づいてはいけない」
 サービスが、きつく言っていた。修行初日に。
(見たい)
 少年らしい好奇心がシンタローを突き動かそうとする。
(でも、叔父さんに怒られるかな)
 シンタローは知性と体力と美貌を備えた叔父を、尊敬していた。父マジックに怒られるのは平気だが、サービスに逆らうのは、何となく疾しさがあった。
(黙っていれば、わからないか)
 結局、サービスに内緒で、ちょっとした探検を始めることにしたらしい。幸い、手桶の中は、まだ空っぽだった。

 叔父の話によると、この街は、風土病で全滅したということである。
 遠くから見ても、屋根や壁が、長年の風雨でぼろぼろになっているのがわかった。建て直す人もいないのであろう。近くで見ると、更にひどい。
 もし、病気にかかったらどうしよう。
 シンタローは、一瞬不安になった。が、そこは持ち前の楽天思考で、
 ――俺、若いし丈夫だし、自然治癒力もあるからな。
と考え、また調べることにした。気になることがあったからだ。
(――弾痕か)
 何故、壁に、たくさんの銃弾の痕があるのだろう。
 病気にかかった人を、撃って殺したのだろうか。
 シンタローの背筋を、寒気が走った。
(――ん?)
 木を紐で十字に括った墓(だろうと思う)があった。
 そちらに寄ってみると、花が置いてあった。小さな野の花だが、可憐で綺麗だった。摘んでから、まだそう時間も経ってなさそうだ。
 でも、こんなところに、この粗末な墓に手向けの花を置く人物があるだろうか。ここには、人の気配もない。
 いや。
(――叔父さんが?)
 該当者が誰もいない以上、そう考えるのは自然だった。
 勿論、別人の可能性もあるわけだが。

 昼が来て、日が暮れて、夕餉の時間になった。
 シンタローは、ご飯をかきこみながら、サービスの様子を窺っている。
 サービスは、いつもの通り、泰然自若として、「どうしたのか」とも、「何があった」とも聞かない。
 それが、シンタローには、幾分不満だった。
 シンタローも、ばれないようにしていたが、何も反応がないのも気が抜ける。
「――ねぇ、叔父さん」
 暫しの心の中の葛藤があった後、やはりシンタローは、自分から訊くことにした。
 サービスは、顔を上げた。
 約束を破ったことを知られてしまうが、仕方がない。
「叔父さんは、あの廃墟に、十字架があったの、知ってる?」
「――ああ」
「誰が作ったか、わかる? 俺と叔父さん以外には、ここ、人っこ一人いないよね」
 サービスは、しばし黙っていたが、立ち上がって、コートを翻した。
「散歩に出るぞ。シンタロー」

 サービスが独り言のように教えてくれたところによるとこうだった。
 ――あの廃墟は、十八年前、ガンマ団が侵攻していった街の一つだった。
 シンタローが修行に出るとき、マジックは、もっと条件のいいところを勧めたが、サービスは、敢えてこの地を選んだ。
 サービスのブーツが、微かな砂埃を立てて、止まった。
「これは、私の戦友の墓標だ」
 それは、今朝見た十字架だった。
「叔父さん……それでは、叔父さんも、ここで戦ったの? その、友人と一緒に」
「――ああ」
「その人は、ここで亡くなったの」
「そう。ガンマ団の共同墓地にも、あいつの墓があるが」
「この十字架、今までよく残ってたね」
「風雨にさらされ、朽ちる前に、新しいのを用意しておいたからな。それが、あいつに対する、今の私にできることだ」
「花を飾っていたのも?」
「そうだ」
 サービスが、シンタローに視線を当てた。
「――叔父さん、どうしたの?」
「いや、ここでおまえと共に、あいつの墓標に立つなどとは、何かの導きかな、と思ってな」
 その頃のシンタローには、サービスの感慨はわからなかった。
 鈍く輝く銀色の月が、彼らを照らしていた――。

後書き
中学か高校の頃に考えた話です。
思ったより短かったです(汗)。
ラストシーンは、脳裏に挿絵が出てくるまで、決まっていたんですよ(最初は同人誌の作品として、考えていた)
ただ、そこに至る過程が、どうなるかわかりませんでしたが。


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