薔薇園にて

 ここは、丹精込めてルーザーが育てた薔薇園――。
 水をやり終え、ふぅ、とルーザーが溜息を吐く。
「ここは、こんなもんでいいかな――」
 つい独り言も出てしまう。
「ただいま、兄さん」
 ルーザーとよく似た面ざしの末弟サービスが中学から帰って来た。
 女の子のような顔に学ランは似合わない。
 どうしても、女装したような美少年になってしまう。
 ルーザーはサービスに比べればがっちりしていた。
 無駄のない筋肉。ひとひらの贅肉もついていない。
 それは、ひとえに努力の賜物であろう。彼は、学生時代はフェンシングをやっていた。
 かなり強かった。ハーレムなど、今でも敵わない。
「ルーザー兄さん、今日テストで百点取ったよ!」
 サービスが得意そうに胸を張る。
 大人になったと思ったが、こういうところはまだ子供だと、ルーザーは内心苦笑した。
「おめでとう、サービス」
 お祝いの言葉をかけてやる。
「ハーレムはどうかな?」
「あいつは……いつも通りじゃないかな」
 0点とはいかないまでも、赤点すれすれだろう。つばめも真っ青の低空飛行。
 とても、目の前の優秀で美麗な少年の双子の兄とは思えない。
 サービスは、自分の方が後に生まれたのだから、自分の方が兄だと主張する。どうしてかはハーレムにはわからないようだし、わからなくていい。
 ハーレムのすれていないところが、ルーザーにとっては魅力なのだから。
 昔からよく言うではないか。『馬鹿な子ほど可愛い』と。
 サービスはハーレムに軽く嫉妬していた。ルーザーの寵を独り占めしていると。ハーレムはそんなことはないと言う。
 ルーザーは、できるだけ二人に平等に接してきた。
 それなのに、ハーレムがだんだん柄が悪くなって行くのが理解できない。
 反抗期――なのだろうか。
 サービスが、頬を赤い薔薇と同じように染めて、ルーザーの次の言葉を待っている。
「じゃあ、お茶にしようか、サービス」
「はい!」
 白いテーブルに飾り彫りをしたチェアー。よく手入れがなされている。
 彼らはたおやかに午後の紅茶を楽しんでいる。
 第三者から見たら、天使が二人、舞い降りたと思うであろう。特に、高松などは。
 尤も、高松にはルーザーしか目に入らないであろうが。
「マジック兄さんもいれば良かったのにね」
「仕方ないよ。マジック兄さんは忙しい人だから。今日だって、どこかの外相と晩餐会だって」
「御馳走かな。いいな」
 羨ましそうにサービスはごくんと紅茶を飲む。
 こういうところはハーレムにそっくりだと、ルーザーは内心苦笑した。
「サービス。兄さんは仕事に行くんだよ。それに、マジック兄さんに敵う料理人は――なかなかいないよ」
「それもそうだね」
「おかげで僕達の舌もすっかり肥えてしまった。今日はリゾットでも作ろう」
「ルーザー兄さんが作るんだね。嬉しいな」
 マジックの方が料理の腕は上だと思っていても、こう持ちあげられると、ルーザーも弱い。要領の良い子だな、と思う。
 しかし、その要領の良さ、気の使いようが、時に疎ましくなることがある。
 もっとわがままでいいのだ。子供なのだから。――ハーレムのように。
 もちろん、ルーザーはそんなことはおくびにも出さない。ルーザーにはルーザーの考えがあるのだ。
 いつか――ハーレムを自分の理想の子に育てようと。サービスは既に理想形だから。
 じゃじゃ馬馴らしも楽しいものだ。
 そんなことを思いながらルーザーは、はんなりと口元を笑みの形に歪めた。

 うー、やだやだ。ここは通りたくねぇ。
 ハーレムが鞄を抱えながら薔薇園の道を通っていた。
 薔薇を育てたルーザーに対する悪意を感じ取ったのだろう。薔薇達が敵意を表しているように思える。
 背中がちくちくするのは気のせいだろうか。
 こんな薔薇……ひとつ残らず刈り取りたい。
 だが、それを実行しなかったのは、彼自身の隠れた優しさのせいだけではなく、何となく恐ろしく感じたのだ。
 この薔薇達が自分に復讐に来たらどうしよう。
 そこらのホラーよりよほど怖いに違いない。彼は繊細で、想像力豊かな少年なのだ。日頃の行いからは想像もつかないが。
 しかし、高松は、そんな彼をわかってくれている。
 だから解せない。その高松がルーザーを慕っていることを。
(彼は気高い薔薇なのですよ。滅多なことでは触れさせることもしない……)
 それはサービスのイメージではないかと思ったが、ハーレムは黙っていた。
 初めてルーザーに会った時は、あんなに固くなっていたのに――。
 そして、高松も、最初は確かにルーザーが苦手だったらしい。
 だが、その秀麗な顔、優美な振る舞いを見て――
 高松はすっかりルーザーにいかれてしまったらしい。いかれた。ハーレムの語彙に直すとそうだ。
 今では、「ルーザー様の為なら死んでも構いません」と言うぐらいだ。
「ハーレム、あなたは特権を台無しにしていませんか?」
 何のことだと尋ねてみたら、
「あなたはルーザー様の実の弟ではないですか。それなのに、ルーザー様を悪く言ってばかりいます」
 これにはハーレムもずっこけた。ひっひっとしばらく身もだえていたぐらいだ。
 何がおかしいのか、さっぱりわからない高松としては、何て失礼なヤツ、と思われたぐらいであったろうが――。
「おまえさぁ、そういうことはサービスに言えよ」
 ハーレムが文句を言うと、
「いいえ。あなたに言わなければ意味がありません! だって、ルーザー様はあなたを愛しているのですから」
 これには参った。笑い死ぬかと思った。
 幸い、といっていいのかどうかはしらないが、高松が強く頬を張ったおかげで、ハーレムは笑い死なずに済んだのだが。
 ルーザーを愛しているのは、高松、あんただろ。
 何度そう指摘してやろうと思ったが、高松は開き直るだろうし、何よりあのゲロ甘なノロケを聞きたくない。
 ああ、何て今日は厄日なんだ。
 テストは最下位だったし、高松には泣かれるし――。
 そう。今日は、ハーレムやサービス達の通う学校で、ルーザーの講義があるはずだったのだ。
 それなのに、ルーザーはドタキャンした。
 どうせまた下らない理由だろうとは思ったが、クラス中がざわめいたし、何より高松の嘆きようがすごかった。
(一応言っておくか――)
 テストのことは隠しておこうかと思ったが、テストなどどうでもいい。わかってもわからなくてもいいような内容ばかりだ。
 それより、ルーザーのことだ。ハーレムは薔薇達の敵意を感じながら、ルーザーを探した。
 いた。
 もうサービスは家に帰っている。ハーレムはルーザーと二人っきりになった。
「どうしたの? 怖い顔して」
 ルーザーはしれっとしている。こいつのこういうところが嫌なんだ。
「あのな、ルーザー。高松、泣いてたぞ」
「へぇ? 何で?」
「俺に訊くなよ――アンタが授業教えんのさぼったからに決まってんだろ」
「わかった。この次は行くよ。……で、君は、僕の授業ききたかったのかい?」
「ばーけやろー」
 ハーレムは舌を出して、そのまま帰路についた。
 悪態をついたが、本当は優しい子なのだ。優しい子の……はず。ルーザーは微笑みながら小首を傾げた。

後書き
いろんなところからパクりました(汗)。
でも楽しんでいただけたら幸いです。
2011.10.8


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